ほだされ始めた火曜日

目が覚めると知らない天井が目に入った。いや、正確には2度目ましての天井だ。
いつの間に仮眠室へ戻ってきていたのだろうか。昨日は蛇穴さんに建物を案内してもらって、それから…。

「嘘…私、ラボで寝ちゃったの…?」
「そうだよ」
「っ!?」
「おはよう。顔を洗ったら下に降りておいで。あと、これ服ね。俺のだから大きいけど…まあ、残りの2人よりマシでしょ」

既に身支度を整えた蛇穴さんが適当に衣類を投げてくる。
ひらひらと手を振って出ていった彼を見送りつつ服を広げてみる。自分では絶対買わないであろう派手なパーカーとズボン。どう考えても余る。

「……とりあえず顔洗いに行こう」

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袖とズボンの裾を何度か折って何とか動ける形に着ることができた。
ちゃんとそろっているスキンケア用品に若干慄きつつ、3人のうち誰のものか分からないそれを心中で謝りながら使わせてもらった。
良く寝たおかげかいつもより顔色がいい気がする。何で、監禁されてるのに。

「お待たせしました。朝食作らせてもらいますね」
「ああ」

リビングのソファーでタブレットを触っている蛇穴さんに一言かけキッチンに立つ。
他人の家のキッチンに立つ居心地の悪さを感じつつ、冷蔵庫や戸棚を物色する。
食パンはある。卵と、ベーコン、なんだか最低限のものしかない気がするけれど、とりあえずはこれで凌ごう。
薄くバターを塗った食パンをトースターにセットし、目玉焼きとベーコンの用意をする。フライパンをある程度温めてから卵を落とすといい音がした。蓋をしてその間にコーヒー用のお湯を沸かす。
本当に普段の私の生活よりもよほど人間らしくて少し涙が出た。

「出来ました。冷めないうちにどうぞ」

食卓に並べて声をかけると、いいところだったのか、中途半端に気のない声が帰ってきた。
急かしてもなんだなぁ、と思い先に自分の分を食べ始める。私は目玉焼きは塩なのでそうしたが、蛇穴さんはどうするんだろう。
彼のお皿の前には調味料がずらりと並んでいる。いや、普通に聞けばよかったかな。でも邪魔したら怖いし…。
先に食べ終わるのも気まずいのでゆっくり食を進めていると、入口の方がドタドタと騒がしくなった。

「おーっす、起きてっか、蛇野郎〜」

遠慮もなくガチャリとリビングの扉が開き、顔を出したのは狐久里さんだった。
片手には大きな紙袋を持っていて、それを蛇穴さんの隣にドカリと置くと、ダイニングテーブルの方にドタドタと歩み寄ってきた。

「朝飯じゃん。早速コイツのこと使ってるのかよ〜。なに?俺食べていいの?」
「それは俺のだ。お前の分はない」
「今から作りましょうか…?」
「コイツと食べるのは煩いから作らなくていい」
「ケッ!ケチくせぇ蛇だぜ」

タブレットを置いた蛇穴さんもこちらに来て席に着いた。
狐久里さんはその隣に座って頬杖をついている。さすがに何もないのはちょっと…と思い、コーヒーをいれると、「おう、サンキュ」と返事を返された。すごい、会社では一言もないのに。

「つーか、結局お前の服貸したのかよ。余りまくってんじゃねえか」
「堂庵さんのはデカい。お前は煩い。だったら俺のが最も無難だろう」
「俺が煩いってのはどういうことだよ」
「キャンキャン朝から元気だな…」

適当に返しながら蛇穴さんはトーストを口に運んだ。
やはりこの人、粗野な見た目と反してお上品に食事をする。
目玉焼きにはなんと何も掛けなかった。かと思うとコーヒーには砂糖を3杯も入れている。
チラリと狐久里さんを伺ってもそれに疑問を持っていないようだった。何故。

「アンタの服とか、まあ必要そうな物は一通りそろえてきたぜ。あとで袋の中見ておけよ」
「あれ私のだったんですね」
「おう。流石に毎日蛇野郎の服着るわけにもいかないだろ」
「ありがとうございます」

