有能悪魔の恋煩い
ナザリック地下大墳墓の玉座の間には、アインズを初めとし、階層守護者が一堂に会していた。
守護者たちの表情は、喜色と緊張、そして少しの不安が見え隠れしている。
時刻はもうすぐ18時。約束の時間までは後わずかである。
デミウルゴスは自然と口元が緩むのが自覚できた。畏怖すべきアインズの前で醜態を曝すまいと努めているデミウルゴスであったが、どうにも喜びを抑えることは難しかった。
「アインズ様。先ほどジン様からメッセージが届きました。あと数分でご到着のようです」
「ご苦労、セバス」
竜人の執事、セバスは言葉を聞くと、恭しく頭を下げて退出した。
すかさず、アインズの傍で控えていたアルベドが言葉を発した。
「アインズ様。出迎えなどご用意はいかが致しましょう」
「そうだな。トラップは発動しないようにしているが、せっかくこのナザリックに迎え入れる記念すべき日だ。最大限の敬意を示しておきたいな」
口元に手を当て、アインズは視線を守護者達に向けた。指輪を持っていることだし、とマーレを指名しようとしたことを察し、とっさにデミウルゴスは名乗りを挙げた。
「僭越ながらアインズ様。どうぞこの私を出迎えの役目に遣わせては頂けないでしょうか」
「ん?ふむ、デミウルゴスか。いいだろう、丁重にここまで連れて来るがよい」
「はっ!光栄の至り。それでは失礼いたします」
深々と一礼をし、デミウルゴスはナザリックの入口へと足を急いだ。途中セバスが意味ありげに含み笑いをしていたが、それを無視しデミウルゴスは一気に入り口へとたどり着いた。
襟を正し、ネクタイを締めなおす。はやる気持ちが抑えられず、尾が一度揺れた。
本日はナザリックにとって記念すべき日となるだろう。
そう本日こそは、アインズと同じユグドラシルPLであり、デミウルゴスの創造主たるウルベルトの友人である、first name・last nameをナザリックに迎え入れる日なのである。
創造主と深くかかわっていた友人であることのみならず、デミウルゴスの心を乱す理由がもう一つあった。
そう、彼は生まれて初めて恋をしたのだ。
彼女をナザリックに引き込むよう指示したのは、他でもないアインズである。大役を任された幸福に包まれながら任務遂行に当たった彼が目にしたのは、おぼろげながら記憶に残っていた麗しの最上位悪魔の姿であった。
かつてウルベルトと彼女は、共にクエストをこなしていたように記憶していた。口ぶりからして、どうやら2人は幼少期に知りあったが長い間疎遠で、偶然再会したようだった。
2人のクエストに自分は共をすることは叶わなかったが、戦利品を持ち帰り嬉しそうに笑う彼女の笑顔に心を奪われたのは、もう昔のことである。
ウルベルトなき今、二度と彼女にも会うことがないのだと、人知れずデミウルゴスは自分の中に宿った思いをしまい込んでいたが、アインズの命令により再び巡り合うことができた。デミウルゴスは至高なるアインズへの感謝で今一度一層の忠誠を誓うのであった。
「あら、お出迎えをしてくれたのね」
「first name様!ようこそ、ナザリックへお越し頂きました。貴女様を迎え入れられ、喜びの念を抑えることができません」
「そんなに恐縮しないで…これからは同じくナザリックに住むんですから。ジンのことも私のことも、お客様扱いしなくていいのよ」
first nameの後ろに控えていた男はジンと呼ばれ、軽く一礼した。
セバスを彷彿とさせる燕尾服を身にまとい、金色の瞳には冷静を体現したように静かな光をともしている。
デミウルゴスは既に彼のことを良く知っていた。
first nameの生み出した100レベルNPC。戦闘特化型の人狼。そしてfirst nameの執事。
巧妙に隠しているはずのデミウルゴスの気持ちは、おそらく彼には見抜かれていることだろう。当然だ。自分が敬愛し何より大切に思う創造主に対して、不敬にも不埒な思いを抱く輩の存在を、その創造物が感知できないはずがない。
「これからどうぞ、よろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしく頼みます。さあ、至高なる御方がお待ちです。こちらへどうぞ」
「ありがとう、デミウルゴス」
何時までも彼女を独占し、崇拝すべき主を待たせるわけにはいかない。名残惜しい気持ちを押し殺しデミウルゴスはfirst nameとジンを玉座の間へ先導した。
自らの名前を呼んだ声が耳に残っている。頭蓋に直接触れるような響きに、人知れずデミウルゴスは気持ちを落ち着かせた。
__________
「皆、至高なる御身とfirst name様に敬意を」
玉座の間に着くと、メイドたちが扉を開けそして跪いた。続いてアルベドの声を切っ掛けに、守護者たちも跪く。
赤い絨毯がひかれた道をfirst nameはアインズの元へと歩いていく。
