サキュバスと人狼と恋話

アルベドの表情は、さながら戦場に赴く戦士のそれであった。
だが彼女が向かう先はもちろん戦場ではない。強い意志を携えた歩みは真っ直ぐに第9階層に新たに設えられた一室、first nameの私室へと向かっていた。
彼女がfirst nameの元へと向かう理由はただ一つ、愛しのアインズ様から「first nameさんがアルベドと話してみたいと言っていた、女同士でお茶でもしてきたらどうだ」と言ったからだ。
彼女がこれほどまで闘志を燃やしている理由もただ一つ、もしかすると、万が一にも、アインズ様が同じプレイヤーという理由でfirst nameに好意を寄せることを断固阻止せねばならないからだ。

「お待たせいたしました。守護者統括、アルベドです」
「お待ちしておりました、アルベド様。first name様がお待ちです」

部屋をノックすると、当然出迎えたのはfirst nameの創造した僕、ジンである。
案内されるまま部屋へと入り、一つ扉を抜けると応接室に目当ての人物はすでに座っていた。
促されるままfirst nameの対面の席に着き、緊張を悟られぬようアルベドは微笑みを浮かべた。

「本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。こうしてfirst name様とお話ができますこと、大変光栄です」
「堅苦しくしなくてもいいのよ。今日は女同士でゆっくり話しましょう」

ということだから、ジンは席を外してね、とfirst nameは悪戯にウインクを投げた。
紅茶の給仕の最中だった執事は目をパチパチさせ、何でもないように、分かりました告げた。最低限の持て成しを整えるまでは不機嫌そうに尻尾は垂れたままだった。

「それでは失礼いたします」
「ええ、そうね。暇を持て余すようだったら、デミウルゴスの手伝いでもしていらっしゃい。何かと私たちの世話もあって仕事を増やしてしまっているからね」
「かしこまりました。それでは、アルベド様もごゆっくりお寛ぎください」

パタリ、と扉がしまる。
自ら言い出すまでもなくジンが席を外したことで、アルベドは内心困惑をしていた。
確かにfirst name様に対し牽制をするためにも、自分と2人きりの状況に持ち込もうとは考えていた。しかし自らが行動する前にそうされてしまうと、自分の思考が読まれているようで落ち着かない。
いや、もしかすると既に気づかれているのかもしれない。これが至高の41人に匹敵する存在。
アルベドは人知れず息をのんだ。

「さて、こうしてお茶会を開いてはもらったけれども、何を話そうかしら?」
「ナザリックの今後の発展についてなど、いかがでしょう?」
「うーん、それもいいけれど、そうね。少しアルベドの仕事から離れましょう。アルベドは何が好きとか、アインズくんから貰った休暇は何をしているか、とかね」
「わ、わたくしの…好きなもの…っ」

何ということでしょう、やはりfirst name様はご存知だったのだ。浅ましくもアインズ様への思いを成就させるため、愚かにも牽制を掛けようとした愚かさを見抜いておられた…!
アルベドは下を向き、膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。
そんな愚かな自分をfirst nameは促している。姑息な策をめぐらす己を糾弾するのではなく、あえて優しくうながしている。この方は、自分が想像する以上に英知にあふれ、寛大なお方なのだ。

「(NPCの趣向って良く分からないのよね。上手く聞き出してアインズくんに教えてあげよう)」
「first name様!愚かにも策を巡らせようとしていたこと、お許しください!私はアインズ様を愛しているのです!」
「…ん?」
「アインズ様が、同じ地よりいらっしゃったfirst name様を妃に選ぶのではないかと…っ、そう考えると…愚かにもそれを望まぬ己を止めることができなかったのです…っ」
「ええ…ちょ、アルベド?アルベドがアインズくんを好きなのは、たぶん皆知ってるよ?」
「first name様!」
「いやいや、私たちはそんなのじゃないから、ね?泣かないでね?」

急に告白して急に泣き出したアルベドにfirst nameはオロオロしながらも、とりあえずは隣に移動し、ハンカチを渡した。
恋は盲目というが、まさかそんな風に見られていたとは…。もしかしてナザリックの共通認識になっているのだろうか、それなら…デミウルゴスを好いている身としてはどうにか訂正したい。

