最上位悪魔は契約処女
大きな気配が縄張りの近くに出現するのを感じた。
ゲート、転移魔法だ。おおよそ自分の把握する人間種や亜人種で使用可能なものはほとんどいない。いたとしてもこれほど大きな重圧を与えるような存在ではなかったはずだ。
よくて私と互角、いやおそらくその見立ては甘い。強大な影は3体いる、どちらも私より僅かに実力が上であると予想できる。この時点で私の支配する悪魔の一族に勝ち目はないといえる。
ここら一帯では無敵を誇る私の一族は、平穏と静寂を愛し静かに暮らしていた。ほかの雑魚の異業種たちが、やれ人間の村を破壊するだの、やれ覇権をかけて戦争するだのと息巻いている中、ただひたすら平穏を愛し、穏やかに山菜を取り、必要最低限の狩りをし、強力な結界で縄張りを囲い、人間の村に紛れ込み適度な娯楽を楽しむなどしていた。
ある一定の強さを得ると、どうせ本気を出せば世界なんて滅ぼせると確信できるからだろうか。もしも表立って蹂躙の限りを尽くせば世界なんてあっという間に滅ぼせるであろう悪魔の一族、その頭目であるfirst nameは非常につつましやかに、目立たないように、自由気ままを掲げて生きていたのだ。
『この悪魔どもの長は、謹んで名乗りをあげよ』
「はぁん///…なんて素晴らしいお声!!///」
first name・last name、ユグドラシルでは95Lv.に相当する悪魔の女はそのレベルに恥じぬ素早さをもって声の主、デミウルゴスの足元で跪いていた。
__________
「(いったいどうなっているんだ?デミウルゴスの話だとアベリオン丘陵で一番レベルの高い悪魔の一団だって聞いていたんだが…、もっと雑魚な現地のモンスターでも最初は抵抗するっていうのに…。)」
「初めから跪いてはせ参じるとは、なかなか見どころがあるようだね」
「あぁ…お褒めいただき光栄です…///」
「よかろう。さあ、名を名乗りなさい」
「first name・last nameと申します。どうかfirst name、とお呼びください!」
強い気配?一族を守る?そんなことはfirst nameの頭の中から一瞬にして消え失せていた。そもそも一族で一番強い自分よりも格上が3人もいるんだ、何がどう転んでも相手の意向次第で皆殺しは免れない。私ができることなんて何もないのだ。
そう、そんなことよりも、目の前の悪魔だ。拡張魔法で響き渡った美声が脳を溶かすような錯覚さえ覚えさせた。ゾクゾクと微弱な電気信号が脊髄を駆け抜け、それだけで意識しなければ官能に身をよじってしまいそうになる。
こちらを見下ろす視線には「面白そうな生き物」以上の感情も含まれておらず、first nameの悪魔としての本能がこの男を堕落に導き2人で破滅に向かいたいと危ない思想にいざなわせる。
「自らの名を呼んでほしいなんて頭が高いわよ、この下等悪魔っ!アインズ様に名前を呼んでもらうなんて慈悲を乞える立場でないことくらい理解できないかしら」
「アインズ様?こちらの最上位悪魔はアインズ様というのですか?」
「大変な勘違いだよ。アインズ様はこちらにあらせられる御方、我々のお仕えすべき主でいらっしゃる」
「はい!それは失礼いたしました!」
first nameはチラリと視線を送り、今まで一度も口を開いていなかった骸骨、アインズなる人物を観察した。なるほど、おそらくは魔法詠唱者、一級の装備に身を包んでおりこの2人の主人にふさわしい。
次にそばに控える女性。見かけによらずおそらくは前衛職、なにやら食って掛かってきたがアインズ様とやらの嫁候補なのだろうか?ギラギラ睨むのは勘弁いただきたい。
「改めまして、私はアインズ・ウール・ゴウン。この2人、アルベドとデミウルゴスの主である。さてfirst nameとやら、おとなしくはせ参じたということは、我々の支配下にはいることを受け入れると取ってもいいのかな?」
「その質問は愚問というもの。貴方様の力をもってすれば我らの一族は一瞬のうちに消え去るでしょう。無益な抵抗はせず、弱者たる我々は貴方様のご意向に従うのみです」
「ふむ、デミウルゴス、同じ悪魔のお前から見てどう思うか述べよ」
「悪魔は嘘を申せません、心内までは測りかねますが支配下にはいることに異論がないことは確かかと」
得意そうにデミウルゴスの尻尾が揺れた。全身全霊をもって嘗め回すようにこの最上位悪魔を観察していたfirst nameはしっかりとそれを確認していた。
尻尾、それは最も感情が表れやすい部位。自分にもついているが、美味しいものを食べれば感動に打ち震えるし、獲物を追っているときは高揚感に揺れる、ポーカーフェイスを行う上では意識して制御するのは至極当然の器官である。それがあんなに感情のままに揺れている、だって?
