打ち解ける
あれから数日が経った。
彼女は自分を魔女だと名乗ったが、特にそれらしい様子を見せることもなく、ただ俺を家に置いてくれている。
行く当てもないので助かっている反面、どうやったら日本の元いた場所に帰れるのかは全く見当もつかないままだった。
「first nameさん、お昼ができましたよ」
「ありがとう、晃くん」
俺は彼女をfirst nameさんと呼ぶようになり、彼女は俺を晃くんと呼んだ。
彼女は良く本を読んだり、薬草で薬を作ったりしている。まだここで暮らして数日ではあるが、一度だけ彼女は村へ買い出しと薬を売りに出かけた。
その時に俺の服も買ってくれ、最近は外での薪割も俺の仕事となった。
「晃くんのお陰で助かるわ」
「いえ、ここに置いてもらっている身分ですし」
「あら、遠慮しないでね」
彼女を仕事机から食卓に促し、二人で席に着いた。
俺を真似して彼女も手を合わせる。
「いただきます」
「どうぞ」
「とってもおいしいわ。晃くんは何でもできるのね」
「料理くらい、人並みの知能があれば誰でもできます」
「ふふっ、それじゃあこの国の貴族たちは皆、知能がないのね」
鈴の鳴るような声でfirst nameさんは笑った。
first nameさんの見た目は良く推し量れない。ドイツ人であることに加え、20歳前後の若々しさと、それに反した知識の深さが一層俺を困惑させた。
ジロジロ顔を見ていたせいか、first nameさんは不思議そうに俺を見ながら首を傾げる。
「どうかしたの?」
「いえ…」
流石に年齢を聞くのは不躾か。
俺は得意の笑顔を張り付けた。
「今度はfirst nameさんの好きな食べ物を教えてください」
「…本当にできた仔ね。ええ、次の日曜は一緒にお料理をしましょう」
彼女が笑ってくれた。
俺にはそれで充分だと、なぜだかそう思えた。
__________
晃くんが作ってくれたお昼を食べ終え、私は仕事机に戻った。
作るのを任せたのだからと皿洗いを申し出ても、いつものらりくらりと躱されてしまう。今日も結局彼が片づけまで引き受けてしまった。
「(もう100年以上生きてるっていうのに、人と話さないとだめねぇ…)」
作りかけの解熱薬に再度取り掛かる。
冬の時期は高熱を出す患者がとても増えるため、この薬は飛ぶように売れる。
いたって普通の薬草を使ってるが、普通の人間、ましてや小さな村に住む人間ではその全てを集めて薬として完成させる技術は無いのだ。
「これでよし。明日はこの薬を売りに行こうかしら」
魔女の身となり食事の必要がなくなって以来、率先して何かを食べてはいなかったけれども、今は違う。
晃くんとの人間らしい生活は、私にかつて人であった時を思い出させてくれた。
「薬、完成したんですか?」
「ええ、明日また売りに行こうと思うわ。晃くんも着いてくる?」
「…俺が着いて行っても大丈夫なんですか?」
一瞬表情を明るくしたくせに、澄ました顔でそう言う。
ダメだったら初めから聞かないのに。
「晃くんが着いてきてくれると凄く助かるわ」
「でしたら、一緒に行きます」
あまり褒められ慣れていないのか、少し照れくさそうに彼ははにかんだ。
ずっと昔に忘れてきた感情が呼び起こされる気がした。
「それじゃあ、明日の予定は決まりね」
「出発は何時ですか?」
いつもは村まで魔法で距離を短縮するけれど、歩いたら1時間くらいはかかるだろうか。
「村まで1時間くらいだから、10時には家を出ましょう」
「わかりました」
そういうと晃くんは日課の読書を始めた。
仕事部屋にある本を彼は熱心に呼んでいる。
当たり前のように受け入れているけれども、200年後の日本では誰もがドイツ語を読み書きできるようになっているのかしら?それとも晃くんが特別なだけ?
ふとした疑問はあるけれども、彼の日課を邪魔する気にもなれなくて、私は明日の旅路に備えてしたくをした。
__________
専門書はその国の発展を図る良い指標だ。
自身の持つ知識と照らし合わせ、何が未発見で何が発見されているかを照らし合わせる。
国の違い、時代の違い、両方のせいでかなりの齟齬があるが対処できないほどではないだろう。
明日はfirst nameさんと初めて街に行く。
当然、急に現れたアジア人の俺は注目されるだろう。
怪しまれないよう、粗相のないよう、目立たないようにしなければ。彼女に迷惑をかけられない。
「(しかし、歩いて1時間も離れた場所にしか村がないのか)」
先日涼しい顔をして帰ってきた彼女を思い出す。
「(魔女、か)」
真意のほどは分からない。
それでも、そんなことは些細な事に思えた。
知らないことを知っている、薬を作れる、だから魔女。中世なんてそんなものだ。
first nameさんには謎が多い。だがそれをあえて指摘するようなことはしない。
ただ傍にいられるだけでいいと、俺はそれで満足をしていた。
novel top