その差は十糎


※軽いグロテスク表現を含みます。


派手にやったなぁ。と自分でも思った。
今回の任務は殲滅だった。ポートマフィアを転覆させんと企てる組織の裏が取れたのでちゃっちゃと潰して見せしめとして派手にやれとは言われたものの、当事者たち含め女子供容赦なく紙を関節部分や手足肢体に転移させてぶつ切りにしてみたがこれはちょっとやり過ぎたかなと反省反省。と、思いつつもまあ仕方ないよね!と開き直ってみた。

ポートマフィアに入って、もうそろそろ一年が経過しようとしている。仕事も覚えて順調快調!相変わらず文章力が無さ過ぎて書類整理や報告書は頭を悩ませてるけどそれ以外は今の生活に慣れてきて、基本的な人間らしい生活のお陰で体は健康そのものだ。でも胸はぺったんこである。解せぬ。本気出せ私の成長期。
成長期と云えば中也さんの身長を抜かした。偶々東の制圧で招集され四ヶ月程本部から離れていたのだが、その間に太宰さんと中也さんは幹部候補として階級が上がり、私は中也さんの身長を十糎くらい抜かした。あの絶望的な中也さんの顔を私は忘れないだろう。それと隣でゲラ笑いをする太宰さんの顔も。居たたまれなくなって女子の方が成長早いから、とは云ったものの詳しい成長期の秘密を私は存じないし苦し紛れで蛇足だったかも知れない。

閑話休題。それにしても最近、こういう−−殲滅や制圧と云った−−任務が多いなぁ、なんて余所事を考えていていたから隙が出来て、私は死んだと思っていたが実は死んだ振りをしていた敵に襲い掛かられ、ナイフで右腕を斬り裂かれた。切れ味は大変良かった。新品の包丁で豆腐を切るくらいすっぱり綺麗に縦一文字に裂け目が出来た。裂かれた瞬間は痛みは全くと云う程無かったが、段々と腕自体が熱を帯び指先にぴりぴりとした痺れが走ったので、これは不味いと取り敢えずその男には右手に持っていた紙を脳天に転移させてお亡くなりになって頂いた。先程まで血気盛んに動いていたのが不思議なくらい呆気なく、私を覆う程だった巨漢は地に伏し数回の痙攣の後動かなくなったのを見て、まあ、この界隈では良くある光景であるのだが、この瞬間は如何しても慣れなくていつも事切れた死体を眺めてしまう。明日は我が身という奴なのか。あり得なくは無いが出来ればご遠慮したいものである。
忍、と私を呼ぶ声がして、私の意識は現実に戻った。声がした方向、部屋の入り口には中也さんがいる。今回の任務は中也さんの指揮の下で行われているので、現場の確認で見回っているのだろう。

「其方も終わったか」
「はい!終わりま」

殲滅し終えた事を伝えようと手を振ろうとして右腕を上げた。しかし、力が入らず思うように上げることができない。果たして何故?言葉を切って自身の腕を見て思い出した。そうやん私の右腕斬られたやん。鮮血がまるで袋の裂け目から流れ出る水の様に止め処なく流れ私の肩を染めた。それに気付いたらもう駄目だった。どちゃんこ痛い。熱い。誰ださっき痛みは全く無いとか云ったやつ。私だけど。息するのも辛いし目頭が熱くなって徐々に視界が歪んだ。私が言葉を不自然な場所で切った事とピタリと動きを止めた事に首を傾げた中也さんはもう一度私の名前を呼んで部屋の中に入って、半ベソをかいて震える私に駆け寄って来てくれた。中也さんまじ人が良い。

「どうしたってうわ手前」
「どちゃんこいたいどうしようちゅやさんおろせない」
「あーあー分かった分かった。処置してやっからベソかくな」
「めっちゃいたいしめっちゃあついしはなみずでてきた」