「申し訳ございません…ぐすっ…このような相手にまで慈悲深くいらっしゃる…やはり私では足元にも…っ」
「はいはい、やめなさい。アルベドは優秀で美しいから自信を持ちなさい。きっとアインズくんも私よりアルベドのような女性が好きなはずよ?」
「そうなのですか!?」
「あ、え、うん。目が怖いわよ」

一言で一喜一憂するアルベドをfirst nameは少し怖くなった。
少なからずNPCたちはこういった傾向がある。なんだか熱心な宗教家を見ているようで落ち着かない。

「first name様は意中の相手がいらっしゃるのですか?女ならば皆、アインズ様のような美しくっ完璧でっ素晴らしい御方に好意を持つのではございませんか!?」
「好みは人それぞれだと思うんだけど…」
「どうなのですか!」
「いや、はい…いるには、います…」
「まあ!!アインズ様ですか?どうなんですか!!」
「今の話の流れでアインズくんじゃないって分かるでしょうに」

鬼気迫る美女の恐ろしいこと。詰め寄られた圧に耐えかね、first nameは引き気味に答えた。
満足のいく答えを得たことで冷静になったのか、先ほどまでの表情はどこへやら、居住まいをただしたアルベドは満足顔で、左様ですか、と応えてみせた。

「まあ、あまり押し過ぎても引かれてしまうから、上手くやるのよ」
「はい!」
「元気になったようでよかったわ」
「お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません…。ところで、first name様の意中の相手はいったい誰なのでしょうか?」
「ん?」

ニコニコと輝かんばかりの笑顔がfirst nameを見つめている。
女性は全生物共通して恋話が好きなのだろうか、いや、アルベドのことだ、アインズくんを落とすのの参考にしようとしているんだ、そうに違いない。

「いやぁ…、私のことはいいから」
「いいえ!first name様の意中の相手とあらば、ナザリック全軍をかけて手に入れるのが守護者統括の務め!」
「なるほど、そうきたか」
「それに私はサキュバスです。first name様がお選びになった相手とあらば、私の力が通用するか定かではございませんが、できる限り力をふるって見せます!」
「いやぁ…」
「そのご様子だと私と同様、あまり進展なされていないのではないでしょうか?全く、first name様にお心を向けられておいて、それに応えないなど…相手は身の程を知るべきですわ」

言えない。君の同僚でデミウルゴスっていうんだよ!、なんてとても言えない。
でも見当たらない。切り抜ける方法が見当たらない。いったいどうすればいいんだ。
first nameがぐるぐると解決の糸口を探している最中も、アルベドは相手の男…デミウルゴスへの不満を吐き出している。男なら思いにこたえるべきだ、意気地なし、甲斐性なし、等々。そして段々と文句は自分のアインズへの思いにシフトしていく。
それを聞くにつけ、first nameの頭では前々から見て見ぬふりをしていた事柄が、冷ややかに眼前に突き付けられた。自分が求めればNPCたちは自らの心と関係なく動いてしまうのではないかと。

「私なんて、アインズ様に好意を向けていただければっ、もう即座に、即座にお応えしますのに!」
「それは命令に従うこととどう違うのかしら?」
「first name様?」
「もし、アインズくん以外の至高の41人がナザリックに残っていて、彼らがアルベドに自分の妃になるように命令したら…アルベドはどうするの?」
「それは…」
「…そんなにアインズくんを愛していても、この問いには迷いが生じるのね」

今まで曖昧にしていた事実を直視することができず、first nameは視線をそらした。
きっと今アルベドは傷ついているはずだ。それでも声をかける余裕はなかった。

もしも私がデミウルゴスに思いを伝えれば、きっとデミウルゴスが拒否することはないだろう。それどころか、創造主に近しい者に仕えることができると、幸福感さえ抱くに違いない。
お互いが幸せ、それでいいじゃないか。なのにどうして、私はそれで納得できないのだろう。
デミウルゴスが幸せを感じる、愛しい人が喜びを感じることに、どうして自分は満足できないのだろう。
目を背けていたが答えはずっと明白だったはずだ。そう、私はデミウルゴスに愛されたいんだ。彼の、彼自身の心によって求められたいんだ。
酷く傲慢で、それでいて愚かだ。
忠誠心の人一倍強い彼が、仕えるべき相手にそんな思いを抱くはずがないというのに。