途中でジンは守護者の末席へと控え、同様に跪いた。それを目の端で捉えると、first nameは内心苦笑した。
「よくぞ来たな、first name・last nameよ。こうして貴女を迎えれられたことを嬉しく思う」
「迎えてくれたことを嬉しく思うわ、アインズ君。これから私とジンをどうぞよろしくね」
アインズ君、と呼ぶことに異を唱える者はいない。
予めデミウルゴスから、至高の四十一人が1人、ウルベルトのことを「ウルベルト君」と呼び、彼もそれに特段異論を唱えていなかったことを聞いているからだ。
転移の指輪を受け取り、彼女はそれを左手の親指にはめた。デミウルゴスは少し安心したようにそれを確認した。
「first nameさんとジンにも部屋をあたえよう。いくつか部屋は余っているから、好きなものを選ぶといい」
「ええ、ありがとう。ジンについては、良ければ執事の仕事を与えてやってね。ただでおいてもらうのは忍びないわ」
「そうか…それならばありがたく使わせてもらおう。ジンよ、異論はないな」
「first name様がお許し頂いたのです。我が身に異論などございません」
「よし。今一度皆の者よ。今日より我がナザリックの仲間として強力なる2人の者が加わった。良い関係を作っていくよう努めるのだ」
アインズの声に一同が同意の意を発した。
良い関係。デミウルゴスは頭の中で言葉を反芻する。良い関係とは、どこまでが許されるのか。いくら自分の気持ちを綺麗な言葉で弄しても、所詮は悪魔。この気持ちの裏側には、決して高貴なる身に差し向けてはいけない暗澹たる原始的な欲望が身を潜めていることを自覚している。
「デミウルゴスよ。知っての通りfirst nameさんはウルベルトさんと仲が良かった。気心の知れたお前が十分に目をかけてやるのだぞ」
はじかれた様にデミウルゴスは顔を上げた。
もしやアインズ様は浅慮なる自身の気持ちなどとうにお気づきなのではないだろうか、と。
そしてこの言葉は、階層守護者として、何よりウルベルト様の創造物として不敬極まりないこの心への寛大なるお許しではないか、と。
「恐悦の至り…っ、このデミウルゴス、アインズ様のご期待に恥じない働きをお約束いたします」
「?…そうか、頼んだぞ」
いつものごとく、ちょっとしたアインズの発言が大いなる勘違いを呼んでいるのだが、そんなことはお互い知る由もない。
歓喜に身を震わせるシモベを尻目に、アインズはアルベドへ指示を出した。
「今後のことを話し合うため、少しfirst nameさんと2人で話がしたい。執務室に地図と直近のナザリック防衛計画の報告書を運んでくれ」
「かしこまりました」
「first nameさん、さっそく指輪を使ってみると良い」
「そうですね。それでは皆さん、これからよろしくお願いしますね」
1つ手を振ると、アインズとfirst nameは執務室へと転移した。
しばらくして漸く、守護者たちは顔を上げた。
「近くで拝見するのは初めてでありんすが、なんともお美しいお方でありんすえ」
「サスガハ、至高ナル、ウルベルト様ノ、ゴ友人デアラレル」
「アインズ様…あの、嬉しそうでしたね!」
口々に出されるのはfirst nameへの肯定的意見が多い。
チラリとジンの方に目をやった、アルベドとデミウルゴスは、彼が満更でもないように口角を上げたのを見た。ひとまず、ジンの不興を買って噛み殺されるものは出ずに済みそうだ。
「first name様が素晴らしいことは当然であるとして。さあ、アルベド、良ければ今後の指示を頂けるかな?」
「一先ずは、first name様とジンにこのナザリックを案内しなくてはいけませんわ。first name様がどのような役割をなさるかは、アインズ様とご相談して決めるとして、ジンには今まで通りfirst name様の身の回りのお世話と、セバスの補佐をお願いしようと思うわ」
「承知しました、アルベド様」
「様、は要らないんじゃないかしら?貴方の立ち位置は守護者同等にせよと、アインズ様から申しつけられているわ」
「そうですか。ではそのように」
「私は先ほどアインズ様からご命令頂いた資料を届けてきます。皆、解散して結構よ」
そういうとアルベドは指輪を使い転移していった。
デミウルゴスは視線を感じ、ジンの方を向く。どうしたんだい?っと声をかけようとすると、ジンは先に口を開いた。
「俺は別に口出ししませんが、first name様のご迷惑にはならぬよう」
「………ええ、もちろんですよ」
「何々?何の話さ?」
「アウラにはまだ早いですよ」
「は〜?何それ〜??」
「それじゃあ、私は先に失礼しするよ」
ひらひら手を振ってデミウルゴスはその場を後にした。
それを皮切りに皆がそれぞれの階層へ帰っていく。ジンは静かに耳をそばだて、目当ての人物、セバスを探しに部屋を後にした。
novel top