仰せのままに




私の異能は、触れたもの、又は自分自身を凡ゆる場所に転移させることができる異能だ。但し、自身を中心として遠ければ遠いほど、転移の精度は落ちていく。今の私の限界は半径五〇米以内で、その領域内であればどんなものでも確実に私の思う場所へ転移させることができるが、五〇米を超えると転移する場所に誤差が生まれ正確な場所に転移させる事が出来ない。

手の内で回していた釘が消える。瞬きの間にそれは遥か前方にあるダーツ盤の真ん中にさも当然の如く居座った。成功。よし、次はもう少し離れてみるか、と距離を取る為後方へ移動しようとしたところ、突然開いた扉により顔面を強打した。クソ痛い。鼻骨が折れた。絶対折れた。静かな事務室に能天気な迄に明るい声が響く。

「おっはよー!忍ちゃん何処?」
「おはようございます。扉の裏です」

先輩が答えたことにより、声の主−−太宰さんは扉を引き覗き込む形で顔面を強打して蹲る私を見つけた。私はひりひりと痛む鼻を抑えながら立ち上がり、取り敢えず挨拶はした。偉い。

「おはようございます…」
「扉の前で何してるの君。通行の邪魔になるから扉の前で遊ばないって教わらなかったの?」
「遊んでないです…。否、通行の邪魔になるのは今身を以て知りました。以後気を付けます」
「僕のお陰だね!」
「…ありがとうございます?」
「適当な事で流されてんじゃねェよ」

太宰さんよりも奥から、見知った声が聞こえた。中也さんだ。いつもの洒落た帽子を被って私に呆れた視線を送ってくる中也さんその人だ。しかし、今日は確かこの時間から任務が入っていた筈では。不思議に思って首を傾げて居ると、太宰さんがそうそう、と切り出した。

「君も任務に同行することになったから呼びに来たんだよ」
「はぁ」
「詳しくは行く途中に話すから。早く準備して」
「あ、はい」

急かされるままに、自分の机へ戻り様々な種類のコンクリート釘の入った業務用の腰袋を腰にベルトで巻き、上着を持って扉の前で待っているお二方の元へ駆け寄った。お待たせしました、と言う前に太宰さんは歩き始め手に持っていた資料を私に渡す。中也さんも私の手元を覗き込むあたり、任務の概要について説明はまだのようである。資料には三人の男の顔写真と、任務の詳細について書かれていた。

「その写真の三人を拉致するのが君の仕事だ」
「はい」
「作戦は簡単さ。中也が組織の下っ端を牧羊犬の如く追い立てる。君は混乱に乗じて彼らを連れ去る。以上」
「そんなあっさり…」
「″生きて″いればいい。意味は分かるね」
「心得ました」
「ちなみに中也は敵地で置いてきていいよ」
「あ゛?」
「えぇぇ」

ぷちんと隣で何かが切れた音がした、と思ったら中也さんと太宰さんの口論が始まるの何のってあのすみませんお二人でされる分には結構なんですが真ん中に私挟むのやめてくれません???あとたまに私に同意求めてくるの切実にやめてほしい太宰さん。

「大体牧羊犬って何だ俺は手前の犬じゃねェつっただろ」
「何を言ってるんだい君が遊戯場で負けた時点で僕の犬は決まったじゃないか。ねえ忍ちゃん」
「あの太宰さん、」
「あ、そう言えばなんで中也だけ名前呼びなの?私もいいよ治さんって呼んで」
「忍、こいつは青鯖だ青鯖。青鯖が空に浮かんだような顔してんだろ」
「それを言うなら中也なんて蛞蝓じゃないか。てらてらしててとても付き合えた代物じゃない」
「んだと。大体手前はなァ」

なんだこいつら本当面倒臭えぞ。
取り敢えず意識が私から逸れたことには万々歳。資料の読み直しと写真の男たちを記憶することに全集中を注ぐことにして、二人の会話には適当に相槌を打つことにした私って実は天才なんじゃない?んな訳あるかって話だよね。分かる。人はそれを諦めと言うのだ。




