吸血鬼とお茶会

まずは第一階層の様子から見学してはどうか、というアインズの言葉に異論はなく、first nameはシャルティアの治める屍蝋玄室へやってきた。
後ろにはデミウルゴスが案内し、ジンはfirst nameの後ろに控えている。
既にメッセージはデミウルゴスから飛ばされていたようで、死蝋玄室の扉の前にはシャルティアが自ら待っていた。

「ようこそfirst name様、私の治める階層へ。どうぞ中へお入りくださって」
「そうさせてもらうわ。それにしても、三階層も合わせるとかなり広いのね。色んなギミックがありそうで面白いわ」
「ええ、領域守護者も備えてありんすし、栄えあるナザリックの第一関門として不足のない守りを固めてありんす」
「頼もしいわ」

応接室のような部屋に通されると、蝋のように白い肌の吸血鬼が紅茶を用意した。一口飲むと、上等な茶葉の香りが鼻孔を抜けていく。
目で見た階層の様子はそれほど多くない。first nameは当初の目的通り、言葉を続けた。

「一応、ここに住むからにはナザリックの皆とは仲良くなっておきたいの。今日は時間をもらってありがとう」
「そんな!first name様さえ良ければ、いつでも起こしくださいえ」

ニッコリ笑ったfirst nameを直視し、シャルティアは頬を染めてから、ジロリとデミウルゴスを睨んだ。
まるで気にすることもなく平然と紅茶を口に運んでいるデミウルゴスに、シャルティアの機嫌はさらに降下する。

「して、私の領域を案内するのに、ど・う・し・て!デミウルゴスまで着いて来てるんでありんすか」
「いやだなあ、そう突っかからないでおくれよ。first name様に何か粗相があってはいけないだろう?」
「わ、わたくしが粗相をするとでも言いたいんでありんすか!?」
「念のためだよ、シャルティア。それに御方からfirst name様へのご助力の命を受けているんだ。どこかへ行かれるなら同行するのに何の疑問があるんだい?」

ニコニコと並べたてるデミウルゴスの言葉は至極尤もなことを並べているため、反論の余地はなかった。
シャルティアとしては、美しいfirst nameを見たときからお近づきに…できれば踏んでほしいなど、考えていたのだが、デミウルゴスがいるならそうはことが運ばないだろう。いなくとも運ばないのだが。
シャルティアの性癖など、頭脳明晰の悪魔が知らないはずもなく、笑顔の下ではどんな些細なことでも阻止してみせるという固い信念が結ばれていた。
御方への不敬は、アルベドと同士討ちを毎度繰り広げるので問題ないが、自身の思慕する女性への不敬は自らの手で摘み取らないと気が済まない。それでなくとも女性同士というアドバンテージが存在するというのに、抜け駆けは絶対許さないと、デミウルゴスの心は燃えていた。

「シャルティアは真祖吸血鬼だったわね」
「ええ、私がヒト噛みすれば、脆弱な人間はたちまち私の眷属へと変わりますえ」
「凄いわ。人間ならレベルは関係ないのかしら?」
「うーん。この世界の人間は所詮レベル40が限界でありんすからねえ」
「弱いモンスターでも吸血鬼化できるなら、見てみたいなと思っただけよ」

曰く、first nameの統治する街の近くには少数であるがモンスターはいるようで、一部を吸血鬼か可能なら管理がしやすいのではと考えてのことであった。

「まあ、私もジンも吸血鬼ではないから、適当に精神支配をするしかないんだけれどもね」
「俺の力が足りずに、申し訳ありません」
「そんなことないわ。貴方には人狼であれと私が望んで生み出したんだから」
「ありがたき幸せです」

顔には出さないくせに、喜びでパタパタ揺れる尻尾をデミウルゴスは目の端で捉えた。first nameには見えない位置だからか、無意識なのか、あまり隠すつもりもないようだ。デミウルゴスの視線に気づいたジンは、バツが悪そうに咳払いをした。執事とは皆鉄面皮なのかと思っていたが、どうやらそうでもないようだ、とデミウルゴスは考えを改めた。

「そうだ、一つ質問なんだけれども、ナザリックでは食事はとらないのかしら?」
「食事、でありんすか?」
「我々は食事と睡眠を不要とするアイテムをアインズ様から頂いておりますので、娯楽として楽しむものはいますが、定期的に取ると言ったことは一般的ではありませんね」

first name様はそうではないのですか?と続けようとしたデミウルゴスだが、意外そうにしているfirst nameの顔に一瞬言葉を詰まらせた。代わりにジンが続ける。

「我々の屋敷では、コミュニケーションの一環として食事を取っておりましたので、昨日は少々意外だっただけです」
「アイテムで代用はされないんですえ?」
「食事も睡眠もfirst name様は娯楽と考えておられます。僭越ながら、俺もアイテムはあえて装備せず過ごすようにと」
「なんと、そのような深いお考えが…」

実際first nameが意外そうにしたのは、元人間であるアインズが食事睡眠をナザリック全体で削っていることであるが、デミウルゴスにはシモベを思いやり娯楽を与える慈悲深さと捉えられていた。
first nameが最上位悪魔の性質に引っ張られているよう、不死者側に引っ張られたアインズにとって、食事と睡眠の良さを忘れつつあることは否めないが、そこまでは考えが至っていなかった。電気羊でも夢を見るように、骨だって夢を見るのかと思っていたのだ。

「美味しいものを食べるのはとても幸福なことよ。ジンはお肉が好きなのだけれど、シャルティアとデミウルゴスは好きなものはないの?」

明晰なデミウルゴスの頭脳は瞬時に理解した。これは上手くいけばfirst nameと食事を共にする権利が得られるのではないかと。
彼女の口ぶりからして、これは人間の肉が好物であるとか、そういうのを聞いているのではなさそうだ。現に彼女は「ジンと共に自身の統治する街で食した」と続けているではないか。
答えさえ間違えなければ、first nameはきっと娯楽のない(と思っている)我々に慈悲をくれ、共に食卓を囲んでくれるだろう。そう、食事を取ることのできない至高の御方の代わりに…!

