episode 16
夜を彷徨う死体 シロタビ


今井美緒って、どんな子だっけ。
こんなことを考えながら朝食をとっていたせいか、咀嚼はいつもよりだいぶ遅かった。一口残っていた南瓜を口に入れ、悠は箸を置いた。今井美緒、とは来週から一緒に飼育係をすることになった子だ。
転校して二ヶ月、クラスメイトの名前くらいは覚えたが、偶に顔と一致しないときがある。特に女子とはあまり話をしないせいか、一致率は極めて低い。これは早々にどうにかしないといけないな、と思いながら悠は食器を重ねた。
学校へ行く道すがら、昨日の放課後に友達が言っていた事を思い出した。「いつも教室の隅で一人ポツンといる女子」やら「見れば分かる」やら。どうやら大人しい子らしいが、果たして本当に見れば分かるのだろうか。

少し早いせいか、学校に生徒の姿は殆どなかった。シンとした廊下に悠の靴音だけが響く。教室の扉を開け、視界に入った影にふと目線を向ければ、「見れば分かる」という友達の言葉にああ、と納得した。そうか、彼女が今井美緒。色白で線が細い、見るからに大人しそうな女の子だった。友達の話によれば、四年間ずっと飼育係に立候補しているらしい。彼女と同じクラスになればこの面倒くさい係にならなくて済むからラッキーだ、という言葉に些かカチンときたのは内緒だ。

「おはよう…白戸くん」

出し抜けに声をかけられ、大袈裟なくらいに肩が上がった。かなり小さい声だったが、教室にも廊下にもまだ騒ぐ人間がいない為、普通に聞き取ることができた。

「お、おはよう!…何やってんだ?」

何やら一生懸命手を動かしている美緒の元へ歩み寄った。差し出された両手を覗き込むと、そこには灰色のウサギのマスコットが転がっていた。作ったのかと聞けば、美緒は小さく頷いた。

「すっげー、器用なんだな。もしかしてこれも全部?」

美緒の鞄に付けられた動物のマスコットを指差すと、彼女はまた頷いて答えた。綺麗に形作られたマスコットは、普通に店に並んでいてもおかしくない出来栄えだった。自他共に認める不器用さを持つ悠にとって、彼女の手はこの上なく輝いて見える。
そのとき、遠慮がちに差し出された猫のマスコットに悠はきょとんとした顔になった。

「褒めてくれたお礼。あ、でも白戸くん男の子だからいらないか」
「…いや、貰っとくよ。ありがとな」

なんだ。控えめなだけで、普通の女の子じゃないか。悠は少し照れくさそうにしながらも、猫のマスコットを受け取った。どことなくユーリに似ている気がしたその猫は、悠の手の中で黄金色の鈴をチリンと鳴らした。
美緒の嬉しそうな顔につられて、悠も口元を緩めた。


* * * *


「やっべ、完璧に遅刻だ…!」

ハッと目を覚まし飛び起きた悠は、枕元の目覚まし時計が指し示す時間に絶望した。あたふたと準備を済ませ、リビングに用意されていたトーストを口に詰め込み家を飛び出した。きっと美緒はもう始めているだろうが、彼女が怒っているところは正直あまり想像できなかった。しかしそれでも迷惑をかけることに変わりはない。悠は閑静な住宅街をひたすら駆け抜けていった。
学校に到着し、時計を見上げた。約束の時間から十分が経とうとしている。悠はサッと顔を青くして渡り廊下に出ると、生い茂る常緑樹の奥にぽつんと立つ人影を発見した。

「あれ、今井?」

そこにいたのは美緒だった。木々から差し込む陽光の下でピクリとも動かずにいる彼女に悠は小首を傾げた。声をかけようと思ったが、何となく彼女の背中がそれを拒絶しているように感じ、開きかけていた口を閉じた。ひと呼吸おいた悠は、何事もなかったかのようにウサギ小屋へ足を進めた。
今まで外から眺めるだけだったウサギ小屋に、今日からは入らなければならない。大人しい生き物だと頭では理解していても、やはり些か緊張してしまう。

「中に入るんだよな…よし。大人しくしてろよー、今掃除して…あっ!」

解錠してから素早く中に入らなかったのが敗因か、亜麻色の毛を持つウサギが一匹外に飛び出してしまった。急いで後を追うが、意外にもウサギは素早い。一つ知識を得た悠は、せめて見失わないようにと疾走する為に力を込めた。しかし勢いを付けすぎたのか、足を滑らせたと気付いた時には地面に叩きつけられていた。慌てものの末路はこれか、と起き上がりながら自分の滑稽な姿を深く恥じ入る。