永遠と続くかと思われた口論も、現場に着けばやっと終わりが見えた。ぶっちゃけこの人らの語彙力と頭の中がどうなっているのか割ってみてみたいほど謎である。そんなによく続くな!私は無理。人と言語のキャッチボールはそこまで出来ない系女子なんで。
太宰さんは部下である黒服さん達に指示を飛ばしている。私は中也さんや太宰さん達と別れ自身の転移を繰り返し、標的組織のビルの外付け非常階段へ降り立った。
中也さんと黒服さん達は下から騒ぎを起こして、内部を撹乱させる。勿論全員皆殺し。私は男三人を探し出し拉致する。容易な作戦だが、人員を必要以上に割かない戦術は基本である。と昔教えられたことがある。流石だな、とやはり思ってしまうのは、こういうことが自分にできないから余計にだ。

「さて、そろそろ始めようか」

耳に付けた通信機からの太宰さんの一言で、緊張が走る。中也さんが黒服さん達を連れて持ち場へと移動していくのが見えた。暫くの静寂の後、轟音が鳴り響く。下階からの殲滅戦が始まった。
それを合図に私は最上階の非常階段から内部に侵入。鍵は必要ない。壁一枚越しに転移するだけである。腰に付けた腰袋から釘を数本取り出し掌に握る。私の仕事。男三人を拉致すること。生きているなら、状態は構わない。


任務は滞りなく進んだ。事前に調べた場所へ赴き男三人を誰にも悟られず拉致した。
一人目は自身の部屋で指示を飛ばし終えた所を見計らって事前に待機させていた黒服さんの元へ転移させたが暴れるのでコンクリートに四肢を釘で固定させた。
二人目は廊下を歩いている途中で人の往来がなくなりかつ、カメラの死角となる場所のタイミングを見計らい、睡眠薬を胃の中へ転移させた。効果はすぐ現れ予定した場所で倒れた所を同じく転移させる。
三人目は一人目と同じく部屋にいる所を転移させた。しかし一人目とは違い、私たちの姿を見ると顔を真っ青にして狼狽えているだけで、大人しく車に乗り込んだ。太宰さんの指示で拉致した三人を連れて黒服さんの運転の元、先に本部へ移送。その後は本部に待機していた黒服さん達と共に地下牢へと幽閉し、これからするらしいどぎつい拷問の用意だけしてそそくさと退避した。
地下牢からロビーへと戻ると、丁度太宰さんと中也さんが戻られた所に出くわした。

「やぁ、三人は地下牢かい」
「今幽閉し終えたところですよ。御指示通り拷問の用意は出来てます」
「そうかい、ありがとう。嗚呼忍ちゃんは何処かの蛞蝓と違って従順で素直だし可愛いなぁ!」
「はあ」
「おい青鯖。手前なァ、」
「紅葉さんに頼んで僕の下にしてもらおうかなぁ」
「聞けよ!!!!」

嗚呼何いたの?つい姿が見えないから何処か行ったのかと思ったよ。なんてあからさまに中也さんを煽る太宰さんにおー始まったぞー。永遠とこれは始まるぞー。と任務が始まる前の私が警鐘を鳴らす。諦めの警鐘を。中也さんも中也さんで煽りに乗る必要は無いんだよ。って心では云うけど多分性質上無理なんだろうな。売られたら買わずにいられないんだろう。
順応能力高すぎて既に慣れつつあるこの光景を眺めながら、私はお昼ご飯を考える。カツ丼食いてえな。

「ねー忍ちゃん。僕の下に来ない?」
「え?行きませんけど」
「当ったり前に決まってんだろ」
「何で中也が勝ち誇った顔してるの。むかつく」

私の肩に腕を置いた中也さんは飯行こうぜ、と誘ってくれた。上機嫌である。カツ丼食べたいです。と素直に云うと、中也さんはからからと笑ってチェーン店の名前を出した。激しく同意。断る理由もなくそのままついて行くと、隣に太宰さんも並び、三人で歩く。頭上を飛び交う口論に、これ今朝とおんなじやん………。とデジャブを感じた。これからも続くんだろうなあと確信めいた予感は、裏切る事なく遥か未来まで至りそうだ。