episode 11
扉を裂く悪魔の手 惨劇の夜


この時期になると、練習を終える頃には外は暗くなってしまっている。淡いオレンジの照明が点いた昇降口で、赤司達バスケ部と由美は桃井の口から出た身の毛もよだつ話に足を止めた。本当に、彼女はいつもどこからありとあらゆる情報を収集してくるのだろうか。それに関しては桃井の右に出る者はいない、とはっきり言える程には優れている。上履きを脱ごうとしていた由美はその手を止め、桃井を見る。ひっそりと小声で話すその顔は、憂虞に満ち溢れていた。

「な、なんスかソレ」

黄瀬の上ずった声に、暗闇にぼんやりと浮かぶカラスが羽音をたてて飛び去った。

「その子、母親が帰ってきたとき玄関で倒れていて、意識が戻ってから何があったのか聞いても、ただ怯えてるだけなんだって」
「この一週間で何人もいるみたいだね。親の留守中に、それと同じようになった子供が。医者の話じゃ、よほどショックなものを見たんじゃないかって」

桃井の話を引き継ぐように、赤司が口を開いた。よほどショックなもの、と聞いて真っ先に由美の脳裏に浮かんだのは「幽霊」。次元が違うけれど自分にとってはとても身近な存在だ。しかもこの話、他人事では済ませられないから余計に気掛かりである。今日に限って何故、と嘆いた由美は、ヒヤヒヤと水に当てられたような寒気を覚えた。

「どうしよう…今日お父さん町内会の慰安旅行でいないし、悠もサッカークラブの合宿だよ」
「僕のところもだ」
「あー、俺んとこも今日は遅くなるって言ってたな」

由美の言葉を聞き、赤司と青峰も今晩は家に一人だということを思い出した。幹久も悠も帰らない、ということは由美は今晩一人だけで過ごさなければいけない。つまりそれは桃井の話に出た「何か」に襲われる候補に上がったというわけで。それは赤司とて同じことなのだが、彼はいつも通りの毅然とした態度で屹立していた。自分にとっては瑣末なことだ、と言いたげな表情で靴箱に背を預ける。その余裕を少しでも分けてほしい。

「しかし、大人がいないときに起こる怪現象…正体はなんなのだろうな」
「さ、さつきちゃん!今晩うちに泊まりに来ない?」

緑間が熟考し始めた横で、今晩のありとあらゆる可能性を脳裏に浮かべた由美は耐え切れず声を上げた。

「え、由美ちゃんの家に?いいの?」
「うんうん!大歓迎!」
「由美、怖いのかい?」
「こ、ここ怖くなんかないよ!!」

咄嗟に力強く言い返したが、その酷く狼狽えた様子は誰が見ても怖がっているようにしか見えない。目を細め口元を釣り上げながら言う赤司は心底楽しんでいるようだったが、由美は自分がからかわれていることに気づいていないようだった。それほどに必死、ということなのだろう。霊に立ち向かって行くのと、霊の方からこちらにやってくるのでは怖さの度合いがだいぶ違ってくる。最近ピアノに追い回されたばかりだというのに、また同じような思いをしなければならないなんて御免被りたい。「お邪魔しちゃおうかな」という桃井の返事が帰ってくると、由美の表情はとろけたように緩み、その分かり易い反応に桃井も心をときめかせた。まるで姉妹のような二人にほのぼのとした空気が一帯を包む。

「アイツどっからどう見ても怖がってんじゃねーか」
「由美ちん分かりやすーい」
「ハイハイ!俺も っちの家に泊まり行きたいっス!」
「え?涼太は僕の家に来たいって?仕方ないなぁ」
「え!?そんなこと一言も…!」
「しゃーねぇ、そこまで言うんなら俺も行ってやる」
「青峰くんも怖いんじゃないですか」
「うるせーお前も来んだよテツ!緑間と紫原も来い!」
「わーい、なんか面白そー」

本人を他所にとんとん拍子で話が進んでいく。緑間はそれを呆れ顔で眺めていたが、どこか他人事のようにしている赤司に気づき、その真意を問う。

「…赤司、勝手に話が進んでいるが」
「構わないよ。その代わりきっちり働いてもらうけどね」

ああ、これは散々いいように使われるだろうな、と微かに笑った赤司から瞬時に読み取ることができた。強引な形で巻き込まれることとなった緑間は、桃井の話よりも赤司の方がよっぽど恐ろしいと感じつつ、未だ騒ぎ続ける青峰達を遠目にため息をついた。