「ほら、おいで。…ふふ、いい子ね」

ハッと顔を振り上げた悠の目に入ったのは、逃げ出したウサギを腕に抱く美緒の姿だった。カラカラになった声でさすが、と呟くと美緒がこちらに歩み寄ってきた。

「初日から遅刻してごめんね。朝寝坊しちゃって。私がもっと早く来ていれば、転ぶこともなかったのにね」

その言葉には疑点があった。悠が来た時、美緒は既にここにいた筈だ。木々の下で佇んでいた彼女を確かにこの目で見た。嘘をつく必要など、どこにもないというのに。
幸せそうにウサギを抱く美緒を訝しげに見ながらも、悠はそれを問いただそうとはしなかった。何かを隠していることは明らかだったが、先程の美緒の拒絶するような背中を思い出してしまうと、どうにも踏み込むことができなかった。
小屋に戻り、悠は美緒に一連の仕事を教わった。朝早いこと以外はそれ程苦痛に感じない、むしろ楽しいくらいだ。ウサギに触ることにも慣れたが、悠はまだ名前を覚えられずにいた。ここにきてまた名前を覚えるという壁にぶち当たった悠は乾いた笑いを零す。まずは数を確認して、教えて貰った名前を順番に当てはめていこうと小屋内を見渡した。

「いち、に、さん…あれ、なんか増えてね?確か六羽だったよな」

昨日、下見も兼ねて小屋へ来ていたのだ。そのときより一羽多い、七羽のウサギがヒクヒクを鼻を動かしていた。ただの数え間違いかと思ったが、悠はハッとしてある一羽を見た。隅でおとなしくしているグレーの毛色を持ったウサギだ。昨日数えたときには、この色はいなかった筈だと悠は眉根を寄せた。

「シロタビっていうんだよ。あの子」

振り向くと、微笑んだ美緒がこちらを向いていた。どうやらあのグレーのウサギの名前らしい。悠は何も言わず、シロタビを見下ろした。くりくりとした緋色の瞳が悠を捉える。どうしてか、背中に悪寒が走った。これが何なのかは全く判らない。
この時、悠は見落としていた。他のウサギが、シロタビに全く近づこうとしていなかったのだ。


* * * *


「ちょっとお父さん、新聞読みながらご飯食べるのやめてよ」

膨れ上がる疑問を抱えたまま、翌日の朝を迎えた。コーヒーを運んできた由美が口を尖らせながらそう言うと、幹久は新聞から顔を覗かせて微笑んだ。

「その言い方、ママそっくりだ。悠、確か山ノ上小学校ってお前のとこの近くだったよな」
「まぁまぁ、近いっちゃ近いかな」

一転して硬い表情になった幹久に驚いたが、質問には事もなげに答えた。新聞に何か載っていたのだろうか。覗き込もうとした悠に合わせ、幹久は新聞を見えやすいように動かした。

「ウサギ小屋のウサギが何羽も殺されたんだってさ、ほら」

指し示された先には、大きく掲げられた見出しがあった。悠は複数あった写真の一枚を注視した。これが元々は小屋であったこと、その中には何羽ものウサギが元気に飛び跳ねていたことを考えると、胸が痛くなる。

「ほんとだ…谷岡保育園でもだって、ひどい…」
「悠のところは大丈夫なのか?」
「…殺されるどころか増えちまったよ」
「なんだそれ?」

この記事に比べれば悠の悩みなど別段騒ぎ立てるようなことではないかもしれないが、本人にしてみれば結構な大きさの悩みの種のようで。その証拠に、今にも呻吟が聞こえてきそうな程に顔をしかめている。暫くこのまま黙考していたかったが、時間は待っていてはくれない。幹久の腕時計に目を落とし今の時刻を知った悠は、慌てて家を飛び出して行った。

