ご機嫌斜めの金曜日

様子の可笑しい蛇穴さんに閉じ込められてどれくらい時間がたっただろう。
扉の鍵を探してみたが、部屋の中に置いておくようなヘマを蛇穴さんがするはずもなく、無情にも時間だけが過ぎていった。

「蛇穴さん…怒ってた、のかな」

勝手に外へ出たことに怒ったのだろうか。でも堂庵さんから提案されたことだし、連絡はしていなかったのだろうか。
初日こそ恐ろしかったが、それ以降の蛇穴さんは、穏やかでどこか安心できる人だった。
無理やりねじ込まれた血の味がまだ口内に残っている。舌に触れてきた指の感触や、顔を掴む体温も鮮明にフラッシュバックする。

「……わ、わぁっ」

自覚した途端、急に恥ずかしくて、頬が熱くなった。
ここには誰もいないのに、自分の身を隠すように蹲って変な声が出た。
蛇穴さんは誘拐犯、蛇穴さんは誘拐犯、誘拐犯にときめくのはストックホルム症候群であって心の自己防衛本能。そう心の中で何度も唱えているのに、ドキドキと鼓動が収まらない。

もうだめだ。家も職も失って、誘拐犯にドキドキして、まっとうな人生には戻れないんだ。
何でこんな風になっちゃたんだろう。私のせい?違う。ターゲットを間違えた狐久里さんのせい?勝手に私を連れ出した堂庵さんのせい?
違う。全部全部、蛇穴さんが悪いんだ。中途半端に優しくして、ここにいてもいいかな何て思わせる蛇穴さんが悪いんだ。このまま私が抜け出せなくなって、面倒な存在になったときに思い知ればいい。
自棄になってソファーに寝転がった。どうにでもなれ、またここで寝てしまっても蛇穴さんが運んでくれるんだ。
虫の居所が悪いままなら最悪実験体にされるだけだ、ハハハ。

「キュゥ」
「……モルモット?」

寝転がってボーっとしているとお腹の上にモルモットが這い上がってきた。
慌ててモルモット部屋の扉を確認するが、扉が開いている様子はない。どこから出てきたのだろうと疑問に思う私を他所に、モルモットはお腹の上でごそごそと動き回る。
居心地のいい場所を見つけたのか、大人しくなったモルモットの首元が赤く汚れているのを見つけた。

「怪我してるの?それにしては元気なような…もしかして、蛇穴さんの血?」

モルモットは返事をするはずもなく、クリクリと可愛い目をこちらと合わせて首を傾げた。
実験しようとしたモルモットに噛まれたから機嫌が悪かった…ということだろうか。だとしたら血が付いたままのモルモットを放っておいて、また機嫌が悪くなってはいけない。
せっかく大人しくなったところ申し訳ないが、暴れないようにモルモットを持ち上げ、実験器具を洗う蛇口へ向かう。適当なタオルを取り出し、水で湿らせてから血を落とすように毛皮をふき取る。
手足をバタつかせるがこちらを噛んだりする様子はない。一体蛇穴さんはどんな扱いをしたんだろう…。

「よし、綺麗になったね」

最後にタオルについた汚れを洗って適当な物干しにタオルをかけた。
すっかり私に懐いたモルモットは機嫌がよさそうに肩の上に乗っかっている。

「外にも出られないし…大人しく蛇穴さんが来るのを待とうか。君も蛇穴さんに愛想よくするんだよ」

分かっているのか否か、肩の上でモルモットがキュウと鳴いた。
時計を見るともうすぐ日付が変わろうとしている。蛇穴さんが帰ってくる気配はない。
再びソファーに寝転がり、手元のモルモットを撫でながらボンヤリと考えを巡らせた。帰ってきたら蛇穴さんに謝ろう。勝手に家を空けてごめんなさいって。
そうしたら…また前みたいに穏やかな蛇穴さんに…戻ってくれる、よね。