正直それはかなりありがたい。
ダボっとしている服装だから分からなかっただけで、基本的な男女差プラス蛇穴さんは体格が良いようで腰やら肩やらがめちゃくちゃ余る。男性って皆こんなに筋肉質なものなのだろうか?
会社の上司は明らかに脂肪によるガタイの良さだし、同期は私と同じく限界でヒョロヒョロだ。

「蛇穴さん、この服後で洗って返しますね」
「それだけじゃなくて、俺の洗濯もやっといて」
「お前…容赦ねえな」

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食事が済むと蛇穴さんはラボに、狐久里さんはトレーニングルームに行ってしまった。
私はと言うと、モルモットのケージを黙々と掃除している。
簀の子を専用のシートで軽くふいて、食べ残しのチモシーを捨てる。水も新しいものに変えて、きれいになったケージに退いてもらっていたモルモットを運び入れる。
1つにだいたい15分ほどかかるので今日中に全部するのは無理そうだ。掃除の最中にチョロチョロ避難用のケージ内を動くモルモットは控えめにも可愛かった。

「キューキュー」
「はいはい、今ケージに戻すからね」

掌に載せて運ぼうとすると、トコトコと袖を這いあがってモルモットはパーカーにしがみついた。
あっちこっちに行くこを捕まえようと体を捻るも捕まえられず、最終的にモルモットはパーカーのポケット内に納まって満足そうに大人しくなった。

「蛇穴さんのパーカーだからかな。凄い懐いてる」

パーカーの中にいるモルモットと目が合う。頭を指で優しく撫でても逃げようとはしない。
蛇穴さんも、狐久里さんも、実はいい人なんじゃないか。そんな世迷いごとが頭をよぎった。

「……そんなわけないでしょ。だって」

そう。いい人なら一般人を襲って監禁したりしない。
もっと極悪非道なら素直に怯えていられたのに。まだ2日目だというのに、既にほだされ始めている。
私もこのモルモットと同じだ。この後どんな運命になるのかも知らないまま、目の前のまやかしに絆されそうになっている。

「やめよう。少なくとも今は生きていられるんだから、大人しくしてなきゃ」

ポケットからモルモットを取り出し、今度こそケージに入れた。
無抵抗な様がますます私のようだった。

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その後はリビングの掃除をしたり、狐久里さんにドリンクを持って行ったり、蛇穴さんの実験室で試験管を洗ったり、言われるがままの雑用をこなして夜になった。
堂庵さんは夜になったら此処を訪れるらしく、夕飯は4人分作るようにと蛇穴さんに指示された。

「不謹慎だけど君がいて助かるね」
「いえいえ、お口に合えばいいんですが」

買い出しは狐久里さんの当番だったらしく、鳥つくねの鍋をリクエストされた。
誘拐犯3人と鍋をつつくってどうなんだろう。メインのつくねと、白菜やら野菜をよそった椀を堂庵さんに私ながらそう思った。
ニコニコ受け取る彼がこの3人の主犯だとはどうにも見えない。

「日中俺はいないけど、蛇穴と狐久里に意地悪されなかった?」
「そんな、お2人には良くしてもらっています」
「モルモット小屋の掃除ずっとさせられてただろ〜?言いつけなくていいのか?」
「聞こえの悪いことを言うな」
「モルモットは可愛かったので、全然苦じゃないです」
「ふん」
「てめっ、何誇らしげに見てんだよ!」
「名前はよほどお前より良いモルモットだな」
「テメェのモルモットなんて願い下げだぜ」

狐久里さんは食べながら器用に蛇穴さんに反撃している。その様子を堂庵さんは楽しそうに眺めている。
絆されては駄目だ、そう思ってもどうしても居心地がいいと思ってしまう。きっとこれは危険なことだ。
でも毎日すり減りながら生きていた日常と今、いったいどっちの方が人間らしく生きていられるだろうか?その答えは分からない。

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「堂庵さん、今日も俺と2人で行くかァ?」
「そうだね。蛇穴、また留守番頼めるかい」
「わかりました、お気をつけて」

食べ終わった食器を片付けているとリビングの方でそんな会話が聞こえた。
昨日と同様、堂庵さんと狐久里さんは出かけるようだ。バサリと2人は上着を羽織る。

NB

緑と黒を基調とし、グリフィンが向かい合うように王冠と盾を守っている。
どこかで見たことがあるような。
不穏な気配を感じつつも、ただ2人が出ていくのを見送った。

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