※後天性性転換


会う事に躊躇いが無かったかと聞かれれば、多少は有ったと正直に話そう。なんせ自分でもこればかりは初めての経験で、しかし何も云わないというのも気が引けたのだ。いつもと同じ古ぼけたアパートの扉を開けて中に入ると、そこには既に靴が揃えて置いてあった。部屋の主は既に帰宅済みらしい。俺も同じく玄関で靴を脱いで、真っ直ぐに廊下を進みその部屋の中へと入る。当然、そこには変わらずあの古いソファがあり、部屋の主は座っている。多分いつもと様子が違うと思うのは、きっと、これの効果の所為なのだろう。俺が居る事に気づいて振り向くそいつは、俺の姿を見てぴしりと固まった。

「おつ、え、あ?」
「…よお」
「…中也、だよ、ね?」
「…おう」
「…中也って女の子なの?」
「今は、な」

そう、今現在俺は女の身体になっていた。目をぱちぱちと瞬かせた其奴、依子は、俺の胸を見て「でっか」と呟きやがったので強めに殴って身体と意識をおさらばさせた。

今日の任務は至って簡単な筈だった。太宰の指示の元、殲滅を行う任務だ。不本意だが、太宰の指示はそれはもう計算尽くされていて無駄がなく要領が良い。だからすぐに任務自体は終わって、さっさと現場から離れる予定であった。しかし、不意の異能者によって襲撃を受け共にいた太宰と俺は被爆した。その異能者は俺の手で見るも無残に圧し潰してやったのだが、それがいけなかった。なんと、俺の身体は気付けば女に変わっていたのだから。それに気づいたのは異能者がお陀仏になった後。太宰は勿論、異能無効化で効く訳もなく、俺だけが残されたという訳だ。ちなみに、俺の一連の行動を太宰は腹を抱えて地面をのた打ち回る毛虫のように笑い転げていて、それに二回程血管が切れて取っ組み合いになった際に太宰に触れて異能解除を試みたものの効果はなかった。異能は問題なく使える。勿論、身体に不便はあるが支障はそれ程ない。その判断から異能解除の糸口は探るものの其れ迄現状保留の判子を押された。つまり、異能が解かれる迄この状態が続くという事である。
俺の心境として、異能が解かれる迄依子には云わないつもりであったが、それでもダイナミクスのパートナーである以上告げた方が良いという事や、抑々一緒に居なくてはストレスの解消が出来ない事もあって、告げるざる負えないという状況が出来、今日、このアパートを訪れ、説明をしに来た、という次第であった。
数分で意識の戻った依子に一通りの説明と経緯を話せば、彼女は成程、と納得したようだ。・・・目線は俺の胸元だが。

「おい、何処見てやがる」
「いやごめん。やっぱり気になって・・・」
「手前な・・・」

依子の言動に呆れて溜息が出るが、自分でもこれについては少し気になっていた。そう、目下膨らんだ胸である。世間一般的なサイズではないと自分でも思う。姐さんの協力の元、女用の下着をつけてはいるがそのサイズが正直あまり無いものだと何となく察していたが依子の様子を見るに確定であった。まあ此奴の場合はほぼまな板なのでなんとも云えない。

「でもよかったよ。身体はそんなでも、怪我とか気分が悪いとか、そういうのがないのなら」
「…おう」
「安心した」

ほっと息を吐いて、依子は微笑む。確かに、身体はこんなんだが依子の云うような不調はない。戸惑う事は多いが特に目立った異変はない(否そもそも異変しかないのだが、今現状でそれら以外の、という意味)のでまだ良い方だろう。自分の事に手一杯で依子を不安にさせていた事に気づいて、それについても申し訳なくなった。

「その、悪い。有難うな」
「いいって。ほら、『おいで』」
「ん、」

例え性別が変わったとしても、ダイナミクスの主従は変わらない。命令されるが儘に、両手を広げる依子の元にすっぽりと嵌る。女の身体になって、多少身長も縮んでいるらしいから依子の身体は余計に大柄に思えたし、安心感があって胸元に擦り寄った。

「中也の身体いつもより柔い・・・」
「まあ、そりゃあな」
「私も変わってるから余計かなあ」
「…ん?」
「掌一回りも違うよ」
「おいちょっと待て」
「中也ちっちゃいなあ」
「聞・け!」
「ん゛ぶッ!?」

