───────────私はある日突然、全ての光を失った。
不慮の事故だった、運転手のよそ見運転により起きた事故で私の目は一切の光を映さなくなった。
その事を聞いた母は「どうして貴女が」と泣き崩れ、父は「生きていてくれて嬉しいよ」と涙声だった。
生活の全てを周りのサポートがなければこなせず、今まで出来ていた事が全く出来なくなった腹立たしさは計り知れない。
母に車椅子を押してもらわなければ飲み物すら買えやしない私は、周りからはどう見えているのだろうか。
「あっ、やっちゃったわ…ごめんね琥珀、病室に忘れ物しちゃって。ここで待っててね」
「うん、分かったわお母さん」
買った飲み物を膝の上に置いた母の足音が遠ざかっていったのを聞いて、手持ち無沙汰に母の飲み物である缶コーヒーを手の中で転がして遊んでいれば、滑って地面に落としてしまった。
缶が転がる音が遠くなっていくのが聞こえる、あぁどうしよう。
困って手を彷徨わせていれば、誰かの足音が近付いてきた。
誰だろう、母じゃない。
「これは、君が落としたコーヒーか」
「は、はい。どなたかは存じませんが、ありがとうございます」
優しげな声が頭上から聞こえてきた、男の人の声だった。
どの辺りに缶が差し出されているんだろう、分からない。
「重ね重ね申し訳ないのですが、缶を膝の上に置いていただけませんでしょうか」
「構わない」
そっと膝の上に置かれた缶の重さに肩から力を抜く。
「ありがとうございます、何かお礼をしなければいけないところなんですが…」
財布は母が持って行ってしまったし、目の見えない私では飲み物を買うどころか立ち上がる事すら危ういのだ。
「君、もしかして、」
「おい源田、何してんだよ」
「あ、いや、」
「あ、ごめんなさい。また今度、母が一緒でしたらお礼をさせてください」
これが私と彼、源田幸次郎くんとの出会いだ。
「あ、」
「あら?」
聞いた事のある声だと思ったら、先日缶コーヒーを拾ってくれた人だった。
母にそれを言えば、お礼と共に彼の好きな飲み物を買って渡していた。
そんなつもりじゃ、なんて遠慮する声が聞こえるけど、その代わりにこの子と仲良くしてくれるかしら、なんて呑気な声が聞こえた。
「お、俺なんかで良ければ…?」
「あら!ありがとう!!琥珀、お母さんちょっと先生とお話してくるから待っててね」
いそいそと離れていく母に少しだけイラッとした、声がニヤついているのが丸分かりである。
「母がすみません」
「いや…えぇと、俺は源田幸次郎だ」
「柏山 琥珀です、源田さんは…」
「源田でいいよ」
「じゃあ源田くんで。ここには誰かのお見舞いに?」
「いや…試合で怪我をして入院しているんだ」
「そうなんですね」
「君は…?」
「私は事故で視力を失いまして、取り敢えず体の方の傷を治す為に入院中ですね」
「やっぱりそうか、だから入院着を着ている俺にお見舞いなんて聞いたのか」
「何も見えてませんからねぇ」
あはは、うふふ、と笑い合っていれば、突然「痛っ!?」と源田くんの痛そうな声が聞こえた。
「だいぶ笑い事じゃねぇんだよそれ」
「だからって殴る事ないだろ…?」
「あら、新しい声」
「突然悪い、俺はこいつのチームメイトで同じく入院してる佐久間次郎だ」
「ご丁寧にどうもありがとう」
しばらく話していれば、帰ってきた母が「あらあらまぁまぁ!お友達が増えているわ!!」と、またもやジュースを買って佐久間くんに渡していた。
病室の部屋番号を伝えれば、次の日から遊びに来るようになった2人。
源田くんは最初は遠慮していたけれど、回数を重ねれば慣れてきたのか1人でも顔を出すようになった。
「そっか、サッカーしてるんだ」
「あぁ、俺はゴールキーパーをやっている」
「じゃあ筋肉とか凄いんだね」
「一応は、運動部だしな」
「へぇ、触っていい?」
「は、」
そろり、と手を伸ばせば、源田くんらしき人物に触れる。
