掻き染めて

年が明けて、一番最初に会ったのは同僚の太宰治だった。
と、云うのも。探偵社は三ヶ日は世間と同じように休暇で、新年を迎えた一日の昼中頃に、彼は日本酒の入った一升瓶を持って私の家へと訪れたのである。

「明けましておめでとう。一人じゃつまらないからきちゃった」

成程。確かに一日は大概の家は昨日、三十一日の名残で一日ぐだぐたと過ごしていることだろう。かく云う自分もその口で、年明けをした後ちびちびと麦酒を飲みながら今朝近くまで特番を見ていた人間である。すっかりアルコールも抜けて、そして目の前に酒を持って現れた人間がいたらそりゃ歓迎するだろう。なんせ、今日は一日。ちょっとくらいの無礼講は大目に見られる日だ。しかも、その一升瓶に貼られたラベルの名前は、前から一度飲んでみたかった日本酒の名前である。余計に気前よく家の中に招き入れたのは仕方ない事だ。若干残っていた眠気は吹き飛び、どうぞどうぞと部屋へと彼を招き入れた。
その後はやれロックだ、湯割りだ、熱燗だ。スルメだ、蟹缶だ、だし巻き卵だと酒を用意しつまみを用意しと机の上に並べて、特番を見ながら二人で飲めや食えやとしていたら、ふと、特番のコーナーで、正月特有のものが始まる。

「書き初めね〜。もう随分してないわ」
「学生の時くらいしか持たないよね、筆なんて」
「本当本当。あっ、でも社長は持ってそう。写経とか」
「あ〜〜〜」

熱い湯割りを飲みながら、画面の向こう、流行りの芸人たちが今年の抱負を掲げるのを眺めていると、はっと先日大掃除の時に見つけた習字セットを思い出した。何故ここにあるのかは覚えがないが、何かの拍子に持ってきたのだと思う。資源回収に間に合わず年明けにするかと表に出したことを思い出したのだ。

「あるわ習字セット」
「なんで?」
「分かんない。玄関の方に出したはず」
「え〜〜。ならする?書き初め」
「やる?持ってくる」
「こっちちょっと場所作るね」

ここで云っておきたいのが、二人とも割とばかすか飲んでアルコールが入っている事である。つまり、頭のネジが通常より何個も外れており、そして年始というお目出度ムードもあって状況の判断や理性が上手く効いていないのである。結果、普段ならやらない事もやってしまう気になるし、むしろ悪巫山戯で楽しくなってしまうのだ。
玄関に出した習字セットを持って部屋に戻ると部屋の床に場所を作った太宰がいる。じゃーん!と持ってきた赤い鞄の習字セットを見せると、目を輝かせる二十二歳児。

「すごい!初めて見た!」
「本当?まだ半紙はあったはずだから…。これ黒布ね、あと文鎮」
「硯は?墨ある?」
「ここにある。墨…あっ!残ってる残ってる」
「よく持つねえ…。これなん年前の?」
「五.六年前かな…。確か」

鞄の蓋を開けて、中身をばらばらと取り出し並べながら、辛うじて残る墨汁と半紙に二人でテンションが上がっていく。
若干硬くなった筆を取り出し、硯において準備は完了だ。

「私からいい?」
「いいよ。どうせ美人と入水でしょ」
「うん。あ、都子ちゃんと入水でも、」
「絶っ対嫌。私が嫌」
「断固拒否なの…」

ちぇー、なんて云いながら、すらすらと筆を走らせて行く。思いの外綺麗な字に驚きながら、ちょっと悪戯心が湧いて、太宰の目の前でひらひらと掌を振って邪魔してやれば、どうやら字が歪んだらしく「あ゛っ!」と濁った声を上げてじとりと睨まれた。おお怖い怖い。

「ちょっと邪魔しないでよ」
「太宰の癖に綺麗な字書くからつい…」
「八つ当たりでしょそんなの…。それより私の字、綺麗?」
「何?口裂け女? 綺麗だよ。むかつく」
「うふふ、そっかあ」

打って変わり嬉しそうに頬を緩ませ筆を片手に湯のみの日本酒を一口含む太宰に、此方も気が緩んでいた。細まる双眼に嫌な予感がしたけれど目が離せない。太宰から距離を置こうと後退しようとした瞬間に、無駄に整ったお綺麗な顔がすぐそこまで迫っていて、噛み付くように唇を塞がれる。