頬擦りをする依子に頭突きをかませば、彼女の鼻に直撃し手で顔を抑えて唸り始める。聞き流せない言葉と擦り寄って初めて気づいた違和感に依子の上で膝立ちをして胸倉を掴んで引き寄せた。

「ぐ、ぐるじい」
「おい手前今なんつった」
「なにッ?どれッ?」
「“私も変わってる”って如何いう意味だ。あと俺が女に成ってるから感じる違和感じゃねェな?手前もうちっと胸有ったろ何処にやった!?」
「あ〜・・・うん。えっと・・・」

悲しきかな、“女”として致命的ではあるが此奴の胸はまな板だ。だがしかし、此処までではなかったと俺は記憶している。流石に裸を見ている仲ではあるし、微力だろうが俺だってそれなりに育てたつもりだ。殆ど無駄な努力かもしれないが。しかし、それでもまだ女だと分かる多少の膨らみは有った。と、思う。だが今の此奴にはそれすらもない。云い淀む依子に、真逆と嫌な予感がした。

「その、多分、同じ異能、かな?」
「何時、何処で」
「いやその・・・」

どうやら俺が被爆した時、近くで作業をしていて被爆したらしい。確かに、後処理の清掃を依子の業者に頼んでいて、近くには居たが此奴の姿は無かったと思っていた。しかしどうやら別の場所で待機していた予備班で、前の依頼を終えて此方に向かっている時に爆風を受けたという。通った道を聞けば丁度、俺たちが襲撃を受けた場所の真裏であった。俺はその後笑い転がる太宰と暫く其処にいたが、彼女はその後すぐに遺体清掃を始めており、同じ服装の中に紛れ込めば気づかないのも頷けた。俺も自分の事で手一杯でさっさと本部に戻った事もある。そして依子も黒服に囲まれた俺に気づかなかったらしいから、すれ違いが見事行われていたのだろう。
そんな事より。

「如何して気づかねえんだよ誰もよぉ」

報告に俺以外の被爆者は出ていないと書かれていた。俺もそうとばかり思っていたのだ。なんせ襲撃を受けたのは俺たち二人だったからだ。しかし実際は目の前にいる訳で。彼女は苦笑いを浮かべた。

「気づいたのはさっき、風呂に入った時だったんだよ…」
「なんでそこまで気づかねえんだって話だ莫迦野郎」
「身長も変わってないし、元々無い胸だから引っ込んでもわかんないし、作業着背丈に合わせて大きめだから下付いても気づかなかったし・・・」
「ああもう聞いた俺のが悪かったわ」

俺も此処まで来なければ分からなかったのだ。つまり、殆ど彼女に変化はないから、誰も気づかなかった。被爆した人間が悪かった。それだけだ。項垂れた俺の頭を撫でる手は、確かに大きく、そしていつもよりも筋張っていて確かに彼女は“男”になっていると分かる。しかし、それは常日頃の差にしては微妙過ぎて分からないものだろう。するりと頬を撫でられて、また唇を寄せられれば思考は簡単に落ちていく。ダイナミクスだけでなく、本来の性別的な意味での支配を感じれば、びくりと快感が背筋を走った。嗚呼、頭の中が浮遊する感覚だ。それに伴って、腹の奥が妙に疼く。

「中也可愛い。柔くって美味しそう」
「ッ、手前、」

見上げた双眼が、蜂蜜を思わせる甘さと獲物を捕らえた喜色の眼光に満ちる。其れが視界に入った瞬間、頭の中に警報が鳴り響いた。と、同時に『支配されている』時の特有の高揚感が意識を浮遊させる。震える身体は云う事を聞かず、意識は『支配される』事を望みだせば、理性が瓦解するのは早かった。
止めどなく溢れる欲は腹の中に渦巻くばかりで解消出来ず、疼くのは果たして何処の器官なのか、何を求めているのか理解が出来ない。唯々、俺は依子に触れて、掻き乱して欲しくて仕方がなかった。

「ぁ、依子ッ・・・」
「うん、大丈夫だから」

自分を抱える身体に縋って、目の前の“男”に請えば、見下ろす其奴は壊れ物でも扱うように優しく抱き、されど俺の事を喰うつもりに違いなかった。唇を奪ったのは何方であったか、俺には皆目見当がつかない。