* * * *


夕方、桃井を家に招いた由美は、二人並んでキッチンに立っていた。風呂も沸き、夕食の支度もラストスパートにかかる。今夜はカレーだ。ふつふつと煮える鍋のルーをかき混ぜ、小皿にとろりと垂らす。口に含んだ瞬間、芳醇なルーがいっぱいに広がった。由美は満足気に大きく頷くと、パチンとコンロの火を止めた。

「さつきちゃん、今日は来てくれて本当にありがとう」
「ううん、元は私があんな話しちゃったせいだし、なによりこうして由美ちゃんと一緒にいられるの嬉しいし!」
「へへ、私も!」

改めて感謝の意を見せれば、桃井は食器を拭きながらはにかんで言う。あの話を聞いてから不安たらたらだった由美にとっては女神が舞い降りたようなものだ。勿論、こうやって友達としてより仲を深められることも嬉しく思っていた。上機嫌で手を進める由美だったが、上からふってきた声にピタリと動きを止めた。

「ヒヒッ、いい気なもんだ」
「あまのじゃく…どういう意味?」

冷蔵庫の上からこちらを見下ろしているあまのじゃくを見た。垂れ下がっている尻尾は、由美の心情を表すようにゆらゆらと揺り動いている。

「親が留守の時、何かを見て寝込んじまった子供がいるそうじゃねぇか」
「なんでそれを…」
「大人がいない時を狙って来る奴もいるってことさ」
「奴…?もしかして、何か知ってるの?」
「さぁな、ただそいつら何を見たのかなって思ってよ」

何か含んだ物言いに二人は訝しげな顔であまのじゃくを見るが、彼はそれを口にする気は毛頭ないらしい。これがいつもの揶揄であればよいが、と首を捻り夕飯の支度を再開しようとすれば、玄関扉が叩かれる音が響いた。

「…誰かな」
「私見てこようか?」
「え、さつきちゃん!」

玄関に向かう桃井の後を慌てて追う。キビキビ動く桃井とは対照的に、由美の足取りはどこかはっきりしないものだった。桃井がドアノブを捻ると、外界の強い力に引かれ開いた扉から見知った顔がどっと視界に入り込んできた。

「よっ!」
「どうもっスー!」
「すみません突然」

現れたのは青峰、黄瀬、黒子。隣の赤司宅にいる筈の三人だ。由美は思わず目を丸くすると、「よかった…」という小さな呟きと共に胸を撫で下ろした。それにしても、随分と紛らわしい。せめてインターホンを鳴らしてくれればこんなに怯えることはなかった気がするのだが。

「なんだ白戸まだ怖がってんのかよ」
「怖がってないよ!」
「いやーなんでか俺ら赤司っちの家の大掃除してたんスけど…腹減っちゃったから、こっそり抜け出して来たんスよ」
「あとで赤司くんと緑間くんに鉄拳制裁をくらっても知りませんよ」
「バカヤローお前も共犯だっつの」
「僕はただの被害者です」

黒子の言葉に少しばかり顔を引きつらせた青峰は、道連れだとでも言うように黒子の肩へガシッと腕を回す。その横でふんふんと鼻をヒクつかせていた黄瀬は、パッと顔を明るめ口を開いた。

「この匂いは…もしかしてカレーっスか!」
「うん、よかったら食べてく?」
「食う」
「はいっス!」
「少しは遠慮してくださいよ二人共」
「テツくんの言う通りだよー、もう!」

即答した青峰と黄瀬はぞろぞろと家に上がる。そんな二人に呆れながら、黒子と桃井も彼らの後に続いた。
出来立てのカレーを皿に盛りつけ、テーブルに並べる。多めに作っておいたおかげで、足りなくなるということはなかった。皆が着席したところで、「いただきます」という挨拶がリビングに飛び交った。

