食後のデザァト

 間瀬は軍警に所属する一士官である。深い草色の制服を纏い、民間人の生活を脅かすものを徹底的に排除する、国の、そして民間の奉仕者である。彼女は士官学校時代の優秀な成績は勿論、士官としての働きぶりから軍警内にある特殊部隊と本部との連絡役の任に就いていた。しかし、特殊部隊というのは一味も二味も特殊な人間ばかりで、彼女の連絡役という役職が上手く機能しているかどうかは定かではない。

「末広さん」
「どうした」
「豆腐に砂糖をかけて美味しいですか」
「美味い。そして食べ合わせも良い」
「…そうですか」

 部隊の執務室で、間瀬と末広は昼食を取っていた。戦闘能力のみなら部隊最強と謳われる末広は実に簡潔な思考の持ち主で、同色の食材は食べ合わせが良い、という説を信じており、実行している。そして今現在、末広は器に入った豆腐に砂糖をかけたものを、間瀬に手渡している、その様子を、条野は執務室に入った瞬間に察した。真面目な声色の末広と、呆れと諦めの交じった声色の間瀬を聞けば、彼には容易に想像できる。条野にしてみれば、末広の言葉など耳を貸す価値もないと思うのだが彼女は真面目で、そして部隊の隊員はすべて上司でもあるからだろう、渡された器を手に取り、「有難う御座います」と受け取った。間瀬の微妙な顔など気付く筈は無く、末広はやや満足げな様子で手元の食事を平らげると、「鍛錬に行く」と軍刀を手に執務室を颯爽と後にしていく。
何事にも全身全霊な人だと、間瀬は末広に対して思っているのだが、それは全力なのか馬鹿正直なのかは、間瀬も流石に見分けがつかない。しかしきっと後者であると何となくは思っている。特に末広に関しては余計にだ。と、内心でだけ考えているのだが、それを読み取る事が出来るのは、恐らく条野だけであろう。知られているとは露知らず、間瀬は能面顔で引き続き食事を食べ始めたのだが、そこでやっと、条野は彼女に声を掛けた。

「間瀬さん」
「嗚呼、条野さん。任務お疲れ様です。お先に頂いています」

食事の手を止め会釈をする間瀬は、先程と打って変わり声色は明るい。そして、何処かほっとしたような、気の抜けた、安心したような声であった。おや、と不思議に思う条野だが、それを表に出す事無く、彼女の隣の席へと腰を下ろす。

「戻られるのが早くてよかったです」
「何かあったのですか?」
「ええ。まずは、」

まずは、と口を開いた彼女に掌を向けて制止した。まずは、つまり、山ほど何かが積み重なっている事を示唆している。成程、自分が少しの間離れている間に、厄介事か世話事が積み重なっているらしい。彼女の先程の安堵はきっと、自分でも手に負えなくなった“積み重なったもの”を処理できる人間、つまり条野が戻ってきた事に安堵したと此処で彼は気付いた。
条野の制止に口を噤んだ間瀬だったが、恐らく早く片づけたいのだろう、何時もなら制止が解かれる迄待つというのにもう一度彼の名前を呼んで、よろしいですか、と伺いを立てた。申し訳なさが含まれた声色に流石に条野と云えど否とは応える事は出来ない。渋々と、どうぞと応えるしかなかった。

まずは、隊の長である福地の山の様に積み重なった書類の署名、から皮切りに、やれ大倉副隊長殿の“玩具”についてだとか、先程迄居た末広の鍛錬宛ての苦情だとか。つらつらと彼女の口から出るのは、彼女自身の職務とは全く関係ないほぼ雑用のような仕事の話である。この部隊は自由奔放というか好き勝手というか、際限のない人間で構築されている。各々の色が濃すぎるのだ。それに一番被害を被っていたのは条野であったが、どうも、彼女へと変わっている様である。嗚呼、自分の役回りが彼女の元にいったのかと安堵するがきっと、また自分に鉢が回ってくるのだと容易に分かったし、話すごとに疲弊する彼女の口調に、きっと遠い目をしていると想像が付いた。

「私じゃなくて貴女に来たんですから貴女が対処して下さい」
「嫌ですよ私の職務じゃないです管轄外です」
「私も嫌です」
「そこを何とか」

食い下がる彼女は先程末広から渡された豆腐を一口食べると、眉間に皺を寄せて口角を下げる。やはり口には合わないようだ。それでも、口に放り込んで完食した間瀬に、条野は押し問答を止めて引き攣った笑みを浮かべる。

「鐡腸さん以外に初めて見ましたよそんなもの食べる人」
「流石に頂いたものを残すのはちょっと気が引けますから」
「貴女そんなだから押し込まれるんですよ」

 云うなれば人が好い。云い方を変えればお人よし。疑う事をしないのだと言外に口にする条野に、間瀬は口を閉じる。どうやら、自分でも自覚はあるらしい。溜息を洩らした条野に、間瀬の心音は早くなる。緊張の表れだ。それを条野が聞き漏らす事などある筈なく、なるべく柔らかな声色で口にした。
敵は勿論、部隊外の人間ならまだしも、彼女は現在総合的な能力を認められてこの部隊に配属された人間の一人である。同じ志を持つ人間として、そして何より仲間として、条野は間瀬という人間を好意的に見ている。それは他の部隊員も同じであり、彼女もまた、他の隊員を尊敬し、また尊重しているのだ。それを分かっているからこそ、条野は彼女に助言をする。

「真面に扱ってたらきりが無いんです。きっぱりと口にしないと分からない人間ばかりですよ。特に鐡腸さんなんか」
「…はい」

経験者は語ると云うものだろう。条野の言葉は間瀬によく染みた。なんせ言葉の重みが違うのだ。この部隊で今唯一真面に言葉の交換が行えるのは条野しかいない。つまりそれは、感覚として真面なのは条野しかいないという事であり、その様子を間瀬は配属されてからずっと見てきた故に重く言葉が刻まれた。
条野の言葉を胸に刻む間瀬の様子にその本人である条野は生真面目な性格だと、彼女が配属されたばかりの時と同じ感想を再度持った。時としてそれは仇になるが、しかし、それが彼女の良さであると知っている。此処に来る前に寄ってきた場所で購入したものを机の上に置いて、中身を取り出し、彼女の前に置いた。ことり、と音を立てて置かれたものに視線を上げる間瀬の目に映ったのは、透明な容器に入った、白に近い小麦色をしたもの。それを置いたのは紛れもなく今話をしていた条野で、柔らかな笑みで都子を見下ろしていた。

「兎も角、不在の間ご苦労様でした」

白い箱から取り出された甘味は、そこそこ有名な店であったと思う。この仕事に就いて世間の流行に疎くなった間瀬でも聞いたことのある店だ。条野の顔とその甘味とを交互に見ていると、彼は「早く食べてしまってくださいね」と自分の分だろう同じものを取り出し口に運ぶ。

「なんせ数が二つしかないので、他の隊員が来たら見つかってしまいます」
「…有難う御座います」

 容器を手に取り、スプーンで一口分すくって口に運ぶ。甘すぎない優しい味が口の中に広がり、溶けていった。

「午後からまた頑張ります」

 決意を新たに、活力を込めて宣言する間瀬に、条野は期待しています。と柔らかく微笑んだ。


あとがき 桜居さんへ