※死ネタを含みます。ご注意下さい。
※とても短い。
薄眼に開いた視界は白一色で、しかし、何度か瞬きをすれば明るさに目が慣れて“いつもの”寝室で眠っていたのだと、なんとなく分かる。しかしいつもと違うのは、カーテンが開いていて、そこから既に昇った朝日がこの部屋を照らしている事と、香ばしい珈琲の香りがする事であった。
ぼやけた視界、朧げで覚醒しきらない意識ではそれを考えるには時間がいる。昨日は確か、広津や立原と飲みに行って、それで、と記憶を辿るがどうもあやふやな記憶だ。流石に意識を飛ばすまで飲んだつもりはなかったが、記憶がないという事はそれなりに飲んだのだろう。流石に控えた方が、と考えたところで、きい、と扉が開く音がした。
「あ、起きられたんですね」
優しい、朗らかな春風のような声色だ。
誰か、なんて考える迄もなく俯いた儘に口は勝手に言葉を紡ぐ。
「嗚呼…涼子。水持ってきてくれるか」
「全くもう…。あれ程飲み過ぎないで下さいねと云ったでしょう?」
苦笑しながらもぱたぱたと駆けていく音を聞きながら、こればかりはぐうの音も出ない。そう、涼子が居るのだ。本格的に考え直さなくてはいけない。家で飲むのなら未だしも、外で飲む時はそれなりにセーブするか。出来たら。なんて、反省している様で反省してない思考でいれば、「中也さん」と頭上から声がした。いつの間に帰ってきたのだろうか。
「悪いな、ありが」
伸ばした手が触れたのは冷たい硝子ではなく、温度の無い柔い手で、不思議に思って、そこで初めて面を上げて涼子の方を向こうとするが、しかし、流動する艶やかな髪に遮られ顔が見えない儘涼子は俺の腕の中へと転がり込み、胸に縋り付いた。
「身体を壊さない程度にしてくださいね。じゃないと私、心配になってしまいますから」
「…涼子?」
「貴方の生きる場所が、今日も続く事を祈っています」
「っ、おい、」
「お誕生日、御目出度う御座います」
唇に触れた感触は、最期と同じ感触だった。
白い世界から一変して、俺は暗闇の中で目を覚ます。いつもと変わらない、自分一人の寝台の、薄暗い寝室だ。そうだ。そうに決まっていた。広津たちと飲んだ後、この部屋に帰って、水を一杯飲んで、そして眠った。
端末で時間を確認すれば、時刻は0時を回った所で、次々と“祝い”の言葉が送られてくる。
「はは、最初に祝いたかった、っつぅ訳か」
変わらねェな、なんて独りごちて先程の“都合の良い夢”を遡るが、しかし。
どうしても、最後の涼子の顔が思い出せなかった。