「ん、ふぁ、んんッ」
「んふ、ふふふっ、都子ちゃん」
「……なに?」
「イイコト、しよ?」

日本酒の匂いが鼻についた。アルコールが回って、上手く頭が回らない。囁かれる儘に、私は縦に頭を振った。



酒の力とは凄いもので、鋭くなった感覚は少しの愛撫でさえ大きな快感として処理をする。衣服を剥がされ下着のみとなった身体を指先や舌先が這うだけでも感じてしまい肩は跳ね甘い声が口に出た。そんな私の様子を、太宰は随分嬉しそうな顔で見下ろしている。

「ぁ、んっ……。だざ、」
「んふふ、お腹弱いの?」
「ふあっ、……も、やだ……」

太宰の赤い舌先が、下腹から臍を通り登ってくる。胸元に来れば唇を寄せて音を立てて吸い付くから、其処には赤い鬱血痕が残って、その周りにもまた痕を残していく。じわじわと侵食する快感に、腹の奥がずくりと疼いて、無意識に膝を擦り合わせようとするものだから、脚の間に居る太宰の身体を挟み込んでしまい、太宰は優しい甘い声で、密かに笑いながら私を揶揄う。

「そんなに私のこと欲しい?」
「ち、ちが、んっ………」
「もうちょっとね。あ、そうだ。どうせだしこれ使おっか」

太宰が取り出したのは、先程取り出した筆とは別の筆だ。先の毛が小さなそれは、毛束を解しただけの小筆である。
何に使うつもりなのかさっぱり分からなくて、ぼんやりと、快楽によって蕩けた思考の波に漂っていたが、筆の先が指や舌よりも繊細に肌に触るものだから、ぞわぞわと、擽ったさと快感が走る。

「んっ、ふ、んん……!」
「筆責めってね、気持ちよくなっちゃうとずーっと気持ちいいんだよ」
「ぁ、やだそれ…!」

筆の先が胸から腹へ降りていく。臍のあたりに来た所で、脇腹や下腹を撫でるように降りていくのが気持ち良くて思わず目を瞑り震えながら声が出るのを唇を噛んで我慢していれば、太宰の指の爪が唇を突き、そして瞼に暖かくて柔らかな感触がした。ゆっくりと開ければ、それが太宰の唇で、低い声が耳に注がれる。

「駄ぁ目。声、聴かせて?」
「ゃ、やだっ……ぁ、んんっ」
「気持ち良くなってる都子ちゃんの声聴きたいんだもの。ね?」
「へん、な声、でちゃっ、あっ、ぁ」
「変じゃないよ。可愛い声。ほら、」
「んっ、やだぁ、あっ、んん、んっ」

腹部をなぞる筆はゆっくりと下腹から脚の付け根へと下り、その度に感じたことのない快感が走る。指や舌の愛撫とは違う、直接的では無いけれどじわじわと広がっていくそれは心地よさもあってもっともっとと強請りそうになるが、辛うじて残っている細い理性が目の前の男に強請ることに羞恥を感じて制していた。しかしそれは、いとも簡単に千切れる。

「ひぁっ!?なに、やっ……ぁ、あ!」
「ふふ。此処、気持ち良いでしょ」
「やだぁ…あ、ああ、あ!」

筆先が、薄い布越しに陰核を弄ぶ。その気持ちよさに腰が震えて脚を跳ねさせる私を太宰は私の腹を押さえて楽しそうに眺めていた。

「やっ、あ、ああっ、それ、だめっ」
「だめじゃ無いでしょ、ほら、気持ち良いね」
「んっ、だめ、おかしくな、ちゃ、ああっ」
「おかしくなって。ね?」

弄ぶ動きが早くなり、段々と意識が達することだけに向いていく。口から出る、意味を持たない喘ぎ声がアルコールもあって余計に響いて昂らせるものだから、秘部は止め処なく蜜を流し下着は色を変えているだろうと簡単に想像できた。もっと大きな波が来る、と身構えた瞬間だ。

