休日の話


※ちょっとシモい


「燕ちゃぁん」
「はいはい何で御座いましょう太宰さん」

上司の顔を見る事なくキーボードを打ち続けるという芸当を、私はこの数ヶ月で会得した。ちらりと横目で太宰さんの方を見れば、彼は携帯遊戯盤に夢中である。おいこの野郎机に積み重なっているそのコピー紙の束が見えねぇのか。署名するだけだろさっさとしろ。そう思いを込めて入力する手を止めて太宰さんを睨むが、その人は何処吹く風で口笛を吹いていた。首領直属の遊撃隊に所属し、太宰さんの下について早くも半年。そろそろ心が折れそうです先生。私は小さくため息を吐いて、太宰さんの居る、執務机へと近付いた。

「御用は?」
「燕ちゃん可愛げがなくなってきたね…ちょっと前まで私の後ろを雛の様に付いて回ってたのに」
「流石にそろそろ図太くもなります。御用は何でしょう?」
「明日暇?」
「はあ」

休暇を頂いてますけど、てかご存知ですよね?そう云うと、目の前の上司は、うん、で、暇?ともう一度云った。特に何か予定がある訳ではないから、まあゆっくりしようと思っていますけど、と云えば、彼はやっと遊戯盤から顔を上げて、にっこりと笑った。それはもう清々しい、しかも胡散臭い笑みで。

「私と遊ばない?」



翌日。私は指定された場所に朝七時に到着した。某所とあるマンション前、にある喫茶店の窓際カウンターである。適当な格好で良いよ、と云われた通りに、普段のかっちりとしたスーツ姿ではなく緩めに、襟衣にスカート、カーディガンという格好である。喫茶店の店主にココアを頼んだ後に、彼はいつも通りのスーツと背広姿、ではなく年齢相応の謂わば私服で現れた事に、吹き出さなかった私を褒めて欲しい。あれか。年末にやってる笑ってはいけないあれか?特に何のこともなく私の隣に座って珈琲を注文するその人は、私の驚愕の視線に得意顔だ。

「どうしたの?」
「え、と。何というか、初めて見ました。太宰さんの私服」
「あれ、そうだっけ。カッコイイでしょ」

うふふふ、と機嫌よく笑う相変わらずこの人自分に自信がありすぎだなぁと思ってしまうのは二年の付き合いだからだろうか。それともこの半年の部下生活だからだろうか。多分どっちもな気がする、と心の中で呟いて、運ばれたココアに口を付ける。最近は少し気温が下がった事もあり、この早朝の時間に飲むココアは格別だ。太宰さんも隣で珈琲を啜り、人通りの多くなってきた八時ごろ、さて、と席を立った。
店を出て、目の前のマンションへ向かう太宰さんの後を追う。セキュリティはかなりしっかりとしたマンションだが、この人の腕に掛かればものの数分足らずで目的だろう部屋の前まで行ける。まーた不法侵入か、と思ったが、どうやら今日は鍵をお持ちのようですんなりとマンション内のその部屋に着いた。多分だけど違法に作った合鍵だと思う。
ちなみに、私はこの部屋に住んでいる人物をよく知っている。待ち合わせの場所を聞いた時、正直もう可哀相だと思った。この前引っ越したばかりだったと思う。数日前に。止めることができず申し訳ないと思うが、私に止めれる訳がないとその人も分かると思うので、いっそもう開き直って太宰さんに付いて来て居るから、何か云われたら、「だって太宰さんですよ」を発動しよう。そうしよう。軽い音がして、扉の鍵が開く。私は合掌した。

太宰さんは目を爛々と光らせながら一目散に、おそらく未だ眠って居るだろうその人物のいる部屋に向かった。流石にそれに付いていくことは出来ず、私は居間の方で待ちますね、と云ったが、それをこの上司は許さず満面の笑みで私の腕を引いた。

「いいからいいから、面白いこと思いついたの私」
「太宰さんの面白いことって絶対よくないことじゃないですかあ」

いいのいいの、と家主の部屋に引っ張られる。想定通り、家主の中也さんは寝台の上で寝て居た。一体これから何をする気だこの人。太宰さん、と呼ぼうとした時、その人は私を中也さんの隣へ押し倒して私の腹部に馬乗りになる。どう云うことだってばよ。理解が追いつかず混乱する私を他所に太宰さんは着ていた服を脱ぎ出す。おいおいなんで私は上司のストリップを見せられて居るんだ????

「太宰さん何してんすか」

真顔で問うと、太宰さんは詰まらなさそうな顔でええそれだけ?と云い、今度は私の襟釦を二つほど開ける。いや何してんだアンタ!!!!!

「セクシャルハラスメントで訴えますよ!!!!!」
「ん、?」
「ちゅうやさぁん」

私の声でか、隣の中也さんが起きる。よっしゃ救世主よ私に馬乗りになってるこの上司をぶっ潰してくれ。そう願いを込めて瞼を上げる中也さんを見れば、最初は朧だった瞳が徐々に驚愕に変わる。最初は私、そのあとに人の腹の上に乗っかってる太宰さん。太宰さんは半裸の上体を私の上に倒して、中也さんを横目で見た。

「あ、中也おはよう。君も朝スる?」
「は?え?」
「どうせ昨夜ヤッたんだし、一回も二回もおんなじでしょ」
「え?ま、待て」
「覚えてないの?君飲んでたものね〜。結局あの後忍ちゃん呼んで、」
「…嘘だろ」
「嘘だと思う?」

この状況が?と言外に意味を含ませる太宰さんに、中也さんは冷や汗をかいていた。違う!!!会話の内容からある程度のことは察してしまったが、違う!!!!!私今来たばっかり!!!あらぬ誤解を産む前に太宰さんを後方へ蹴り飛ばした。現場仕事で身体を鍛えているので例え年上の男性だろうが、もやしの太宰さんならお手の物である。蛙の潰れたような声を出して太宰さんは寝台の下に落ちる。肌蹴た襟を正して中也さんに向き直った。

「私来たの今ですからね!?太宰さんに呼ばれて今此処に来ましたから!!昨夜は私家にいました!!呼ばれてないです!!!!」
「…本当に?」
「本当です!いきなり押し倒されて太宰さんのストリップ見せられてただけです!!!!」
「ストリップは酷くない?そんなこと思ってたの?」

信じてくれーーー!!!!本当に何もないぞーーー!!!!太宰さんの事は無視して、中也さんにそう必死に伝える。何度も確認されたが、本当に本当だと云うと、中也さんは安堵のため息を吐いて、よかった、と呟いた。その安堵の表情に私も胸を撫で下ろす。さてその怒りの矛先が向くのは太宰さんである。

「太宰さん有る事無い事吹き込まんでください!人の貞操観念なんだと思ってるんですか」
「だって〜。忍ちゃんの初めては私がいいなって。いっそ今からスる?」
「ひっどい…。セクハラで紅葉様に訴えとこ。ついでに部署替えしてもらお」
「待ってそれは洒落にならないから」

思い立ったが吉日。私は鞄から端末を取り出す。それを太宰さんは光の速さで掠め取った。この野郎絶対云ってやるからな。確固たる意志を持って太宰さんを睨みつけて居ると、隣の中也さんがぼそりと呟いた。

「忍、手前逞しくなったな…」
「恐縮です!ついでにご飯作りますが如何されます?」
「嗚呼、頼むわ」
「キッチンお借りします」
「あ、私も食べたーい」
「反省の色が見えないので却下です」
「してるよしてる。ごめんってば」
「ええい抱きつかないでください鬱陶しい」
「ひーどーいー」

私の長い休日は、まだ幕を開けたばかりである。