「うめー…」
「美味しいっス…」

同時にぱくりとかぶりついた青峰と黄瀬は、揃って多幸感に満ちた顔を浮かべた。そんなに幸せそうな顔を見せられると、なんだかくすぐったくなってしまう。由美は桃井と顔を綻ばせた。
ふと、由美は食卓に飲み物がないことに気づく。喉を潤すことは必要だろうと椅子から立ち上がりキッチンの冷蔵庫へと向かった。ドアポケットに置いてある烏龍茶の二リットルペットボトルには、一人分あるかないか程度にしか残っていなかった。あちゃー、と思わず口から零れ、由美はエプロンを脱ぎながらリビングに戻った。

「ごめんみんな、飲み物切らしちゃってるみたい」
「じゃあ、僕買ってきますよ」

四人にそのことを告げれば、黒子が口元を拭きながら、スッと流れるように手を上げて言う。

「え?いいよそんな、申し訳ない!」
「いいえ、突然押しかけてしまったこちらが悪いんですし。行ってきます」
「ごめんね黒子くん、ありがとう!」
「いえ、気にしないでください」
「流石テツ君…紳士」

玄関に向かう黒子の背に向かって礼を言うと、彼は振り向いて柔らかく笑った。その一連の動作に桃井はすっかり魅了されたようで、黒子が去ったあとも暫く頬に手を当てて想いに浸るようにボーッとしていた。彼女がその長い睫毛を揺らす度に星が舞い散っているのは気のせいか。そんなことを思いながら桃井の横顔をじっと眺めていると、部屋の電気がジリ、と音を立てて消えてしまった。

「あれ?なんだろう電気が…」
「来る。次はお前達の番だぜ」

どこからともなく現れたあまのじゃくが、テーブルの中央に身を置いた。その言葉から、例の怪事件が全員の脳裏を過ぎるが、そう簡単に怖がっていてはあまのじゃくを愉しませるだけだ。そもそもこの停電は彼の悪戯なのかもしれないのだから、気にせずどっしりと構えていればいい。

「またお前の仕業なんじゃねぇのかあまのじゃく?俺達が怖がれば、それだけお前の栄養になるもんな」
「フン、信じないならそれでいいさ。だが、奴が狙った家は何故かそこだけ停電し、電話も不通になるらしい。確かめてみたらどうだ?」

その言葉を聞き、由美は暗闇の中席を立ち電話を手にする。幹久の携帯番号にかけてみるが、受話器の向こうからはツーツーという音が鳴るばかり。受話器を置き振り返った由美は、力なく口を開いた。

「…電話が、通じない」
「えぇ!?」
「ほーら、言った通りだろ?…来るぜ、もうお前らは、どこにも逃げられない」

何かの気配を感じ取った様子のあまのじゃくは、窓の外に鋭い視線を向けた。突風に草木が揺れた瞬間、玄関扉が何度も乱暴に叩かれる。これはただ事ではない、と自然と顔を見合わせた四人は確信した。扉を叩く轟音は止むことを知らず、このまま破って侵入して来るのではないかという気を起こさせた。

「大ちゃん、開けて!」
「はぁ!?なんで俺なんだよ!!」

青峰の背中をグイグイ押しながら桃井が言い放った。それに対し青峰は、足を踏ん張りその場に留まろうと必死に抵抗する。しかし靴下を履いていたせいか、滑るようにそのまま玄関まで押されて来てしまった。由美と黄瀬もそろそろとその後に続く。

「男でしょ、怖いんならきーちゃんも連れてっていいから!」
「ちょ、桃っちそれは…!」
「ほら早く開ける!テツ君かもしれないでしょ?」

万が一、ということもあるが、あの黒子がここまで乱暴なことをするとは考えられない。扉の前に立ち尽くした青峰と黄瀬は、視線を交差させながら互いに開ける役を譲り合う。嫌な汗が額に浮き出るのが分かった。煮え切らない彼らを見かねた桃井は、二人をグイっと押しのけその勢いのまま扉を開けた。瞬時に青峰の影に隠れ外の様子を窺う。しかしそこには静謐な夜が広がっているだけで、何かがいたという形跡はないように思えた。
しかし四人がホッとしたのも束の間、 家の門の手前に影が浮かび上がり、玄関灯が赤く照らされた。だんだんと近づいてくるその影は、ボロボロのローブを纏った老婆のような姿をしていた。土気色の顔には無数の皺が刻み込まれ、血を浴びたような目玉を見開かせてこちらを見る。大きな鎌を掲げ、擦り切れた鳴き声を上げたそれは均衡を破りこちらめがけて襲いかかってきた。
間一髪で扉を閉めたが、その切っ先は貫かれ、暗い部屋の中で不気味に輝いた。