「first name様…どうか私の思いを聞いては下さいませんか」
「…ええ、もちろんよ」
「創造物たる私たちが主の命令に背くことはできません。ですから、もしもそうした状況になれば、私に拒否の選択肢はないでしょう」
「……」
「…ですが、例え選択肢がなくとも、私はアインズ様以外の妃になるつもりはございません。アインズ様へのこの気持ちさえ、創造主たる至高の41人の御方々から与えられたもの…その心に背くことは、私にはできません」
「アルベド…」
「その結果として処分されることさえ厭いません」
「それが貴女の答えなのね」
「はい…不肖の身で申し訳ございません」

深々と頭を下げるアルベドの髪をfirst nameはそっと撫でた。
彼女はこんなにも強くて真っ直ぐだ。確かに少し暴走気味なところはあるが、これがアインズ・ウール・ゴウンの最高傑作に相応しい存在なのだ。
それに比べて、小さなことで悩む自分のほうが酷く愚かな存在ではないか。
早く、彼女の理想に相応しい存在として顔を上げさせなくては。

「アルベド…とても強くて尊い子。私は貴方のような強い子にアインズくんを支えてほしいと思うわ」
「first name様…!」
「ふふっ…まあ、ここからは私の独り言だと思ってほしいんだけど…。私たちもそれほど全能な存在ではなくて、貴女たちの心を全て分かっているわけではないわ。きっとアインズくんも、アルベドの気持ちが、貴女本人のものなのか、僕として定められた結果なのか、測りかねているんだと思うわ」
「そんな…、私は」
「少なくとも私はそうよ?命令して囁かれる愛なんて、いやかな…」

今私はうまく笑えているだろうか?
こうして結論を出せた彼女は、本当にアインズくんを愛しているんだ。なら私は彼女を応援したい。この世界で永遠にも近い寿命を手に入れた私たちなら、きっとこの関係も乗り越えられるはずだ。

「first name様…思い人はもしや、私のような創造物なのでしょうか?」
「あら、ばれちゃったかしら」
「あの、それはっ!」

もしやデミウルゴスでしょうか!という言葉を、アルベドは寸前で飲み込んだ。
デミウルゴスはおそらくfirst nameに好意を寄せている。あれほど足しげくfirst nameの元に通っていれば嫌でも気になるというものだ。
行動を怪しんではいたが、はっきりと追及しなかったことを、この時ばかりは大いに悔やんだ。

「…それは、どのような者でしょうか?」
「とても忠義に篤くて、人一倍真面目で、だれよりもナザリックに貢献していて…褒められると少し照れるところが、とても愛おしいと思うわ」

自分の願望がそう思わせているのかもしれない。しかし、この特徴はデミウルゴスが当てはまるように思われた。
もし、本当にfirst nameの思い人がデミウルゴスなら。もし、デミウルゴスがfirst nameに思いを寄せていたら。
私が背中を押さなくてはいけない。
アルベドの心に新たな決意が宿った。同じ過ちは二度と繰り返さない。

「不躾な質問をどうぞお許しください。その相手とはデミウルゴスではございませんでしょうか?」

その表情を見れば一目瞭然だった。
アルベドは失礼しましたと頭を下げ、それ以上追及は行わなかった。そして決意は使命へと変わった。

「(デミウルゴスの背中を殴りつけてでも、first name様に思いを告げさせてみせます)」

__________

一方、殺伐とした空気が第7階層には流れていた。
理由は言わずもがな、デミウルゴスとジンがかれこれ1時間ほど無言で書類に目を通しているからだ。
その空気を鋭利に感じ取り、持ってきた報告書を片手に右往左往していた配下の悪魔が意を決して書類を差し出す。デミウルゴスはそれを無言で受け取り、部下はそそくさと部屋を後にした。

「あまり殺伐とされては業務に支障をきたすのでは」
「原因の貴方が何を言いますか」

一時間ぶりに口を開いた2人は、互いに一言発するとまた無言となった。
数十秒は経過しただろうか。再び沈黙を破ったのはデミウルゴスのほうだった。

「貴方が私を邪険に思う気持ちは理解できます。誰だって創造主に劣情を抱く相手を快くは思いませんからね」
「ふっ、認められるのですね」
「創造物がそれに気づかないほど愚かなはずがありませんから」