「……ふぁっ」

寝心地が良いわけでもないのに、急に眠気が襲ってきた。
起きるころには蛇穴さんが帰ってきていますように、と思いながら私は意識を手放した。

__________

「ぐわぁっ!!」
「まだまだこんなリリックで死んでもらっちゃ困るよ」

俺の蛇を模したスピーカーから容赦なく攻撃が飛び出す。
脳を揺らされた雑魚たちが苦しそうに膝を突き、苦悶の表情を浮かべている。目から血を流し、もうすぐで壊れるだろう。

「…あっ…わあああ!!」
「おっと…逃がしゃしねえ…よッ!」

仲間を置いて逃げようとしたメンバーを狐久里が仕留める。
もはやマイクを使う必要もないと、一度相手の顔を蹴りつけ気絶させたようだ。
視界の端でそれだけ捉えて、もう戦意喪失したチームリーダーの襟首をつかみ、無理やり立たせる。

「さて…貴様らの縄張りは今からNorth Bastardのものとなった。敗残兵は当分病院生活となってもらおうか」

耳をふさぐこともできない無抵抗な相手にトドメのリリックを叩き込む。
声を上げる気力も残っていないのか、身体から力が抜けると、そいつは気絶した。

「おーおー、今日は派手にキめるじゃねえか。ご機嫌斜めかよ、ケケケ」
「黙れ。貴様も同じ目に合いたいのか」
「……んだよ。マジで機嫌わりーのか」

狐久里はかかわりたくないと言いたげに一歩二歩距離をとった。
派手に暴れたのにまだ苛々が消えない。感情に振り回されるなんてらしくない。

「んじゃ、俺もう帰るけど、アジトに戻る前にそのキョーアクな面何とかしとけよ!名前ちゃんに怖がられちまうぜーっ」
「……余計なお世話だ」
「ケケケっ、じゃあな」

煩い狐が去った後の路地裏は静けさに包まれていた。もうすぐ夜明けか。
詰めたい夜の空気がバトルで熱くなった体を冷やす。
手持ちのペンライトで気絶した男の目を照らし、そこに映った自分の顔をマジマジと見つめた。確かに、ひどく凶悪な顔かもしれない。

「……はぁ…帰るか」

スッキリとはいかないが幾分マシになったことで良しとしよう。
そう思い立ち上がろうとした時だった。

「死ねぇえ!!」
「なっ」

ガツンと鋭い痛みと共に視界が揺れた、ヌルリと生暖かいものがあふれ出し、視界が赤く染まる。
平衡感覚を失いながらも、2撃目の気配を感じ俺はとっさに横に転がった。読み通り硬い鉄パイプが地面に激突する音が聞こえる。
まだ残党がいたとは迂闊だった。
冷静にマイクを起動させる。相手は一人、気絶したフリをしていたようで手負い状態。勝機は十分にある。

「この代償は高くつくよ」

__________

相手を片付けるのにそう時間は掛からなかったが、明け方に入った町で人目を避けつつアジトにもどるのにかなり時間がかかってしまった。
アジトの扉を開けるが人の気配はない。堂庵さんも狐久里もいないようだ。それに名前は俺がラボに閉じ込めている。
埃っぽい上着を適当に脱ぎ散らかして地下への階段を降りる。ふらついて鍵がうまく開けられない。

「帰ったよ」

気配はするのに無反応なことを不思議に思い部屋を見回すと、ソファーで眠りにつく名前が見えた。
ご丁寧にモルモットと一緒になって眠っている。
流石に動物は気配に聡いのか、モルモットが目を覚ましてごそごそとこちらを伺った。よく見ると昨日俺が締め上げた検体だ。血の跡がない辺り名前がこの子を洗ったのだろう。

「モルモット同士仲良くて…いい、ことだね…」

思った以上に体力を持っていかれているようだ。
気づくと床に点々と血痕が付いており、手で拭うとべったりと赤い血が広がった。
頭の傷は派手に見えると放っておいたが、予想以上に傷が深いようだ。
何だか立つのも億劫になってきた。目を覚まして俺が倒れていたら驚くだろうな。せいぜい慌てるといいよ。
異変を察知したモルモットがキューキュー騒ぎ始めた。眠りから覚める名前の気配を感じつつ俺は意識を手放した。

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