ギリギリではあったが、なんとか遅刻せずに済んだ。悠はいつも通り仕事に取り掛かる。
土間箒で小屋の周りを掃きながら、美緒に今朝の新聞記事のことを尋ねてみた。彼女はシロタビを抱え「この子にもしものことがあったら大変」と言う。とにかく美緒はシロタビが一番らしく、小屋にいる間はずっと傍を離れようとしなかった。それを悪いことだとは言わないが、一つ腑に落ちないことがあった。
何故死んでしまったウサギ≠フ名前をつけているのか、ということだ。シロタビが現れた日の放課後、小屋の周りにちょっとした人だかりが出来ていた。そこまで賑わう程のことかと疑問を覚えた悠だったが、隣にいたクラスメイトの「シロタビが戻ってきたんじゃないか」という言葉にハッとする。訊けば、シロタビとは去年死んでしまったウサギの名前だというのだ。
いつの間にか存在しており、しかもその名前は死んでしまったウサギから付けられたもの。小屋の周りよりも、この錯綜する脳内を掃除したい気分だ。悠は塵取りでゴミを拾い、「捨ててくる」と一言美緒に告げて歩き出した。
しかし向かうのはゴミ捨て場ではない。悠が遅れた日、美緒がじっと佇んでいたあの場所だ。木々の間を進んで行くと、ぱっと視界が開けた。土が山を成し、名前の書かれた木札が中央に差し込まれている。これは、墓だ。死んでいったウサギが埋葬されているのだろう。ミルク、コロ、フゥと様々な墓がある中、悠はよく知った名前を見つけてしまった。
――シロタビ。そう書かれた木札は倒れ、墓は掘り返されている。この光景から悠の頭にひとつ、ぼんやりとした仮説が立った。

「もしかしてあのシロタビ…」

そう口にしたところで、足元に土を被った人形が落ちているのを見つけた。悠はそれを拾い上げ、パラパラと土を払う。どこか禍々しい雰囲気の、民族人形のような作りだ。これが何か、今回の件に深く関わっている気がしてならない。手中にある人形の目が、まるで呪詛を飛ばしているように鈍く光っている。


* * * *


翌日、悠と美緒はウサギ小屋の前で呆然と立ち竦んでいた。妙な胸騒ぎがしていたと思っていたが、まさかこんなことになるなんて。悠は血が逆流する思いで唇を噛み締めた。

「みんな、死んでる…」
「許せねぇ…!」

昨日新聞記事で見た写真と同じ光景が、目の前に広がっている。小屋は見る影もなく、ウサギ達は変わり果てた姿で横たわっていた。その時、バラバラになった小屋の屋根が微かに動いたのを悠は見逃さなかった。屈んで覗き込むと、シロタビの姿を確認できた。

「シロタビ!無事でよかった…!」

名前を呼ばれたシロタビは、ピクリと耳を動かして差し伸べられた美緒の腕に飛び込んだ。それを見た悠は、釈然としない様子で口を開く。

「…そいつ、シロタビじゃないんだろ」
「え…シロタビ、にしたの」
「それだと、死んだシロタビと区別がつかないんじゃ…」

美緒はいいの、と悠の主張を遮るように言い放った。その勢いに少し気圧された悠だったが、ガシガシと頭を掻いて仕切り直しを図る。

「にしても、これだけ小屋がめちゃめちゃにされて、よくそいつだけ無事だったよな。…とにかく、先生に報告しに行くか…。今井?職員室に行こう」
「わ、私、少し片付けてから行くから…白戸くん先に行ってて」

呼びかけにハッとした美緒は、何やら慌てたように背を向けた。まるで見られてはいけないものを隠しているようだったが、悠は何も言わずに職員室へ向かった。ポケットに入れていたあの人形を、無意識に握りしめていた。



「――どうしたの、悠?」
「この人形、お化け日記に載ってないか調べてほしいんだ」

悠がこうして帝光中の食堂を訪れるのは初めてではないが、その悄然とした表情に白戸と桃井はぽかんと口を開けていた。
彼女達二人の向かいに座っていた緑間は悠を一瞥したが、特に気にするでもなく食事を続けている。桃井が空いていた椅子を引いて座るよう促すと、悠は素直に腰を下ろした。訥々と事情を掻い摘んで説明している途中、シロタビの名を口にすると、桃井と緑間がハッとした顔で悠を見た。どうやらシロタビは二人が帝光小学校に在籍していた時から飼っていたらしく、進む話しの中で桃井は時折寂しげな表情を覗かせていた。
由美の「あった」という声に、三人は日記を覗き込んだ。

「これは死者を蘇らせる人形で、呪文を唱えると共に墓に埋める。ただし、蘇った死者は凶暴化する…!?」
「本当にシロタビが儀式で蘇ったのだとしたら、犯人はそいつの可能性が極めて高いな」
「霊眠方法は?」
「それには、蘇らせた人の協力が必要…だって」