first nameはこれ以上その様を視界に入れ続ければ自分がどうなってしまうかわからず、目をそらした。あの冷静沈着いかにも仕事ができるといった悪魔が、まさか尻尾の制御を知らないはずがない。わざと、もしくは制御してなお抑えきれないほどの感情。
大の男が主人の役に立った、ただそれだけで子犬のように喜びをあらわにする、なんて可愛いのだろう。
「貴女、目を逸らしていったいどうしたのかしら?何かやましいことがあるなら、ここで殺すわよ」
「いえ、(デミウルゴス様が)あまりにも尊くて…」
「何ですって!?アインズ様!こんな不届きな女は速攻殺してしまいましょう!この一帯の悪魔の支配は、このアルベドにお任せください、きっと、いえ絶対にアインズ様のご意向に沿ってみせます」
「えぇ?アルベド様はアインズ様の妃ではないのですか?多情なのは悪魔らしいですが、関心しませんよ!」
「わわわ私がアインズ様の妃!ちょっと、貴女こっちに来なさい!」
「ええ…」
「アルベド、御方の御前…行ってしまった。失礼しましたアインズ様。この一団の統治は私が責任をもって行いますので、何卒ご容赦いただければ幸いです」
「う、うむ…、任せたぞ、デミウルゴス!」
「はっ!もったいなきお言葉!」
__________
つやつやに誤解の解けた2人が帰ってくる頃には、気を使ったfirst nameの部下がアインズ達を応接間に通した後だった。
ナザリックに比べれば絢爛さが劣るとはいえ、王国や帝国と比較すれば格段によい調度品の数々に、アインズは密かに感心していた。高級そうな紅茶が並べられ、ゲスト側であるfirst nameはそれに口をつけアインズ達にも勧めた。
「それでは、我々last name一族はゴウン様の配下となると、ここに契約させていただきたく存じます。契約書に記載すべき項目などがあればお教えいただきたいのですが」
「契約書?」
「はい、えっと…悪魔との契約は通常契約書として双方の魂に結び付けるものなのですが…」
first nameはチラリとデミウルゴスのほうを見た。優雅にカップに口づける様に思わず見ほれる。しまった、私がカップに擬態していればよかった。いや、そうじゃない。
これほど強大な悪魔の主人だ、契約にも明るいに決まっている、いやそうでなければ最上位悪魔など従えられないはずだ。
「もしご要望がなければ、一般的な完全服従を提示した文言で作成いたします。よろしいでしょうか?」
「アインズ様、署名前に私とデミウルゴスが再度確認いたしますので、こちらでよろしいのではないでしょうか」
「うむ、アルベドがそういうなら安心だな。任せよう」
「はい!」
「では署名欄以外を今用意いたします」
ふわりと空中に魔法陣が浮かびあがった。青白い炎がその中心に集まると、古びた羊皮紙をかたどりそこに文字が浮かび上がる。文字は角度ごとに、ルーン文字、象形文字、アルファベット、漢字、そして数多の未知の言語となり契約書に書き込まれていく。そして文章の体がなされていった。
〈我、first name・last nameとその下たる眷属は、その身体、魔力、知性のあらゆる側面において、主たる―――〉
「あれ?おかしいなあ…、あの、お名前はアインズ・ウール・ゴウン様でお間違えございませんよね?契約書が不整合を起こしていまして…」
もしかして、不死者とは契約が結べないなんてことがあるのだろうか。試したことはないが、魂があるなら可能なはず、いや、不死者の魂ってもしかしてないのだろうか?
相変わらず炎は拒絶するように頑なに名前を記載しない。いい加減にしろ!デミウルゴス様があきれ返ってしまうじゃないか!