「ええ、私もラム肉などが好きですねえ」
「私は強いものの血が一番の好物でありんす!」

デミウルゴスはぶん殴りたくなる衝動を寸前で抑えた。
この能無し吸血鬼は本当に空気をよんでほしい。馬鹿正直に答えてどうするのだと、first name様がどういった意図でお聞きになったのかを少しは考えないかと、小一時間説教をしたくなった。
見てみろ、first name様が困っているではないか。ああ、悩ましい表情も麗しい。

「強い…シャルティアの感性で強いとなると、とっても難しいわね」

能天気に紅茶をすするシャルティアにため息をついたデミウルゴスであるが、考える仕草をしていたfirst nameが閃いたという表情をしたことで、急に嫌な予感がした。

「そうだ。ちょっとだけ私の血を吸ってみる?」
「なっ」
「ほ、本当でありんすか!や、そんな、…不敬でありんすよ、へへ」

少しくらいなら平気平気と指を差し出すfirst nameを前に、口では不敬と言いながらシャルティアはくずれた表情でジリジリ近づいている。
ジンはやれやれと言った雰囲気を醸すばかりで、止める気配がない。そのことに愕然としたデミウルゴスであるが、賢い彼の頭でも、今この瞬間に現状を打開する方法が思いつかない。

「お近づきの印に、ね?」
「こ、こんなご褒美を頂けるなんて…!本当にいいんでありんすか」
「ええ、痛くしないでね?」

痛くしないでね。
デミウルゴスの心は大荒れに荒れた。なんだそれは。自分だって吸血鬼ではないが、その絹のように滑らかな肌に牙を立てて血を啜りたいに決まっている。
今すぐ前言を撤回し、シャルティアを押しのけ、その指に舌を這わせたい。だが現実は羨ましさに歯噛みすることしか、デミウルゴスにはできないのだった。

「んっ」
「なんて、素晴らしい味…!」

皮膚と言えど100レベルの者の装甲である。わずかしかつかなかった傷からは、しかし、少しの血液が滲み出た。
吸血鬼で無いデミウルゴスにも血の香りがつたわり、甘い匂いに頭がくらくらする。気持ちを落ち着けるため足を組み替えたり、指を組んだりするが、落ち着かない。
落ち着こうと深呼吸を試みるが、血の香りを吸い込む結果となり、余計に落ち着きを失いそうになった。

「はい、おしまい」

自然治癒で傷口が塞がり、first nameは指をシャルティアの口から引っ込めた。
呆けているシャルティアとは対照的に、どこから取り出したのか、ジンはハンカチでfirst nameの指を拭う。
嬉しそうに身をよじるシャルティアに満足したのか、first nameは上機嫌にデミウルゴスに向き直った。

「デミウルゴスも、そうね。今度お食事にいきましょう?」
「っはい、ありがたき幸せ」

二者二様にご褒美を貰い、喜色を浮かべるのをfirst nameは満足そうに見た。
時間もそろそろ頃合いで、カップの中身を飲み干すと、first nameは立ち上がった。

「今日はありがとう。また遊びに来させてね」
「ああ、もうお帰りでありんすね。ぜひ、いつでもいらしてください!」

__________

玄関まで見送ったシャルティアに別れを告げ、デミウルゴスはfirst nameを部屋まで送り届けた。
再度、今日はありがとうと言うfirst nameに勿体ない言葉だと恐縮する。
立ち去ろうと一礼をしたデミウルゴスであるが、ひらひらと振るfirst nameの右手を無意識につかんでいた。

「…ど、どうしたの?」
「はっ、ご無礼をお許しください」
「ええ、いいのよ、」

既に傷の消えた指先を、ゆっくり丁寧にデミウルゴスは撫でた。
緊張からfirst nameはただその様子を目で追うばかりである。

「どうか、ナザリックに属する者であっても……決して本日のように御身を分け与えるようなことはなさらないでください」
「こんなことで精神支配なんてできないわよ?」
「いえ…そうでは、」

炎の悪魔特有の高い体温が指先を通してfirst nameに伝わった。手首を捕まれていれば、緊張から上がった心拍が知れてしまっただろう。
熱のこもった視線が、傷口のあった場所に注がれる。愛おしそうに再度撫でると、デミウルゴスはゆっくりその手を放した。

「そうではなく、これは私の不敬極まる嘆願でございます…。お聞き入れ下されば、この上なき幸せでございます」

失礼しました、と付け加えるとデミウルゴスは再度一礼をし、その場を後にした。
従者の人狼は気をきかせてか、明後日の方向を見ている。
ややあって、急に頬が熱くなったfirst nameはそのまま部屋に入っていった。人狼の良く聞こえる耳にはベッドに飛び込む音も聞こえる。
優秀たる執事は、今は声をかけないことが賢明だと判断し、そっと扉に一例をすると部屋の前を後にした。

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