第9階層にて

アインズへの報告を終えたデミウルゴスは、寛大な御身からの「折角帰ってきたんだ、明日は休みにしてナザリックでゆっくり休むと良い」との言葉に従い、休暇を取ることとなった。
仕事に滞りがないとはいえ、与えられた休暇をただ無為に過ごすことは、この完璧な悪魔・デミウルゴスのポリシーに反する。
となると、デミウルゴスはかねてより考えていた、とある練習を行うべく第9階層のその店へと足を運んだ。

「おやぁ?デミウルゴスじゃありんせんか。ここは乙女が利用する店でありんすが、ぬし…そんな趣味があったんでありんすか?」
「妙なことを言わないでくれ。私がここで施術されるわけがないだろう」

その店はネイルサロン。先客のシャルティアもまさか本気でデミウルゴスが自分の爪に何かを塗るとは思っていないようで、興味なさげにこう続けた。

「まあ、そうでありんしょうねぇ。じゃあ一体どうしてこんな所へ?」
「近々first name様のお手を彩る栄誉を与えられてね。その予行演習と言ったところだよ」

一瞬の間を置き、シャルティアはくわっと目を見開きデミウルゴスに向き直った。
何時の間にこの同僚は至高の御方に連なる高貴な女性と親しくなったのか。自分やアルベドがアインズ様との仲に全く進展を見いだせていない中、この男はどうやって距離を詰めていたのか。
シャルティアの爪を整え、マニキュアを塗っていたヴァンパイアが慌てて小瓶を端にどけた。

「お、おんし…いつの間に…」
「ああ、そうだ。丁度君がネイルを塗られている所だね。見学させてもらうよ」
「別に構いんせんけど…って違う!いつの間にfirst name様と!?」
「はあ、何を興奮しているんだい?贈り物でマニキュアを贈ったら次回に塗ってほしいとご要望されただけだよ。ふふっ、私としてはこの上ないご褒美だがね」
「はぁーーー。羨ましい。first name様のお手を触り放題でありんしょう?私もアインズ様の御手をずぅぅっと触っていたいものでありんす」

その言葉にデミウルゴスはいっそう笑みを深める。シャルティアの目からは勝ち誇った笑みにしか見えない。
シャルティアは歯噛みした。羨ましい、というかデミウルゴスは手が早すぎるのではないか?あの手この手でアインズ様の気を引こうとしている自分やアルベドがアホのようだ。

「デミウルゴス!仕方ないから、わらわの爪でどのようにマニキュアを塗るか、よーーぅっく勉強するといいわ!その代り…おんしがどうやってfirst name様を誑かしたのか教えなんし!」

ビシっとまだ手入れのされていないシャルティアの右手人差し指が、デミウルゴスを指さした。
デミウルゴスはその指をそっと避ける。そして、あからさまに面倒そうに溜息をつくと、「はぁ、別にいいですが」とやる気のない返事を返した。

「フフンっ、交渉成立でありんす」
「はいはい、さっさと続けてください。ああ、君。塗るときに何かコツはあるのかい?」
「はい、デミウルゴス様。刷毛に付ける塗料の量にお気を付けれは、デミウルゴス様のお器用さでしたら問題ないかと思われます」
「ふーん、なるほどね。もちろん、奉仕するfirst name様の手は握っていても問題はないよね?」
「その方が安定するかと思います」
「そうかい!そうかい!いいね。ありがとう」

明らかにデミウルゴスの声がワントーン上がったのを、ネイル中の吸血鬼の花嫁は聞いた。
大変わかりやすく機嫌をよくする様は、自身の主、シャルティアがアインズ様と謁見した後に似ているように、彼女は感じた。
シャルティアはというと、「いいから早く、至高の御方の落とし方を教えろ」と急かしている。

「シャルティア。まずはその過剰なアピールを控えた方がいいんじゃないかい?あまりにも押されると相手が引いてしまうのは道理だと思うんだがね」
「そう言うおんしは、毎週毎週しつこいくらいにfirst name様の元に行っているのではなかったかえ?」
「……、ああ、そうだね」
「矛盾しているでありんすよ」
「はっ、まさかシャルティアに指摘されるなんて…。しかし、確かにあんなに足しげく通うのはご迷惑?いや、しかし、first name様はいつも笑顔でお出迎えして…、いや、かの慈悲深きお方が他国のものを邪険に扱うはずがない。となると…」
「デミウルゴス?ちょっと、一体どうしたでありんす?帰ってこーい!」
「…と、失礼」

一応シャルティアに返事をしたものの、未だにデミウルゴスの意識は明後日の方に飛んでいる。
シャルティアと吸血鬼の花嫁は2人して少し顔をひきつらせた。いつも冷静な人物に急にスイッチが入ると動揺するものである。

「ま、まあ、何事もまずは会ってアピールしなければ始まらないでありんす!その点では、わらわの対応は完璧でありんすぇ」
「そうだね、まずは会って私のことを知って頂かねば」
「して、その他には?」
「月並みですが、贈り物でしょうか。first name様直々に身に着けて頂けるともなると、喜びも一押しで…」
「アインズ様に贈り物…、ああ、至高なる御方が、わたしの選んだものを身に着けてくださる…!」
「ちなみに次は香水を献上しようと思っていているよ」
「……!? おんし、それは!?」
「おや、気づいたかい?」
「その匂いを嗅ぐだけで、御方をお側に感じられる…!甘く見ていたでありんす、何て計算深い男でありんしょう…!」

デミウルゴスは満足そうに一つ頷いた。
我ながらこの上なく素晴らしい作戦である。
アルベドのように至高の御方の部屋に忍び込むような奇行は行えないが、自分の部屋を愛しの君と同じ匂いで飾れば…少々あちらの方は不味いことになりそうだが、最高ではないか。

「とはいえ、アインズ様への献上となると、中々品選びに苦労しそうだね。このナザリック以上に素晴らしいものなんて、外の世界には期待できないものだよ」
「全くでありんす!耐久の全くない薄っぺらい装備、効果の低いアイテム、なーんにもないでありんす」

マニキュアを塗り終えた手をひらひらと振って、シャルティアは溜息をついた。
吸血鬼の花嫁はトップコートの用意を始めている。せっせと働いていた吸血鬼の花嫁であったが、何かを思い出したようにデミウルゴスへと口を開いた。

「デミウルゴス様。よろしければ男性への献上品はどのようなものが喜ばれるかをご教授頂けませんでしょうか」
「おやぁ、いいことを聞くでありんすね。確かに、おなごが好む物は予想がつきんすが、男性って何が好きなんでありんす?」
「うーん、私の場合は良い悲鳴をあげる人間が一番だけれども、アインズ様のご嗜好は私にも図り知れないからね。あまり力になれなくて済まないね」
「至高の御方のお心を理解できる日は来るんでありんしょうか…ああ、アインズ様!」
「(シャルティア様…、マニキュアを塗っている時は動かないで下さい…)」

__________

「さーて、部下を知ることは良き上司への第一歩だ!今日は第9階層をみてみようかなぁ…っと、シャルティアと…なんでデミウルゴス?」

奇妙な友情を垣間見た至高の御方であった。

novel top