「アインズ様、悪魔の契約は真なる名をもって初めて成立するものかと思慮します。よろしければデミウルゴスを変わりに契約主とされてはいかがでしょうか」
「(ナイス!アルベド様ァ!!!)」
「(ふふんっ、私を一目でアインズ様の妃と見抜いた慧眼に褒美をあげましょう)」
「デミウルゴスか、なるほど同じ悪魔同士統治もはかどるだろうというわけか。デミウルゴスはどうだ」
「もちろん、アインズ様から与えられる任務とあらば、このデミウルゴス全身全霊をもって全うさせていただきます」
「(わ、私の、ご主人様がデミウルゴス様に!!!)では契約先をデミウルゴス様で作成いたします!」
ポーカーフェイスなど何の話であろう。first nameの尻尾はビッタンビッタンとソファを叩き、それはもう全身全霊で喜びを表現していた。アインズは知恵者2人を誤魔化すためそれには気づいていない。デミウルゴスはアインズ様にお仕えする喜びに打ち震えているのだろうと満足顔。アルベドただ一人が、デミウルゴスとつながりが持てたことに喜ぶfirst nameの気持ちを理解していた。
「(アルベド様、このチャンス必ずものにして、デミウルゴス様のご寵愛を賜ってみせます!ナザリックで出産の前例ができればそれをダシにアインズ様とゴールインも近づくはずです!)ところでデミウルゴス様、デミウルゴス様のご契約はどういった様式を採用されていますか?」
契約書は悪魔の本質が浮き彫りになる部分だ。first name自身も自分の眷属たちは統一の契約様式を採用し、魂のつながりをより強固なものとしている。契約書には優劣があり、よりレベルの高い個体はランクの高い支配形態をとりバランスをとるようにしている。
これでも私はかなり強い分類に入るはずだ。いったいどんな文言で私の魂を縛ってくださるのだろう。
一部の自由を与えられる飼い放しスタイルもよし、指の一本までガチガチに縛られる奴隷スタイルもよし、魂を縛られる側に回ったことがないためゾクゾクする。
この優雅で冷徹で非情な悪魔に命を握りこまれる瞬間はどれほど甘美で恍惚としたものだろうか。
早く早く早く、支配してほしい、支配されたい。
「私が当事者の契約を結んだことがないから、特に拘りはないよ」
「ふぇ?処女なんですか?」
刺激が強すぎて思わず口から出てしまった。
「いい度k「初めてなんですね!私が!デミウルゴス様の!初めてを頂けるのですね!!」
神様、私は悪魔ですが今は貴方に万感の感謝を奉じます。
こんなことってありえますか?私よりも強い最上位悪魔が、今まで一度も契約を結んだことがないなんて。
断じて私は処女厨ではないし、そもそも悪魔の初契約なんて生まれてすぐの駆け出しの時にパパっと人間相手に済ませてしまうものだ。そこで人生をメチャクチャにして魂を頂いてそして次。
初めは弱そうな相手を選んで要領を得たら、だんだんと聖職者や王族をカモに選び、国を瓦解させ愉悦に浸る。こんなに素敵で素晴らしくて格好いい悪魔なら今まで幾つもの国で酒池肉林を生み出し世界を混沌に導いてしかるべきはずなのに、ハジメテ!