「おいおいやべぇぞあいつ!」
「な、なんスかあれ…!」
「もしかして……由美ちゃん、日記見せてくれる?」

桃井がハッとした表情で由美を振り返った。頷いた由美はソファーに置いていた鞄から日記を取り出すと、カレー皿が並ぶテーブルに広げ、懐中電灯で照らして見せた。桃井の話によれば、襲ってきたのは「ババサレ」という霊ではないかとのことで、由美はひたすらページを捲っていき、その名前を探した。

「あった!十二月八日、町内会の慰安旅行で一人留守番をしていた美代ちゃんの家にババサレが出た。私が駆けつけ、ババサレと三回唱えて神社の社に霊眠させた…」
「よっしゃ!これで対処法が分かったな!」

青峰がガッツポーズをした横で、あまのじゃくがフンと鼻を鳴らした。

「それはどうかな。この街を見てみろ、神社の周りは開発でズタズタ。そのおかげで、神社の周りに貼られた悪霊封じの結界が効力を発揮できなくなっちまってんだ。…こうなったらもう、ババサレを霊眠できる方法はないぜ」
「じゃあ、打つ手なしってこと…?」

あまのじゃくの言葉が、いとも簡単に希望を打ち砕く。そうして一気に空気が張り詰めた室内には、嫌な沈黙が続いた。
ふと、その沈黙を破るようにポツポツと降ってきた雫が窓を叩いた。由美はガラス張りのテラスから空を仰ぐ。雨は次第に強くなっていき、ガラスに打ち付けられる音も大きくなる。庭の常緑樹を伝い、水が地面に流れる様がまるで滝のように思えた。

「すごい雨だね」
「まさか、これもあいつの仕業とか言うんじゃねぇだろうな」
「大ちゃん、いくらなんでもそんなことはないでしょ」

他三人もぞろぞろとテラスに足を踏み入れ、こみ上げる不安を口にした。

「じゃあこの雨でババサレが帰っていく、なんてことは…」
「あったらいいっスけど…」
「…来るぜ!」

由美の願いは叶う筈もなく、あまのじゃくの声が上がると共にババサレがゆらりとテラスの外に姿を現した。流れる雨のせいではっきりと見えないが、由美はババサレの持つ鎌が振り上げられたのに気づいた。
次の瞬間、ガラスがけたたましい音を立てて割れ、その隙間からババサレが室内に入り込んできた。由美達は悲鳴を上げ一散に逃げ出す。途中青峰と黄瀬が手当たり次第に物を投げつけてみるが、それはババサレをすり抜け、頼りなく床に転がるだけだった。由美もなんとか足止めをしようと鍋の乗ったままのテーブルをババサレの方へ押し倒した。頭からそれを浴びたババサレが怯んだのを由美は見逃さなかった。

「みんな、こっち!」

この隙に、と由美は三人を誘導する。行き先は風呂場。何故わざわざ袋小路に飛び込むのか、青峰と黄瀬はその理由を見い出せずにいた。

「おい何やってんだ逃げようぜ…!」
「これじゃ後がないっスよ!」
「二人共落ち着いて。由美ちゃん、何か思い当たることがあるんだよね?」
「うん。さっきカレーをかけたとき、あいつ一瞬半透明になったでしょ。もしかしたらあいつ、お湯に弱いのかも…!」

確証もなにもない。けれど霊眠方法が分からない今となっては、やれるだけのことをやるしかないのだ。風呂蓋を開け、ババサレを迎える準備は整った。四人は息を潜めババサレを待つ。暗闇の中、心臓が早鐘を打つ音が脳内に谺した。
すると、扉の軋む音が廊下から聞こえた。気味の悪い呻き声を上げながら、ババサレは確実にこちらと距離を縮めていた。四人の緊張も頂点に近づく。チャンスは一度きり。ババサレがこの場所を見破り、扉を破壊し始めたそのときだ。

