菊に盃


※少しだけDA特典『太宰、中也、十五歳』の内容を含みます。




今世一番でとんでもない局面に遭遇しているかもしれない。
任務が終わりさあ頑張って報告書を書くぞと意気込んでいたら紅葉様からのお一言「首領がお呼びじゃ」で身体中の穴という穴から冷や汗が滲み出た。うっそ私何かやらかしたか…?覚えが全くないのだけれども、何かとんでもないミスでも犯したのだろうか。えっ辛い。どうしよう首跳ね飛ばされたら。死んじゃう。否物理的にはそうだけども精神的にも色々アウトじゃない?笑う。笑えねぇよ馬鹿。
一人で脳内ツッコミをしているけれどもどうしようもなくもんもんと記憶を辿り考えながら首領の部屋の前まで来た。もうどうやって来たかも記憶が曖昧だ。失礼します、と声をかけてから扉に震える手をかけた。
重厚な扉はやはり見た目の期待を裏切らず重たかった。ゆっくりと開くと、そこは首領のお部屋だ。豪奢な調度品、絨毯、そしてこのヨコハマを一望できる大きな窓ガラス。その奥にいらっしゃるのが、このポートマフィアの現首領、森鴎外様だ。
柔和な笑みを浮かべているものの、その眼は冷ややかで冷徹な光が射している。息を飲んで緊張しながら部屋の真ん中まで行くと、私は手を後ろで組んだ。

「御指示に従い参りました、明野です」
「嗚呼忍ちゃん。君を呼んだのは他でもない。この前の殲滅戦の件なのだけれどねぇ、」

不穏な場所で言葉を区切る。視線を私から下に降ろして暫く何も語らず、無言でそのまま固まる首領に顔が青くなる。えっ待って本当なに?まじで何かしらやらかしたかもしれない。殲滅戦は確かに私が参加した戦線で、抗争激化により予定にはなかったが急遽他組織の部隊の殲滅を命じられ特に不備なく終わったと思っていた。息を飲んで続く言葉を待っていると、首領は笑顔で私を見つめた。

「なんてね。いきなりの呼び出しにうまく対応してくれたと紅葉さんから報告が上がっていたから、私からも一言と思ってね。ついでに、君の近況を聞きたくてね」

どうだい?此方にももう慣れたかな。
そう話す首領に、少し緊張が解れた。割と本気で洒落にならないものだから、緊張して掌が手汗で酷いことになっていたのはご愛嬌としたい。首領のお話に応えるように最近のことを話しはじめた。

「紅葉様が良くして下さるお陰です。最近だと、年が近い中原さんと一緒にいることが多いです」
「中原、ってことは中也くんかい?」
「はい。お恥ずかしながら、報告書や書類整理が苦手でして」
「成程。上手く馴染めているようで良かったよ」

微笑む首領に、ほっと胸を撫で下ろした。
私はこの方のお陰でポートマフィアに入ることができた経緯がある。原因というのは実は話題に出た中也さんなのだが、当時は何も知らなかった。最近知ったことだからやむ終えないのだけれど。
エリスちゃんも呼ぶから、ケーキでも用意しようか、と言う首領にいやもう仕事戻りたいんだけどな、なんて思ったがせっかくのご厚意だしなぁ。あとケーキ食べたいなぁ。なんて思考も存在するわけで。ううんと悩んでいると、背後の扉が開かれる。
現れたのはやけに端正な顔の少年だ。そして一番目を引くのが片目を隠すように巻かれた包帯。えっ大丈夫…?何処をどう怪我したらそうなるん…?
他人の心配してる場合じゃねえだろって話だけどその少年の心配をしていると、首領はやあ、なんて明るく少年の名を呼んだ。