当然といった口ぶりでデミウルゴスは答えた。ジンもそれを否定する様子はない。
ジンは書類から目を上げ、じっとデミウルゴスを見据えた。そして心底気に食わないという態度で口を開く。

「愚かにも貴方は至高の存在に不敬な思いを抱いている、その自覚はおありですか?」
「当然です」
「贈り物をあんなに献上して、気を惹くのは心地よかったですか?」
「ええ」
「あの方を思い、自身を慰めた夜も多かったでしょうね」
「…っ」
「それだけしておいて、好意を言葉にしないのはご自分に自信がないからでしょうか」
「…何が言いたいのです」

両者の視線が鋭く互いを睨みつけた。
この思いを責めたてられるのは甘んじて受け入れる。しかし、崇拝するウルベルト・アレイン・オードルより生み出されたこの身が侮辱されることは受け入れられない。

「アルベド様やシャルティア様があれほど積極的に行動なさっているというのに、貴方の体たらくを見ていると溜息物です。こそこそと策を弄してばかりで目障りな」
「彼女らは女性だろう。一時の寵愛でも成り立つ彼女たちと同じようには動けないよ」
「性別など些末なことに拘る以前に、我々は下僕ですよ?」
「それは…」
「もう一度言います。貴方はご自分に自信がないのでは?今のまま僕として仕え、些細な欲求を満たす生活を、手放すには惜しいとお考えなのでは?」

蔑む様にジンが嗤った。それに反論することができない。
せっかくfirst name様の近くに仕えることが許されたのに、それを手放すことなどできない。そうして自分はズルズルと遠回りな好意を示してきたのだ。

「貴方には…分からないでしょう…。創造主に今でもお仕えできている貴方には…」
「……」
「私は失うのが恐ろしい。ようやく、再びこの目で見ることが叶ったのに…危ういバランスの上で得られたこの砦を崩し、今度こそfirst name様と二度と会えなくなるかと思うと…」
「自分勝手なものですね。ならばいっそ、その思いごと無かったことにされてはいかがですか?」
「…そんなこと、できるはずがありません」

何度もこの思いを捨ててしまおうと思った。だがそのたびに、胸の奥で息もできないほど苦しく何かが暴れるのだ。
この思いをウルベルトから禁じられることを想像して、first nameがアインズと思いあうところを想像して、…このいけ好かない執事ジンとfirst nameが結ばれる様を想像して、その度、苦しくて自分が壊れてしまいそうで、どうあってもこの思いを消すことはできないのだと絶望した。

「例えばアインズ様がfirst name様と敵対するとして。貴方はfirst name様を殺すことができますか?」
「それは…っ」

それも何度も想定した。
至高の存在、何者にも変えられない唯一無二の御方。その命令に従う以外の選択肢など残されていない。
いないはずなのに。それなのに、それなのに、それなのに。

「で、でき…ません」

想像の中の自分はどうしてもその命令に従うことはできないのだ。

「………そうですか」
「ふっ、愚かな下僕だと思ってくださって構いません」
「…ええ、そうですね。はぁ…そこまでお思いなのに、どうして…、first name様もどこがいいのやら」

ジンは沈痛な顔をしたデミウルゴスなどお構いなしに天井を仰いだ。
流石はfirst name様のご友人、ウルベルト様のお創りになった牙城。天井の意匠に至るまで文句のつけどころのない素晴らしい出来です。それなのにどうして、貴方の創造物は妙なところでポンコツなのでしょうか?
first name様と両思いなのは察していましたが、中途半端な男ならコテンパンにしてやろうと思っていたのですよ。でもですね、なんとも阿呆のように真剣ではないですか。至高の存在を裏切るなんて並大抵のことではありませんよ。
そこまで覚悟をしているなら、何をうじうじしているんですか。もう押し倒してしまえばいいじゃないですか。first name様の意中の相手でなければ勿論殺しますが、そうなのですから、さっさと手を出しなさい。そういうこと、デミウルゴス様もしたいんでしょう。

「いいですかデミウルゴス様。そこまでお思いならじれったくお待ちの方が印象が悪いと思います」
「はあ?貴方の印象なんてどうでもよいのですが」
「ちっ、なんて察しの悪い悪魔なのでしょうか」

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