これは多分、腕かな、思ったよりがっしりしている。
体に沿うように手を滑らせれば、お腹らしきところに辿り着いた。
やっぱりと言うか、しっかりと腹筋は割れていた。
「凄い、硬いね」
「あ、あぁ、ちょ、くすぐった、」
「肩もしっかりしてて大きいなぁ、わっ!フサってした!これ髪の毛?」
「……」
「ふわふわしてる〜!!」
しばらくの間髪や頭を撫でていたら、検査が終わったらしい佐久間くんにストップをかけられた。
流石に触りすぎたかもしれない、これはセクハラになってしまうかもしれない。
「生きてるか源田」
「わ、悪い、助かった…」
「あ、ごめんね。不躾に触りすぎたね」
「しっかり反省しろ」
「痛っ」
軽くデコピンをされた、ちょっと痛かった。
こんな風に誰かとふざけあうなんて思いもしなかった、目が見えなくとも出来る事はあるんだって。
源田くんと佐久間くんには感謝しかないし、母には「最近、明るくなったわね」なんて言われた。
だから、あの2人が何も言わずに居なくなるなんて、思いもしなかったのだ。
「折角、治ったのにな」
体の傷が癒え、本格的な目の治療に入ろうとしたところで失明の原因が折れた骨により視神経が圧迫されている事だと分かった。
手術で折れた骨を取り除けば、多少の視力低下はあるものの視界は完全に復活すると言われ、母と一緒に喜んだのは記憶に新しい。
いの一番にこの事を伝えたかった人達はもう居ない、それが少しばかり寂しく思う。
「柏山 #nam2#、だな?」
「誰、ですか」
「源田幸次郎と佐久間次郎の使いの者だ」
「!!2人の…」
復学した初日は登校してから学校のクラスメイト達や先生達にお祝いされて、とても良い日だと思った。
仰々しい黒いスーツで身を包んだ男の人が家の前に居なければ、の話だけれど。
知らない人に名前を呼ばれて何の用かと身構えれば知った人の名前を出されて、目の前の人への警戒を少しだけ解く。
「我々について来てもらおうか」
「え、あの、」
私に拒否権はないらしく、否応なしに黒光りする高そうな車に乗せられて連れて来られたのはおっきな潜水艦。
「は、初めて見た…」
「こっちだ」
そう言って案内されたのは観客席みたいなところで、下を覗き込めば何人か人が居た。
彼らはユニフォームを来ているけれど、これは、もしかしてサッカーの試合?
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
突然眼帯をつけた男の子が吠える、あの声は、聞き覚えがある。
目が見えない中で、いつも私に優しく話しかけてくれた声が、獣のように吠えている。
「佐久間くん…?」
もっとちゃんと見ようとサッカーコートに近付こうとしたら、いきなり佐久間くん(?)の片足に地面から飛び出してきた赤いペンギ、ペンギン!?
「あ、あの、ペンギンって地中で生息出来ましたっけ!?」
興奮した私の台詞に男の人がすっ転んだ、違うらしい。
そしてそのペンギンを見た、ゴーグルをつけてマントを羽織ったドレッドヘアーの少年が叫ぶ。
「それはっ、禁断の技だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
その叫びは事実らしく、皇帝ペンギン1号という名前の技を放った佐久間くんは痛みで蹲っている。
どうして、こんな事、酷い。
そんな事を考えていれば、モヒカンヘアーの少年が佐久間くんに一言二言話しかけたかと思えば唐突に佐久間くんがこちらを見た。
モヒカンくんはゴールに居る男の子にも声をかけているけど、私にそれを気にかける余裕はない。
入院している間に彼らから聞いたサッカーは、こんな風に、ピリピリとした空気の中するものじゃないって分かっているから。
私は、楽しそうにサッカーをする君達が見たいよ。
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