「太宰君。如何したんだい?」
「如何したもこうしたもない!森さん云ったことと違うじゃない!」

ぷんすこ、なんて効果音がつきそうなほど、捲し立てるように事の顛末を話し出す少年に、タンマをかけたくなった。私いるから!それ聞いて大丈夫!?本当に!?なんかやれ暗殺だ、組織の裏金だ、麻薬だと不穏な単語がポンポン飛ぶもんだから、ちょっと私この部屋もう退室していいですかね、って感じだ。何も聞かなかったことにするから早くあの事務机に帰して。
許容容量を超えて半分泣きそうな顔をしていたのだと思う。首領は隣の少年に「落ち着いて落ち着いて」と宥めた後に、私に向かってもう戻っていいよ。と云って下さった。ありがとう。本当に。
そそくさと退散しようとすると、少年が私に声をかける。飛び上がるように肩を大袈裟に跳ねさせて、私は壊れたブリキの玩具の如く首をゆっくりと回しその少年の方に向いた。

「君、GSSの子でしょ」
「な、」
「僕見たもの。途中から投入された空間転移の異能力者だったよね」

GSS−−ゲルハルト・セキユリテヰ・サァビス。私が此処に来る前に居た組織だ。数ヶ月前までポートマフィアと敵対していた組織で、その抗争の最中に私はポートマフィアに引き入れられた。「僕見たもの」ということは、あの抗争の時この少年は居たのだろうか。しかしいつ顔を見られたのか。当時私はフードを目深く被っていたし、人の目に晒される場所を避けて行動していた。自身が未成年である事から、紛れ込んだ貧民街の子どもとして偽装し逃走できるようにだ。私の見る限り、抗争の起きた場所に私と年が変わらないような子どもは手を組んでいた「羊」以外はあり得ない。
そんな思考を読んだのか、少年は「云っておくけど僕は羊じゃないからね」と先んじて云った。

「未成年は殺すなとは云ったけど、まさか向こうの手札に未成年が居たとは僕も流石に驚いたもの。あの時指揮をしてたのが僕で良かったね」

指揮をしていた。それに私は驚いた。敵対していたからこそ分かるあの時のポートマフィアの統率はこの少年が齎したのか。純粋に凄いと思うし、怖くなった。やっべぇ奴やん。さっきやっと首領からの緊張が解れたと思ったのに、また手汗が酷くなってきた。もうやだ此処。胃が痛くなる。キュッと心臓を掴むような、鋭利な視線が私を捉える。

「森さんにスカウトされて今此処で仕事をしてるのは、あの時の指揮者を殺す為?だったら今此処でするといいよ。出来れば苦しくないのが良いんだけれどなぁ」

はいどうぞ、とでも言うように両腕を広げるその少年に済まないが困惑。何を云っているのかさっぱりピーマンの炒め物。私の困惑具合を察したのか何?あれだけ殺しといてできないことはないでしょ?なんて云うが、そもそも私別に仇討ちだとか考えてないし…。

「えっと、正直に申し上げますと如何でも良い…」
「なんだ、あんまり組織に執着ない方なの?」
「逆に前の上司にはストレス発散用のサンドバッグ代わりにされてたのである意味転職できた上に前より良い条件でマシな生活が出来るラッキーハッピーとしか」
「うわあ馬鹿正直って言われない?」
「元気だけが取り柄です!」
「それ答えになってない」

まあまじで本当にそうなのだ。GSSにいた頃は、貧民街にいる頃よかまだ良かったけど人としては扱われてなかった節があるし、そう思ったらポートマフィアってすげぇ!異能力者って事もあるからか、任務を行なって成果を上げればちゃんとした椅子がもらえる!凄い!異性にキツく当たられたからって殴って来るような糞上司は居ないしちゃんとお給金貰えるし良い事づくしじゃん!これが最近の感想です。
興が削がれたのか、彼はつまんないの〜なんて勝手なことを云った後、首領に先程の事を詰め寄って居た。ヨッシャ、私は帰ろう双子葉類。
お邪魔しました、失礼します。と一応声はかけて部屋から退室。一目散に異能も使って事務室へ戻った。その時間僅か七秒。最高速では?事務室に戻ると、いつの間にか中也さんが任務から戻っており、隣の席に座っていた。
待って、私凄いことに気づいちゃった。

「おう、戻ってきたのか」
「中也さんやべぇなんだこの癒しオーラ」
「あ?」
「ただいま私の愛しの事務机〜〜!!!」

事務机に上体を乗せ、私はちょびっと泣いた。
隣でドン引きしてた中也さんなんて目に入らねえ。これは仕方ない事だと忍は思う。