噎せるような微睡の中で

※ヴィラン主

ロクに眠れない生活に突入して、かれこれ二週間だろうか。粘りつくような疲労とそれに比例した高揚感とがないまぜになって、不思議と苦しさは感じていなかった。
「デカブツが寝に入った。お前も少しでも良いから寝ておけ、死柄木。」
「…ああ。」
Mr.コンプレスの声が少し離れた場所から聞こえて、曖昧な意識の中返事をする。さて、果たして眠れるのか。グラグラと揺れる視界に蓋をする様に目を閉じた。

─鼻腔を掠める香り、いつだか嗅いだ覚えがある。この香りは…─
「………?」
パチリと目蓋を開く。あれからどれくらいの時間が経ったのかはわからないが、どうやら眠れていたらしい。あのゴリラが動き出していないところを見ると、3時間も経っていないのは想像できた。
「おーおー、ひでぇツラ。」
いつの間にか帰って来ていたトガやスピナーらが、トゥワイスやコンプレスと揉みくちゃになって眠っている姿に口角が上がった。
時刻は真夜中の筈だが、満月のせいかそこまで暗さは感じない。風に当たるため覚束無い足取りで木々の間を縫って歩くと、少し開けた場所に行き当たる。
そこには既に先客がいて、しかも振り返った顔は見覚えのあるヤツだった。
「こんばんは、弔くん。」
「……お前、確か…」

ステイン騒動のあと、トガや荼毘たちとは違って俺に興味を持ってアジトを訪ねて来たやつがいた。とは言っても、来るだけ来て言いたいだけ言って出ていった上に、気が向いた時にだけ顔を見にくる変なやつだったから、こんな状況で会う事は無いと思っていたんだが…
「少しは眠れましたか?」
「あ?……ああ、お前か、この匂い。」
周囲に漂うふわりとした香り。目の前の女の個性がどんなものだったかは覚えていないが、ニコリと微笑んだところを見ると肯定ということで良いんだろう。
「大変そうですけど、思っていたよりも楽しそうで何よりです。」
「…まあな。」
木に背を預けている女に倣い、手近な根に腰掛けて寄りかかる。固い。
「でもまさか、起きてしまうなんて…」
「ん?」
「最初より効果が薄れてるのかもしれません、出来ればもう少し眠らせてあげたかったんですけど…」
「……最初?……あ、あー、そういうことか。」
目の前の女から漂う花の香りが妙に嗅ぎ慣れた匂いに感じるのが不思議だった。しかしよく思い返してみればこの二週間弱の間、マキアに合わせて休息に入るタイミングで都合よく眠りやすい場所があったり、短時間でも妙に眠れている時があった事に納得がいった。
「…ホントに変なやつだな、お前。」
敵対する訳ではないが、かといってこちらに与する訳でもなく、けれど妙に助けてくる。謎だ。
当の本人は穏やかな笑みを浮かべたまま、フフ、と吐息を零す。
「私は、私がしたいことをしているだけですよ。」
「……ふーん。よくわかんねえけど、邪魔するわけじゃないならイイさ…。」
意識が疲労に引きずられ始める。まだもう少し言葉を交わしたい様な気もするが、一度欠伸を許してしまったらもう抗えない。眠い。
「アレが目覚めるまでまだ暫く休めますから、さあ、眠って下さい。」
「…ん……なあ、」
「はい。」
「名前…なんだっけか…」
「……フフフ。」
もう開けない目蓋の裏で、楽しげに笑う声が響く。さっさと答えろよ、と思ってももうそれを発する気力すら湧かない程眠気に支配された頭に、細い感触が触れた。髪を梳く様に撫でられて、どんどん意識が落ちていく。花の香りがまた一段と濃くなった気がするのは気のせいだろうか。
「今は眠って下さい。大丈夫、また会えますから。」
落ちかける意識に響いてきたその言葉に次いで柔らかな感触が頬に当たる。それがなんなのか考えるよりも先にスイッチが切れた。

【噎せるような微睡の中で】
(久しく安らぎに満ちていた気がするような)

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