中世の世界へ
俺を拾った有崎子爵は毎日教育を続けた。
医学、薬学、物理学、語学、そして武術。あげればキリがないほど様々な教育が施された。
俺はその全てを問題なくこなした。だが、そのことに意味は見いだせなかった。
俺は、特別なんだと思う。これは単なる事実だ。
だが俺がいくら特別であろうと、当の親に捨てられそして拾われたということに変わりはない。
「坊ちゃん、どちらへおいでですか?」
「少し散歩に行ってくる。夕方にはもどるよ」
「左様ですか。いってらっしゃいませ」
有崎子爵は俺を士官学校へ受験させるつもりだ。むろん落ちる心配などある筈もないが。
ただ俺は、国にも、有崎家にも、そして俺自身にさえも、どんな期待も感じていないだけに、その進路が無意味なものではないかと感じずにはいられなかった。
「国に命を捧げるなんて、思考停止した阿保のすることだ」
有崎家の敷地からほどなく歩いた古びた神社の境内で俺は腰を下した。
この神社もいつかはありがたがって祀られていたくせに、信仰が廃れればこの有り様。国だって同じだ。
「(いくら俺に能があったって、この時代じゃどうしようもないものだというのに)」
背中も床につけ、天井を見上げる。何かが光った気がした。
思えばそれがすべての原因だったのかもしれない。
__________
雪が吹雪いている。ただ、寒かった。
「は、…ここ、は?」
一面の銀世界の中、俺は身を起こした。雪で湿った上着が体温を奪う。
先ほどまでいた境内はどうした?一瞬で北国に移動したとでもいうのか?
急に恐ろしくなって辺りを見渡した。周りに民家の光はない。絶望的だ。
「くそっ、いったいどうなっているんだっ」
雪の積もった道で靴が滑る。先ほどまでいた場所にふさわしく、服装は秋の装いだ。こんな吹雪に対応していない。
どんどん手足の感覚が麻痺していった。
「(こんな、ところで。訳も分からず死ぬのか?)」
朦朧としたまま、ついに俺は雪へと倒れこんだ。
「(誰か…)」
「訪ね人かと思ったら、大変」
意識が途切れる前に誰かの声が聞こえた。
__________
パチパチ、と焚火のはぜる音で目が覚めた。
勢いよく起き上がると軋んだように体が傷んだ。
「目が覚めたのね。凍死しかけてたわよ。スープ、飲めそう?」
彼女は流暢なドイツ語を話した。
いや、髪や目こそ黒だが、顔つきが日本人のそれとはかけ離れている。
彼女はドイツ人だ。
「ここはどこだ、お前が連れてきたのか」
「驚いた、ドイツ語が話せるのね。言葉遣いが悪いのはネイティブじゃないからかしら?」
俺の問いを気にしたそぶりもなく、手に持った器を俺に押し付けた。視線が食べろと促している。
西洋食料理で見たシチューが器に入れられている。
恐る恐るそれに口をつけた。日本で食べたものよりずっと優しい味がした。
「あの辺りは集落もないのに、君は一体どこから来たの?」
「……分からない」
「気づいたらあそこに?」
「………」
上手い言い訳が思いつかなかった。
何も言い返せずにいると、彼女は安心するように俺に微笑みかけた。
「君も気づいているかもしれないけれど、ここはアジアの国ではないわ」
「なん、だって?」
「ここはドイツ。年は1680年よ。貴方はどこから来たの?」
確信を持ったような物言いに足元が揺らいだ。
何をもってしてもあり得ないことばかりだ。一笑できる内容である筈なのに、彼女の真剣な表情が妙な真実味を帯びていた。
スプーンを持つ手が震えた。
「俺、は…」
「……ええ」
「日本から、1906年の日本にいたはずだ…」
「200年以上先なのね…場所の移動だけならよかったんだけど…」
当たり前のように目の前の彼女はそう呟いた。
「何で平然としているんだ…っ、ありえないだろう!」
「……ええ、そうね。でも私は別の場所から何かが来たのを察知して貴方を見つけたの」
「何を言って…」
「貴方、お名前は?」
「……結城晃だ」
「晃くんね、私はfirst name・last name」
―――私は魔女なの。
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