「…!」

寒気が身を纏った感覚に、全員がハッと目を見開いた。ババサレは、この扉のすぐ向こうにいる。ガンッ、という鋭い音と共に鎌がこちらに突き出る。由美達四人は顔を見合わせ小さく頷くと、各々の体勢をとった。
桃井が扉を勢い良く開けると、青峰、黄瀬、由美の三人は持っていたデッキブラシをババサレの足元に引っ掛けた。

「人間ナメんじゃねー!!」

男二人の叫びが風呂場に響く。ババサレはバランスを崩し、ふつふつと沸いた風呂に水飛沫をあげて落ちた。暫く身悶えしていたが、まるで深い海に沈むように沈黙していった。飛沫を浴びた 達は呆然とその場に座り込んでいたが、青峰がブラシを倒した音が皆の意識を取り戻させた。

「大丈夫…?」
「こ、腰抜けたかもしんねー…」
「でも、これで奴も…」

張り詰めていた緊張の糸が解かれたと思ったのも束の間、いつの間にか入ってきたあまのじゃくが黄瀬の言葉を遮った。

「なんかお前達勘違いしてねぇか?あいつは子供の恐怖心につけこんで現れる霊だ。だから、ハナっから霊を信じてねぇ大人には見えないんだよ。つまり、お前達が怖がらなきゃ現れない…逆に怖いと思えば何度でも来やがる―――お湯が弱点なんてことはない筈だぜ?」

くっと喉の奥で嘲笑した天邪鬼の視線が四人の背後に伸びる。嫌な予感が冷や汗に変わり背中を伝うのを感じながら恐る恐る振り向くと、湯気が立ち込めるお湯から猛烈な水勢でババサレが姿を現した。口々に大声を上げ、もう対抗する手段はない、と頭を抱え身を縮こませたそのとき――

「ただいまー」

この場に不釣り合いな間延びした声が遠くから聞こえた。思わず顔を上げれば、襲いかかろうとしていたババサレの姿は忽然として消え失せ、暗かった室内も元の明るさを取り戻していた。
フラフラとその声に導かれるように向かうと、玄関には幹久と黒子に加え、赤司もそこに立っていたのだ。

「いやぁ、途中でお腹痛くなって、バス降ろしてもらって帰って来たんだ。電話したけど、なんか通じなくてなぁ…。あれ?どうしたみんな青い顔して」
「…赤司達は、なんともなかったのかよ?」
「お前達を迎えに行こうとしたら、丁度家の前でお父さんとテツヤに会ったんだ。何かあったのか?」

きょとんとした表情を見せる赤司に、由美達は床に崩れ落ちて大きなため息をついた。つい先程まで、この家で繰り広げられていたことが全て夢のように思えてしまう。ただただ疲れ果てた様子で何も話そうとしない四人に、幹久達は首を傾げるだけだった。


* * * *


「え、赤司くん達のところには来なかったの?」

月曜日。赤司達にババサレを見たかと訊ねると、彼らは揃ってかぶりを振った。

「ああ。…それにしても、大輝達がいなくならなければ掃除はもっと早く終わっていただろうね」
「うっ…」

頬杖を付きながら赤司が睥睨すると、青峰と黄瀬は蛇に睨まれた蛙のように身を固まらせた。そんな二人など知らない、というように黒子は涼しい顔でバニラシェイクをちろちろと啜っている。

「そっか…ババサレっていうのは、やっぱり怖いと思わなければ見えない霊なんだ」
「一時的な集団ヒステリというやつだな。怖いと思っていただけで、そのような霊は存在しなかったのかもしれないぞ」

緑間の言葉を聞いた は天井に視線を向け、改めて先日のことを思い返した。納得はいくが、心のどこかではまだ複雑な気持ちが交差していた。

「要は、気の持ちようってやつー?」
「えーっ!そんなもんなんスか!?」
「あの苦労はなんだったんだ…」

怖いと思わなければ出てこない。非常に単純で、言葉ではすぐに理解できる。しかし実際に怖いという感情をすぐ押さえ込むことができるか?と言われたら、どうだろう。人間の感情は決して簡単な作りなどではない。一度植えつけられた思いは、例え払拭することができたとしても、すぐにまた顔を見せるだろう。その記憶が風化されない限りずっとだ。ふと思い出してしまえば、ババサレはまた背後に現れるということを、忘れてはいけない。


《後書きスペース》


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