厄介ごと
「ありがとうございました」
パン屋の朝は早い。
通勤や通学前に買っていってくれるお客さんのために、必然的に朝はとても早くなる。
当然それはアルバイトをしている私も早朝出勤をするということで、頭のどこかはまだ眠っているけれども今日も今日とて笑顔で接客をするのだ。
「first nameちゃん、そろそろ8:30だから学校へお行き」
「あ、もうこんな時間ですね。ありがとうございます」
「ほらこれ!今焼きあがったクロワッサンだよ。お腹がすくだろうから持って行きな!」
「やったー!いつもありがとうございます」
教科書やノートの入ったリュックを背負い、急いで用意していたところへオーナーがパンの袋を渡してくれた。この重さは3つ入ってる、今日は良い日だ。
そんなことを思いながら、私は大学へと自転車を走らせた。
first name・last name。今年で4年生の医学部特待生、そしていわゆる苦学生だ。
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「〜〜〜〜であるため、血液の分類には特段の注意をするように。以上、本日の実験結果は来週講義までにレポートにして提出すること」
ばらばらと人が教室から出ていった。
レポートなんてまた睡眠時間が削れることにげんなりしている理由は、半分は他の学生と同じだが、もう半分は私が苦学生でアルバイトを余儀なくされてるからである。
軍医養成のため、軍属の青年が大半を占めるこの教室の中で、おそらく一番アルバイトに精を出している自信がある。
昼の間に図書館でレポートを書いてしまおうと、教科書を鞄にしまった時。教授からお声が掛かった。
「first name君。君に頼みたいことがあるんだが、いいかい?」
「私の可能なことであれば、もちろんです」
はっきり言って遠慮したい。こんな風に改めて頼まれて嫌な予感しかしないが、特待生として学費を免除されるためには仕方ないのだ。
「近々軍の高官が我が校へ視察をされるそうだ。特に我々医学科への関心が高くあられる」
「そうですか。教授方の努力のたまものですね」
「君たち学生が優秀だからこそさ。そこで、本科きっての学生である君に生徒代表としての随行を頼みたい」
「え・・・」
話の雲行きが怪しいと感じた辺りから引き攣っていた顔がそのまま止まった。
何でそんな厄介ごとを私が、、、私が、、、。
「光栄ですが、本科には軍属の学生も多くいます、彼らの方が適任なのでは?」
「彼らは優秀だからこの場いいる訳ではない、言いたいことは分かるね」
「・・・はい、では謹んでお受けします」
「君ならそう言ってくれると思っていたよ」
詳細は後日、といって笑顔で送り出した教授の顔を見れないまま私は教室を後にした。
ああ、噂には聞いていたが、彼は反軍事思想の持主のようだ。
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疲れたとしても、アルバイトを休むわけにはいかないのだ。
「4点で15マルクになります」
「また来るわ」
「ありがとうございます」
常連の奥様に挨拶をし、束の間の休息にと椅子へ座った。
今日は早上がりの日だ。こんな日はチーズのたっぷり乗ったグラタンでも食べてゆっくりしよう、などとのんきに考えていると、レジの前に影が落ちた。
「休憩中悪いね」
「え、ああ!すみません!」
「いや、謝らなくていいよ。いつもお疲れさま」
目の前にはあの美しい黒髪の彼がいた。申しわけなさで慌てる私に苦笑いをしている。
「お会計が4.5マルクです」
「はい、いつも通り残りは取っておいていいよ」
「いつもありがとうございます」
「はは、気にしなくていいよ。君、学生だろう?こんなに働いて偉い君へのささやかな応援さ」
彼はそういうと、軽く手を上げて店を後にした。
何故だろうか、いつも短いやり取りしかしないせいか、彼との会話に少しドキリとした。
なんだかいつもの調子が出ないまま、私は交代のアルバイトの男の子が来るまでぼぅっと時間を過ごしてしまった。
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