興奮して契約書の文字がいつもの倍ほど踊っている。落ち着け、落ち着け、初めてに相応しい最高の契約書を献上するんだ、first nameよ。
「どうぞデミウルゴス様、こちらの内容でよろしいかご確認ください」
「…私が初めてだからと甘く見ているようなら容赦いたしませんよ」
「(初めてって言った)そのようなことは決して!一先ずデミウルゴス様の命令は何をおいても優先されることを基軸に記載しております!一族はすべて私の支配下ですので例えば私を殺せを言う命令以外でしたら、すべてデミウルゴス様の命令に従います」
「いいだろう。first name、貴女を殺すときは私自らが手を下すこととします」
「(な、名前を、デミウルゴス様のお声で賜った…///)あぁっ、ありがたき幸せ///」
許されるのであれば奇声を上げながら床にの賜りたくなるのを堪えきれた点は評価に値するだろう。
悪魔とは本来サディストである。だがサディストが過ぎれば過ぎるほど、自分が支配される側に回った時にはマゾヒストになるものだ。例にももれずfirst nameは初めて自分が支配される側に回ったことで、その快感を知ってしまった。
「この内容だったら問題ないんじゃないかしら。アインズ様、いかがでしょうか?」
「ふむふむ…、知恵者たるお前たちの意見に私も賛成だ。デミウルゴスよ、契約を結ぶがいい」
「はっ、直ちに!」
契約書の中の、唯一空白であった署名欄にデミウルゴスの名が示された。
契約書が炎に包まれる。炎のかけらは2つに分かれ、そして2人の間をつなぐ。精神的なつながりが魂に焼き付けられる。この女は自らを裏切ることが不可能な眷属となったことを、デミウルゴスは魂を通して確信させられた。
先ほどまであった一抹の不信感は払しょくされ、性能、知力、使用可能な魔法まで、すんなりと理解できる。
「(なるほど、レベルは私に劣りますが、火力はあちらが上。まともに戦うと私の勝算は薄いですね)」
「(ああっ、これがデミウルゴス様のステータス!///知略に優れた御方なのですね!腕力は私のほうが強いなんて…最高に滾ります!)」
「first name。分かってるわね、デミウルゴスの僕であるということは、つまりアインズ様の僕。守護者統括である私の命令にも従って貰うことになるわよ」
「もちろんです、アルベド様。先ほどのお話、忘れるはずがございません。くふっ、必ずやアルベド様のお役に立てる結果を残して見せます!」
「そう!それは楽しみね!」
「アルベド…一応私の下僕なんだ、私用で使うなら私にも一言言っておくれよ」
「一言…ねえ、もちろんよ」
「ゴホン、それではお前たち、平和的にこの地のものを支配できたこと、私は喜ばしく思うぞ。詳しい統治方法や仕事については、アルベド、デミウルゴス、first nameで適宜調整するように」
「「「はい」」」
アインズがゲートを開く。守護者の2人はアインズに続きナザリックへ帰還しようと足を進める。
デミウルゴスがゲートの中へと消える直前、first nameはその背中を呼び止めた。
「デミウルゴス様!次は、次はいついらして頂けるのでしょうか…っ」
魂が繋がったせいだろうか、彼女のつっかえる様な寂しさがデミウルゴスには伝わったような気がした。それはまるで創造主がリアルに帰るときの自分のようで、そう感じてしまえば煩わしいと無視することも難しく思えた。
「今日会ったばかりの相手に大した執着のしようだね、そんな顔をしないおくれ」
「悠久を生きる悪魔にとって時間など無意味です。私は貴方にお仕えしたい、役に立ちたい、今こうしておいて行かれることが寂しくて堪らないのです」
「……耐え性がない。まあいいでしょう、明日また来ます。貴女達の使い道を考えましょう。それまで良い子で待っていなさい」
「はい!」
今度こそいい笑顔でfirst nameがデミウルゴスを見送る。先ほどまで伝わっていた不安はもうなかった。明日は牧場に行く予定だったが急ぎの予定でもないし後回しでいいだろう。いや、いっそ牧場に連れて行ってもいいかもしれない。
ナザリック外のものには一片の憐憫も感じたことがなかったが、契約を果たしたことで彼女もナザリックの対象と認めてしまったのだろうか。自分が感じたような耐え難い不安を感じさせるのは好ましくない。
いや、自らの意図で与えるのならそれもよいかもしれない。絶望のどん底に叩き落し、ボロボロになったところを砂糖菓子のようにドロドロに甘やかして、自分から離れられないように依存させるのはさぞかし愉快だろう。
「(おっと、下僕ごときに支配欲を掻き立てられるなんて。いけませんね)」
アインズ様の解散の命にしたがい、デミウルゴスは第7階層の自室へと歩みを進めた。
いつかはアインズ様のお許しが出れば、彼女をナザリックに招くのもよいだろう。創造主たるウルベルト様の威光の詰まった我が階層が彼女にとっても好ましい場所に違いない。
「さて、では彼女にはヤルダバオトの部下として活躍いただくシナリオを作成しなくては」
デミウルゴスは一層と笑みを深める。
first nameに対する慈悲の気持ちとは一変し、人間たちを惨たらしく殺戮する様にまた違った高揚感が胸いっぱいに広がっていく。自らが扮した魔皇とその隣に佇む女悪魔。彼女が返り血を浴び、人間どもを虫けらのように殺していく様は己の加虐心を存分に満たすものとなるだろう。
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