「ぁ、な、なんで…」
「だめって都子ちゃんが云うから。それに、自分だけはずるいよ」

私も、こんなになってるのに。
取られた手が添えられたものは、布越しでも分かる程熱くて硬度を持っていた。それが何か分からない訳でも無く、小さく悲鳴をあげてしまったけれど、心の隅で、酒の力であろうと自分の姿を見てこうなったのだと思うと少し嬉しくもある。恐る恐ると指で形を確かめるように撫でれば、私を組み敷く男は、眉を潜めて息を飲む。普段の飄々とした顔からは想像出来ないその姿に、既んでの所で止められた熱はまた帯びて、吐く息を熱くさせた。

「は、ぁ………」
「んっ。手でシてくれるのも良いけど、私一緒に気持ち良くなりたいなあ」
「ぇ、ま、って、それは、」
「ふふ、大丈夫。挿れはしないよ」

一緒に、の言葉に思わず冷静な意識が戻る。いくら酒の勢いとは云え、それは。その焦りが分かったのだろう。太宰は薄く笑ってそう云うと、私の脚を前に折り畳み、持ち上げる。そしてジッパーを下げる音がして、熱いものが、私の合わせた腿の間に滑り込んできた。時々擦る陰核が気持ち良くて、また、意識が蕩けていく。

「ぁ、あ、あ、んん、」
「気持ち良いね?ん、ふふ」

私の脚を抱き抱え、ゆっくりと腰を動かすその姿に余裕があるようで無いのが、ずくりと腹の奥を痺れさせる。声は遠慮なく出てしまっていた。私の愛液と、太宰の陰茎から零れ落ちる先走りとが混ざってぐちゃぐちゃ音がなり、また腰の動きが激しくなった事で打ち付ける音もしてまるで挿入されているかのようで気持ちが昂ぶってくる。

「ぁ、あ、あ!んっ、そこ、きも、ちぃ…!」
「ん、私も、すっごく気持ちい。ね、もうちょっと腿に力入れて?」
「ん、ぁ、あ、やっ、これ、だめぇ…!」
「すご、きもちぃね…!」
「やらぁ…!ん、んん、あっ、あ、あ、らめ、イっちゃ、」
「イっちゃう?都子ちゃんのイくとこ、みせて、んっ、ふふふっ」
「イく、イっちゃ、あっ、あ、あッーーーーー!!」
「私も、出る、!」

身体が震え腹が波打ち足先に力が入って丸まる。頭の中が真っ白に染まり、心地良い快感に身を委ねて残りの余韻に揺蕩っていると、遅れて太宰も達して私の腹の上に白濁を散らした。残りを押し出す為に数度腰を揺らした後、荒い息を吐く私を薄く微笑んだ儘には見下ろして、腿を掴んでいた手を頬に寄せた。その手つきは、割れ物でも扱うように慎重で、優しかった。

「ん、だざ、」
「好き」
「…は、」
「私、都子ちゃんの事が好き」
「ぇ、待って。なに?」
「本当は、素面の時に云いたかったのだけれど、抑えられなかったの」

ぽつぽつとか細い声で話した顛末は、偶々日本酒が手に入ったことから始まり、私が飲みたがっていたと小耳に挟んだからお裾分け程度のつもりだったが、いざ会って飲み始めたらそれどころでは済まなくなったらしい。
ごめんね。きらいにならないで。最後にそう締め括られ、頬に雫が落ちる。汗だったのか、違うものだったのか分からない。けれどそのか細い声と脱力した身体がどうも放って置けなくて、私を見下ろす頭が良い癖にどうも不器用な男の頬に手を伸ばした。
頬に触れると、一度びくりと身体を跳ねさせて、遠慮がちに私を見つめる。八の字に下ろした眉と緩む目元にだるい身体を起こして唇を寄せた。

「不器用な人。初めからそう云えば良いのに」
「だって、都子ちゃん絶対揶揄うでしょ」
「太宰の本気度合いによるかな」
「少なくとも、抑えが効かなくなっても一線を超えない位には本気だよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「基準が駄目男過ぎるけど」
「…それはノーコメント」
「ふふ、そうね」

素面の時に、もう一回聞かせてね。
合わせた唇は果たしてどちらが先だったのだろうか。そんな些細な事など気に留めず、細い首に腕を回した。


あとがき 禊萩さんへ