脳裏に美緒の姿が浮かんだ。彼女は本当に、シロタビという死者を蘇らせてしまったのだろうか。

「取り敢えず、本当にシロタビかどうか確かめる事が先決じゃない?」

桃井の言葉に由美と緑間が頷いた。それを見た悠は一瞬目を見開き、くぐもった声で緑間に視線を投げかける。

「…眼鏡、も、来んのかよ」
「フン、何もお前の為ではない。こんな凄惨な事件が続かれては気分が悪いからな」

素っ気ない態度。しかし由美と桃井には、彼の言葉から滲む微々たる優しさを感じ取っていた。悠はじっと緑間を見上げていたが、やがて視線を逸らし「どうせそんなこったろうと思った」などとぶっきらぼうに呟いた。

「素直じゃないね、ミドリンも悠くんも」

そう耳打ちをしてきた桃井と顔を見合わせ、彼らを見守るように微笑んだ。


* * * *


塗りつぶしたかのような闇が広がる夜空の下、由美達四人は帝光小学校の渡り廊下に身を潜めていた。あの後、破壊された小屋は撤去され、一羽だけ残ったシロタビの為に小さな檻が用意されたのだ。
ぼんやりと照らしている常備灯を頼りながら、もう二十分は様子を窺っている。

「異常はないみたいだな」

僅かに顔を覗かせた緑間が独り言のように呟いた。だが、檻の向こう側から微かに響く足音を桃井は聞き逃さなかった。誰か来る、という彼女のしのび声に全員が息を呑んだ。
――今井。悠が思わず声を零した。とぼとぼと力なげに歩いてくる美緒は、檻の前で立ち止まった。由美達はそれに聞き耳を立てる。

「シロタビ…まさか、あんたの仕業じゃないよね。そんな筈ないよね、私がちゃんと証明してあげるから」

どうやら彼女も、僅かに疑問を感じていたらしい。ひとつひとつ同意を求めるかのような言い振り。悠はそこはかとない息苦しさを覚えた。

――刹那、保たれていた静寂は突き刺さるような咆哮によって破られた。あまりにも突然の出来事に当惑していた由美達は、見た目にも堅牢な檻がいとも容易く破壊されたのを目の当たりにする。ぐにゃぐにゃに曲がった格子を噛み砕いて出てきたのは、ウサギの面影などもうどこにもない、鋭い牙の隙間から唾液を散らす巨大なシロタビの姿だった。由美達は竦み上がる身体を無理矢理動かして美緒の元に駆け寄った。

「今井!大丈夫か!」
「ここにいては危険だ!逃げるぞ!」

悠と由美は腰を抜かした美緒を立ち上がらせる。四人は地響きのような声を上げて今にも襲いかからんとするシロタビから遁走した。

無闇に駆け回るよりは、どこかに身を隠した方がいい。そう判断した緑間は旧校舎の理科室に皆を導いた。
美緒をゆっくりと椅子に座らせた悠は、彼女と目を合わせるように対座した。

「私が悪いのっ…シロタビのせいじゃない…!あの、雨の日…」

スカートをぎゅっと掴み、瞳に涙を溜め込みながら美緒は事の顛末を話し始めた。
大雨に打たれながら墓を掘り返したこと、やってはいけないと判っていながら儀式を遂行させたこと、ウサギ達が殺された時シロタビの口端に付着していた血を見つけたこと。全てが美緒の口から語られた。悠は伏し目がちに口を開く。

「やっぱり、そうだったのか…。だからあの時、俺に見られないようシロタビを慌てて隠したんだな」
「最初は私も信じられなかったけど、シロタビが戻ってきて、お墓へ行ってみると…シロタビの死骸がなくなっていて――」

美緒の言葉はそこで切れた。彼女が慄然として椅子から立ち上がったからだ。
来る。シロタビが床を鳴らす音に、由美達も遅れて気がついた。

「ドアを塞ぐぞ!」

緑間の掛け声で、一斉に動き出した。机と椅子を扉に押し付けて防塞を築き、緑間と悠は身体全体でそれをおさえた。防塞の向こうから、シロタビが哮り立ちながら頭を打ち付けてくる。扉を破る気なのだ。圧倒的な力の差で、時間は殆ど稼げそうになかった。

「やめて、シロタビ…お願い…!」

肩を竦ませ、擦り切れそうな声で美緒が言う。

「白戸!霊眠させる方法は!」
「それが…蘇らせた本人がしなければいけないの!蘇らせた時と同じ呪文を唱えて、死者そっくりの人形を投げつけるんだって!」
「死者そっくりの人形って言っても、そんなものは…」

