貢ぎ物

「お帰りなさいませ、first name様」
「出迎えありがとう。私の留守中に何か変わったことは有ったかしら?」
「一件来客がございました。first name様に直接お話しをと言うことでしたので、後日改めてと」

隣国との交流兼外交のため、ここ数日first nameは国を開けていた。
万が一国へ攻め込まれることがないようにと、国を開ける際はfirst nameを国に残していき、帰ってきたときにはその間の出来事を聞くのが常である。
ジンからの報告にfirst nameは、さて、誰か来客の予定はあっただろうか、と首を傾げた。

「詳しく教えてくれる?来客の予定はなかったと思うんだけれど」
「はい…と申したいところですが、いらっしゃったようです」
「あら?この気配は……」

__________

屋敷の前でデミウルゴスは再度服装を整え、深く深呼吸をした。
右手に持った薔薇の花束により鼻孔が満たされ、改めて自分がこの花束をfirst nameに献上するのだと再自覚する。
言葉は既に考えてある。まずは謝罪の意を述べ、それからナザリックへの印象を聞き出す。その感触次第で53通り考えた勧誘パターンを選択する。
きっと上手くいくはずだ。己を奮い立たせると、デミウルゴスは扉の呼び鈴を鳴らした。

「いらっしゃいませ、デミウルゴス様。お待ちしておりました」
「本日は正面から声をかけてくださるんですね。安心しました」
「それは何よりです。さあ、first name様の元へご案内いたします」

__________

first nameが目にしたのは、大輪の薔薇の花束を手にしたデミウルゴスの姿であった。
再度足を運んでくれた事への労いの言葉も、事態を飲み込めなかったfirst nameは口にすることができずに、視線を彷徨わせる。

「再びお目にかかることができ、至上の喜びでございます。first name様、どうかこちらをお受け取りください。そして、どうか私の過日の無礼をお赦しいただけませんでしょうか」

片膝をつき求婚さながらに花束を差し出すデミウルゴスは、顔を伏せ静かにfirst nameからの言葉を待った。
first nameはというと、まるで求婚を迫られているような構図の衝撃に、デミウルゴスの言葉はまるで頭に入って来ず口をつぐんだままだ。
段々と焦るデミウルゴス。赦してほしいなど不快だったのだろうか、それとも献上品が不十分だったのだろうか、ここで拒否されてしまえば自分は立ち直ることができない。守護者としても、そしてfirst nameに思慕する1人の悪魔としても。

「…も、もう怒ってなんていないわ!おかしいわね、アインズ君にも伝えた筈なんだけど…!」
「寛大なお心に感謝いたします!」

花束を受け取る感触がし、頭を下げていたデミウルゴスはたまらず面を上げた。
緊張から解き放たれたことと、赦しを得たことで自然と口角が上がる。
受け取った花束を数秒眺めたfirst nameは、何かに気付いたように一つ瞬きをすると、花束を抱きしめ香りを吸い込んだ。

「棘をなくしたものを花束にしてくれたのね」
「御身を傷つけぬよう、僭越ながら私がそのように処理させて頂きました」
「デミウルゴス、貴方がこれを?」
「謝罪の意が伝われば、と」

自分が手を加えた花を抱きしめる姿の何と可憐なことか。自身の名を呼ぶ声の何の甘美なことか。
想定以上に心を揺さぶられる感覚に、顔が熱くなるのをデミウルゴスは感じた。
私情ありきでつかみ取った任務だが、このように浮ついていて失敗するわけにはいかない。何より自分もfirst nameがナザリックへ来ることを心から望んでいるのだ。

「嬉しいわ、ありがとう」
「ああ…!そのお言葉だけでこの上なき幸せにございます」

ドクドクと自身の鼓動が煩い。
first nameの見えないところでキツク拳を握りしめ、冷静さを取り戻すよう努める。
ソファに座るようfirst nameに促され、漸くデミウルゴスは立ち上がった。ジンが2人分の紅茶を用意し、first nameの後ろに再び控える。

「さて、これで私がもう本件を不問にした、ということは伝わったと思うわ。貴方がここに来たのは他にも理由があるんでしょう?」
「流石はfirst name様、全てお見通しという訳ですね」

想定していなかったわけではなかった。何せ自身の創造主、ウルベルト・アレイン・オードルと親交深い悪魔だ。己の浅はかな知略など見破られていて当然と言える。
下手な言葉を弄するのはかえって逆効果と判断したデミウルゴスは、瞬時に次の策へと転換した。

「我らが主、アインズ様はfirst name様をナザリックに迎え入れたいとお考えです。突然のことで戸惑われることは承知致しますが、ご一考願えませんでしょうか」
「貴様、first name様の国を明け渡せと言いたいのか」

ジンのスキルが発動し、宵闇を思わせる霧が周囲を覆った。
呼吸器官に入り込むとわずかに焼けたような痛みが走る。

「ジン」
「しかし…っ、失礼しました」

デミウルゴスが行動に移す前に、静止をかけたのはfirst nameだった。
鋭い声は自身に向けられたわけではないのに、デミウルゴスさえも背筋に冷たいものが走るのを感じた。
慌てて頭を下げるジンの視線を辿ると、first nameの手から崩れ落ちた花束の欠片が落ちていた。ただの植物があの霧に耐えられるはずがない。
first nameが少し寂しそうにその欠片を見つめるのを、デミウルゴスはただ見つめることしかできなかった。

「うちの者が失礼したわね」
「いえ、言葉足らずで申し訳ありません。決してfirst name様の御領地を奪うつもりなどございません。ナザリックの覇道を共有する者として、同盟を結んでいただきたいのです」

それに、いずれはナザリックにも留まってほしい、と。それは今は口に出すべきではないと、デミウルゴスは判断した。

「もちろん、と言ってあげたいけれど、私も貴方たちもお互いの国や今後を良く知らないわ」
「では、お互いを良く知り、合意できると確信頂ければよろしいということですか」
「まあそうなんだけど…」
「承知いたしました。このデミウルゴス、first name様のご懸念が晴れるよう全力を以って努力してまいります」

事前の調べでfirst nameが人間種と友好的関係であること、また様式は他の王国と変わらないことは調べていた。薔薇などの花束の渡し方もそれを参考としたのだ。
デミウルゴスは全力を以って感情が表に出ぬよう配慮しながら、一歩ずつfirst nameへと歩みを進めた。
再び片膝を着くと恭しく右手を取る。
これから行うのは最大限の忠義を表す儀式だ。
絹のような滑らかな肌の感覚が否応なく緊張感を高めさせる。そのまま手繰り寄せると、恭しく手の甲に口づけを落とした。

「…え、…ぁ」
「私からの忠義をお受け取りください」
「そ、そんな、どうし…っ」
「私では不足でしょうか?」

ウルベルトからデミウルゴスを紹介されたときから、first nameはかなりこの悪魔を気に入っていた。
そんな男からこんなに真っすぐな感情を向けられ、first nameは混乱を抑えることができなかった。そして、その事実がfirst nameの首を縦に振らせたのだった。

「…不足、…なんかじゃない、です」
「ありがたき幸せ!」

かくして、first nameのナザリックを知ってもらおう期間は始まった。
少々思うところもあったジンでもあるが、基本的にご主人がご機嫌そうなので全ては良しとして流れていくのであった。

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