白銀の所有印

※黒の時代とかそこら辺。




「インダストリアル、って云うらしい」

榊葉は手元の銃器を弄りながら、そう云った。
外つ国の言葉が、一体何を指すものなのか分からず黙っていると、榊葉は一度手を止めて自身の耳についた″それ″を指差す。俺は成程と納得がいった。彼女は俺が見つめていた″それ″について云ったらしい。

「正確には軟骨二箇所の穴をボディピアスで通すことを云うらしいんだけど、面白そうだからやってみた」
「つーことァ、一度に六箇所開けたのか手前」
「うん」

当たり前だろ。と云うように、彼女はさも当然と答えを返す。俺は呆れて溜息を吐き出して、作業を再開する彼女の横顔を、そして髪を掛けられた耳を再度眺めた。
何年か前に、話の流れの中でピアスを開けないのかと聞いた時、榊葉は「必要がない」と即答したので、彼女はそう云う、装飾等の類はあまり興味がないと思っていたから、今日偶々、自身の扱う銃器の整備をする彼女を見つけて驚いたのだ。
耳の上部と耳たぶに貫通する一本の棒と、耳の軟骨二箇所を貫通した輪のピアス。反対の耳は軟骨二箇所のみだから、全部で六箇所開いていた。装飾ができると云う事は、穴は既に完成して安定しているのだから、随分前から穴は開いていたようである。
別に彼女の感性を疑う訳ではない。寧ろ開ける場所や装飾品は自分と趣味が合うと思うが、自分の与り知らぬところで好いた女の身に穴が空いているという事が、気に食わないと云うか、腑に落ちないのだ。
自分でもよく分かる程に不機嫌な顰めっ面とは対照的に、銃器の掃除整備を終えて几帳面に並べられていた用具を片付け始めた榊葉の、平然とした顔が癪に触って、榊葉の片耳にある円形のピアスに指を伸ばす。
俺の指先の気配を感じ取ったのだろう、榊葉は目線だけを俺の方に向けた。俺の指は、銀色の金属をなぞる。ぴくり、と彼女の肩が少し跳ねた。

「っ、何?」
「……」

榊葉に返答を返す事なく、俺はその銀を弄る。その度に榊葉から声が上がる。「おい」「ちょっと」「ねえ」出る声は様々だ。しかし拒否の言葉は出てこない。それに、弄る度に彼女の肩が跳ねたり動くのを見るのは少し楽しい。暫くそうやって遊んでいると、榊葉が俺を呼ぶ。適当に返答をして流したが、今度は強く呼ばれて、流石に手を止めた。

「何だよ」
「だから痛いんだって。穴まだ安定しきってないから」
「あ、悪い」

気がつけば、確かに耳は少し赤みを帯びていた。対照的な白い指先で摩るから余計に赤みが増して見えて、胸の奥で良からぬ感情が頭をもたげたが、何とか押し殺しその耳から視線をそらせる。
用具をしまい終えた榊葉は俺の方を見向きもせずに「何かあったの?」と云う。

「あ?」
「入ってきた時から、やけに機嫌が悪かったから」
「あー」

手前の事だ。そう云っても、鈍感なこいつには意味などわかりはしないだろう。適当にはぐらかすように「色々だ」と答えると、榊葉はやはり特に気にした様子もなく「ふぅん」とだけ返した。ほら見ろ。興味のある事の方が少ない奴なので、期待はしていなかったが、それでも少しは気にしても良いのではないだろうか。一応短くはない付き合いなのだから、友人としてでも良いからそこは少し反応が欲しいものである。否、そこで反応しても友人という関係で終わってしまうのは此方としても見込みがないと云われる様なものなので、今の状況はまだ良いのかもしれないが。此方とて燻り続けてもう何年も経つので、いっそのこと花束でも渡してみるかと思うものの、もしもの事を考えるとそれを実行出来ないでいた。今のこの立ち位置に不満はあるものの、一番最適な距離感であるとよく分かっているからだ。一線を越えると云う事を、俺は未だ出来ない。
榊葉は気になるのか、耳の裏側を触る。金属が触れる感触に違和感があるようで、眉を顰めた。

「安定しないなぁ」
「自分で開けたのか?」
「ううん。医務室の知り合いに頼んだ」
「そうか」
「中也開けないの?」
「面倒臭ェだろ。処置すんの」
「あーそれはある」

真逆、自分が云われる身になろうとは。何年か前とは逆で、彼女は平然と云うものだからあの時の、所謂お揃いがしたくて贈ったピアスのことなどもう遥か昔に忘れ去られたのだろうな、と思いながらも、装飾の為にする気にもなんねェよ。と云う。彼女は快活に笑った。確かにそう。なんて云いながら銃器を戻し終えて、榊葉は俺に耳を向ける。

「ん」
「なんだよ」
「じっと見てるから、触りたいのかと」
「痛ェんだろ」
「優しくなら良いよ」

優しく、その言葉にぐっと言葉が詰まる。畜生、こいつもしかして分かってんのかと云いたくなった。そんな訳はない、それは自分が良く分かっていた。悶々と考えながらも、出された耳の銀の輪に触れる。ゆっくりと、さっきよりも触れる時間は短く触っていた。だからだろうか、彼女から声は漏れる事は無い。機嫌よく、俺に触らせている。俺に対して、気を許し過ぎなのではないか、とは思うものの少なからず下心があるので、それで良いと触っていたが、不意に指が耳の穴に触れた。

「ぁ、」

薄く開いた唇から、微かに漏れた声があまりにも扇情的で。濡れた声に思わず手を止め榊葉の顔を見れば、伏し目がちに此方に視線を向けていた。どろりと溶けるような熱の篭る瞳に目が離せなくなっていると、榊葉は薄く笑って、小さな声で、しかし俺にしっかりと聞こえる声量で呟く。

「えっち」

俺は固まった。




「榊葉や。先程中也が部屋を飛び出して行ったが、如何かしたのかえ?」
「さあ?太宰に云われた通りにしただけです」
「太宰の入れ知恵か……」
「面白いものがみえると云っていたが、特に面白味はなかった」
「そうか………」