※突拍子がない話


「美味しい?」
「うん、サイコー」

 深めの皿に注がれたポトフのソーセージをかじる。熱い肉汁が弾け、胸元に飛び驚いた私は体を少し揺らした。

「や、火傷してないか?」
「……びっくりした」

 勢いよく椅子を引いて立ち上がった安室透は軽く青ざめているようだった。肉汁如きに冷静さを欠くとはなんということか。問い掛けに軽く首を振ってから再びソーセージをかじった所、大丈夫だと納得したのか椅子に腰を下ろし座り直しているようだった。今度は熱い肉汁は跳ねてこなかった。

「大袈裟なの、嫌だから」
「大袈裟も何も。普通は心配するだろ?」
「そーゆーのなんて言うんだっけ?……ジェントルマン、ってやつ? 私には必要ないから、やめて」

 胃の中に消えたソーセージをもう一本食べたいと思い、向かい側の手の付けられていない皿からソーセージだけを抜き取った。ぽけっとしている皿の持ち主を他所にソーセージをかじる。まだ冷めきっていなかったのか、頬にあの熱い肉汁が跳ねた。しかし先程とは違い、私も彼もそれに全く反応しなかった。

「……」
「…ごめん、不本意なこと言った。嬉しいよ、気にしてくれて」

 私はどうも安室透相手になると強く出ることが出来ない。今まで付き合ってきた男達に比べると、それはもう全くだ。今までの男なら、突っぱねて、それでも付きまとってくるなら絶望のどん底に叩き落して別れていたが、どう思ってかそんな風にできない。おそらく自分史上最高の人間と出会ってしまったからだと思う。容姿、性格共にドストライクだったりするのだ。

「……嫌われたかと思った」
「何言ってんの、馬鹿」

 顔に手をやり、ぼそぼそと呟かれた言葉に否定の意味を込めた罵倒を送ってやれば、安室透はそんなものにまで安堵したような表情を浮かべた。――正直ここまで惚れられていると嬉しいとしか思わない、いや、思えない。
 なんとなく調子が狂った気がして落ち着かず、グラスに注がれた水へと手を伸ばした。たぷん、と波打つグラスに口を付け一気に飲み干す。熱い体内に冷たい水が染み込んでいく感覚はなんともいえない。

「……一つ聞いてもいい?」
「……どうぞ?」

 へらり、と人懐っこい笑みを浮かべ安室透は許した。そんな中、少しずつ体の反応が鈍っていく気がした。

「……薬、盛ったでしょ」

 沈黙。
 沈黙は肯定だともいえる。そうなれば、私の問い掛けは肯定されるのだ、本人の言葉なしに。

「僕の目的は、貴女なんです。こうするしかなかった」
「は、餓鬼が何言ってるの。君に殺されるくらいなら、自分で――」
「違う。僕は貴女を殺したりなんてしない」

 じゃあなんだっていうの、と立ち上がったところ酷い眩暈に襲われた。食卓に手を着くと足の力が抜け、その場に崩れ落ちてしまった。

「その逆です」
「逆って、まさか」

 いやに落ち着いた声音に冷や汗が背を伝っていく。

「僕はバーボン、黒の組織の人間です」
「! っ、それじゃあ今までの全部――」
「いいえ、嘘なんかじゃないです。僕は貴女を本当に好いてますし、愛してます」

 いつの間にか私の前にしゃがんでいた安室透に手を取られた。じわじわと体温を吸われている気がして振り解こうとしたが力が入らないし、やはり彼が許すわけがなかった。

「貴女を守りたいと思っているんですよ、僕は」

 手の甲に唇を寄せられ小さくリップ音を聞いた。そして私を射抜いた瞳の色は酷く冷たい色をしているように見えた。

勘違いのしあわせ
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