中也さんの手にされるが儘にゆっくりと腕を下ろし、傷口をガン見した。ぱっくりと開いた傷口は綺麗なお肉がこんにちはしてた。多分いつものノリなら私もこんな肉の色してるんだなぁって思うだろうけどそんな余裕は無く余計に傷口が痛くなっただけだった。手際よく応急だと傷口にハンカチを当てられその上から腰のベルトで締められる。直接圧迫止血はそれなりにキツくしないといけないと云うのは分かるが絶対骨までいった気がする。気の所為だと願いたい。

「うし、こんなもんだろ」
「有難うございます…」
「こんな事で泣くなよ」

服の袖口で私の目を強く擦りながら、中也さんは呆れた様に云った。絶対目赤くなってるな。自分でも分かる位目が腫れぼったいしひりひりする。
しかしこんな事とは、酷い言い草である。否隙のある私が悪いんだけども!分かってはいても、その不満は顔に出ていたらしく、中也さんは私の額に手刀を決めた。割と強めの奴だ。

「いだぁっ!」
「どうせ下らねェ考え事でもして隙を作ったんだろ。自業自得だ」
「まさにそうですけども!でも頭はないじゃ無いですかぁ。中身のない頭が余計にすっからかんになっちゃいますよ」
「手前……ちゃんと自覚してたのか」
「そこ驚いた顔する所じゃないです」

口を手元で抑えて目を見開く中也さんはどうやら私のこの頭の出来の悪さを自覚してないと思っていた様である。失礼な!流石に自覚はしている。抑も私自身孤児であるから教養などある訳無い。前の組織−GSSにいた頃に簡単な読み書きと計算は教わったものの必要最低限のみで、余計な知恵は付けるものじゃ無いと資料室や書庫の立ち入りは禁じられていたし、異能を使っての肉体労働しかしてないので学も無い。それは自身がよく理解しているのだ。自己分析が出来過ぎでしょ、と太宰さんからお墨付きを頂いているくらいである。
そんな私の不出来な頭でだって、最近の組織の殲滅や抗争の多さは可笑しいと思ってしまうのだ。

「だって最近、こういう殲滅だの制圧だのっていう任務多いでしょう?」
「まあ、数は多いな」
「何かの前触れ?で無ければ良いですけども…」
「…俺らの考える事じゃねェ。全ては首領の御考えだ」
「ま、そうですね!」

前述の通り、私は頭がないし小難しい事はよく分からない。中也さんの云う通りである。もし太宰さんだったら明確な答えか、或いは何か臭わせる様な返答をくれるかも知れないが、目の前にいるのは消毒の匂いの香るその人では無いし、組織の現場が真意を知って仕事をしたって意味もないだろう。考えは放棄するに限る。私の仕事は頭で考える事ではない。体を動かし組織に貢献する事である。
GSSにいた頃にお世話になった、外つ国の人がよく歌っていた異国の歌を鼻歌で奏でながら、中也さんの後ろをついていく。前なら隣で並べたけれども、何だかそれは憚られて後ろを歩くのが最近の変化である。私だって流石にそこら辺の空気は読めるのだ。幹部候補様だもんなあ、出世コォスまっしぐらと云う奴である。かと云って、私も幹部になりたいのかと云われるとそう云う欲は全く毛程も無いので、私は一生紅葉様の直麾部隊の一員だと思う。
建物の外に出ると、黒服さんが中也さんの事を待っていた様だった。これは申し訳ない事をした。私が時間を割いてしまった様である。各々からの最終確認している間に、黒服さんが傷の処置を申し出たが、折角中也さんにして貰ったものが解かれると思うとちょっと気が引けて、好意だけ頂いて断った。
その後確認が終わってそれぞれの車に乗り込み本部へ帰還したが、医務室に行ってお医者様に傷の治療をして貰うと、案の定骨にヒビが入っていた。その所為で全治する時間が伸びたのは云うまでも無く、二度と一緒の任務で怪我をする事と、あの人から応急手当して貰うの止めようと心に誓った。