桃井が美緒を振り返った。彼女の手には、灰色のウサギのマスコットが握られている。悠はそれが、初めて美緒と言葉を交わしたときに彼女が作っていた人形だと気がついた。

「私にはできない…!」

注がれた視線に耐え兼ねた美緒は、蹲って悲痛な声を上げた。

「私、いつも一人でお友達いなくて…シロタビだけが私に優しくしてくれたの。シロタビが死んだ時は悲しくて悲しくて、一緒に死のうかと思った。だって、また一人ぼっちになっちゃったんだもの。でも、そのシロタビが生き返ってくれて……だから、私にはできない!!」
「あれが本当にシロタビか!お前の唯一の友達なのか!」

見かねた緑間が、呻きをもらしながら叱咤を飛ばす。しかし美緒はなかなか動き出そうとしなかった。
その間にもシロタビの猛攻は激しさを増していき、ついには扉に亀裂が入ってしまう。もう限界間近だ、と言わんばかりに顔を歪めていた悠が、力を振り絞って声を張り上げた。

「シロタビを止められんのは今井だけだ!早く…早く眠らせてやってくれ!!」

こんなこと、シロタビも望んでいなかった筈だ。美緒の耳には、そんな言葉も聞こえていた。揺らぐ瞳が、扉を突き破ったシロタビを捉える。美緒はやおら立ち上がった。
シロタビは遮蔽物を前足で砕き、耳をつんざくような鳴き声で四人の前に立ち塞がる。その勢いに呑まれ、誰もが死を覚悟したその時だった。

「…アマラクダパラ ハミラパリラサ、アマラクダパラ ハミラパリラサ」

スローモーションのように、ウサギの人形が弧を描いて飛んでいく。両手を組んで、一筋の涙を頬に伝わせながら美緒は呪文を唱えていた。
人形がシロタビの鼻に当たる。それに一瞬戸惑いを見せたシロタビに、美緒の涙は堰を切ったように溢れ出した。

「アマラクダパラ ハミラパリラサ…!」

――シロタビ、ごめんね。
満たされたと思っていた心は、空虚なものでしかなかった。自分の寂しさを埋める為だけにやったことが、ただただシロタビを苦しませているだけだということに、何故もっと早く気が付かなかったのだろう。

弾けた白い光から、パラパラとシロタビの遺骨が落ちる。人形と寄り添うようにして床に転がる骨を見た美緒は、膝から崩れ落ちて静かに涙を流し続けていた。
シロタビの遺骨は、その後きちんと埋葬した。四人並んで手を合わせ、今度こそ静かに眠れるよう祈った。


* * * *


それから三日経った放課後、二人は真新しい小屋の前でぽつんと佇んでいた。空っぽの小屋と同じように、二人の心にもぽっかりと穴が空いてしまっているようだった。

「こんなの作っちゃうなんて、半田先生意外と器用なんだな。けど、小屋が新しくてもウサギがいないんじゃ飼育係の仕事も――」
「そんなことないよ」

後ろから聞こえた声に、悠と美緒は振り向いた。

「姉ちゃん!?それに眼鏡と桃井さんも…!」
「半田先生は俺と桃井の元担任でな。これをお前達に渡すように頼まれた」

そう言って、緑間は抱えていた籠を二人に差し出した。そこには、シロタビにそっくりな子ウサギが六羽、愛くるしい顔で身を寄せ合っていた。

「シロタビの子供達だよ。元々あのシロタビは学校近くの農家で貰ったらしいんだけど、先生がダメ元で行ってみたらこの子達が生まれてたってんで、無理言って戴いてきたんだって」

桃井が指先でウサギを撫でながら言った。

「どうだ、そっくりだろう。しかしシロタビではない。こうやって命は受け継がれていくが、生きているものにはいつか終わりの時が来る。だが、自分が生きた証として子供を残していく。それが何千年も、何億年も続いていくのだよ――すごいことだとは思わないか?」

緑間の言葉をじっと聞いていた美緒は、そろそろと籠から一羽抱き上げた。胸に擦り寄ってきたウサギに、美緒は幸せそうに目を細めた。

「本当にシロタビそっくり…可愛い」
「今度こそ名前は変えようぜ、今井」
「…うん!」

今日からまた賑やかになる。命のバトンをを受け継いだこの子供達を、大切に見守っていこう。
――シロタビ、聞こえていますか。あなたの生きた証が、今ここで輝いています。
美緒は緩慢に流れる雲を仰ぎながら、一人胸の奥で呟いた。


《後書きスペース》


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