episode 6
開演!呪いの学芸会くたべ@
帝光小学校の裏にある、長い石段。その先には赤い小さな鳥居がある。生い茂った木々に囲まれ、人々に存在を忘れられたような、そんな静けさを持っていた。悠はこの場所を、今隣を歩いている宏樹に教えてもらった。転校して一番最初に仲良くなった子だ。そんな宏樹が、今日はずっとため息ばかりをついている。ここに来る道中も俯きっぱなしで、まるで何かに取り憑かれたようだった。石段の前に着くと、宏樹から話を聞くため、四段目まで登り腰を下ろした。
「宏樹、なんだよ相談って」
「学芸会…中止にならないかなぁ」
どこか生気のない、ぼんやりとした目で話す宏樹に、悠は密かに首を傾げた。来週の土曜日、帝光小学校では学芸会が開催されることになっている。悠のクラスの主役は、隣で深いため息をつくこの宏樹だ。
「何言ってんだよいきなり。せっかく主役に選ばれたってのに」
「だって、お化けに呪われて死にかける役だぞ?…本で読んだことがあるんだ。そういう役をやって、謎の死を遂げた俳優の話を。悠…主役代わってくれないか?」
「俺?ダメダメ、俺が主役なんか!」
「だよなぁ…。体育館が火事にでもなれば中止になるかもな。火事になるといいなぁ…」
悠はぎょっと目を見開いた。そこまでして主役をやりたくないというのか。ここ最近で、お化けという存在が一気に身近になった悠からすれば、宏樹の言っている俳優の話は一概に迷信だとは言えなかった。しかし、せっかく手にした主役という座を、簡単に捨てて欲しくない。クラスメイトが、宏樹がいい、宏樹にやってほしいと、主役をやる価値があると言って決まったことなのだから。なんだか自分の立ち位置が分からなくなってきた悠は、宏樹のが移ったようにため息をつき、空を見上げた。その様子はあまり良くない。暗雲がもくもくと群れを成し、その隙間からゴロゴロという音と一緒に来る光を見つけてしまえば、もう分かる。
「やっべぇ、雨降りそうだ!」
慌てて立ち上がる二人を脅かすように、雷の光と鋭い音が辺りを包む。そのとき、無数に出た稲妻が帝光小の体育館に突き刺さるように落ちた。
「体育館に落ちた!」
「嘘だろ…まさか、僕があんなことを言ったから…!」
こんな偶然、本当にあるのか。悠と宏樹は、雷の落ちた体育館をじっと見つめることしかできなかった。燃え上がる炎と立ち込める黒い煙が、これから起こることを予兆しているかのように、暗い空に吸い込まれていった。
* * * *
「旧校舎の講堂で学芸会?」
ざわざわと生徒達の賑やかな声が広がる帝光中の食堂。赤司をはじめとしたお馴染みの面々は、偶にこうして窓際の席に集まって昼食を共にすることがあった。盆をテーブルに置き、椅子に腰掛けた赤司が尋ね返すと、由美はこくんと頷いた。
「昨日の雷のせいで、小学校の体育館が使えなくなっちゃったんだって。ここは小学校からすぐだし、丁度良かったんじゃないかな」
弁当の包を広げながら由美が言った。昨晩、悠からそのことを聞いたときは驚いた。雷の酷さは知っていたが、まさかこんな近場に落ちていたなんて。しかも、そのときの悠の様子はどこかおかしかった。自分の思い過ごしならいいのだが、雷ではない何かに少し怯えていたような様子だったのだ。
「さっきからちょくちょく小学生いるなーとは思ってたけど、そのせいかー…危うくお菓子取られるとこだった」
「どうせ見せびらかしたりしたのだろう…というか、敷地内で菓子の食べ歩きをするなと何度言われたら分かるのだよお前は」
「自慢なんかしないよねーむっくん、大ちゃんじゃあるまいし」
「おいさつきソレどういう意味だ」
「…そういや、うちの弟もそんなこと言ってたっスね。今日の午後、講堂の掃除に来てそのまま練習するとかなんとか」
「え、黄瀬くん弟いたの?」
ゼリー飲料を啜りながら、ふと思い出したように黄瀬が口を開いた。由美の問いに、いじっていた携帯電話から目を離し、ポケットにしまう。
「そっスよ!帝光小の四年生!」
「悠も四年生だよ、すごい偶然!」
発覚した意外な事実に、由美と黄瀬はきゃっきゃと無邪気な喜びを見せた。もしかしたら黄瀬の弟と悠は、今頃こんなふうに友達になっているかもしれない。きっと黄瀬によく似た明るい弟なのだろう、という想像を繰り広げていると、食堂の入口のざわめきが一気に増えたように聞こえた。なんだなんだと周りの生徒達もそちらを気にし始め、気がつけば食堂の入口側の生徒の目線はほとんどそこに注がれていた。気になった由美達も、椅子から立ち上がり様子を窺おうとしたそのとき。
「姉ちゃああああん!」
「涼太ああああああ!」
制服の群れをかき分け、こちらに走ってくる二人の小学生。一人は当然分かる、弟の悠だ。そしてもう一人、黄瀬の名を呼ぶ彼にそっくりな男の子。
「け、圭太!?」
黄瀬の口から、ぺしょっと平たくなったゼリー飲料のパックが落ちた。悠と一緒にやって来たのは、どうやら黄瀬の弟らしい。髪の色が黒ということ以外は兄をそのまま小さくしたような容姿だった。皆が二人をじっと見つめる中、赤司が「偶然って重なるものだよね」と言い、自前の日本茶を喉に流し込んだ。
今の時間、劇の練習をしているはずの悠が何故ここにいるのか。頭の片隅で考えていれば、悠と圭太が切羽詰った面持ちで口を開いた。
「げげげ劇の主役がバスケットゴールに直撃で俺が代役回って怖いんだよおおお!!」
「石段が全部ホントで火事と事故も全部起こって救急車ああああ!!」
「おーい、何言ってっか分かんねーぞー」
「落ち着いてください二人共。大丈夫ですから、ね?はい、深呼吸してください」
でたらめな身振り手振りで、とにかく頭に浮かぶ言葉を次々と口にする悠と圭太。そんな二人に緩く制止をかける青峰と、彼らと目線を合わせ優しく言い聞かせるようにして落ち着かせる黒子。由美は、やはり昨日の悠はおかしかったのだと確信した。
桃井が二人にジュースを与え、まずは席に座らせる。カラカラになった喉を潤せばだいぶ落ち着いたのか、悠は再び訥々と話し始めた。
「俺らの学校の裏にある石段で、昨日、友達の宏樹と話してたんだ。あいつ、なんか劇の主役やりたくないらしくて…それで、体育館が火事になればって言ったら、雷が体育館に落ちたんだ」
生徒達のざわめきがここのテーブルには届いていないかのような、シンとした空気で話は進んだ。
「そのときは偶々起こったことだと思ったけど、今日もまたあの石段で、宏樹…自分が怪我でもすればやらなくて済むなんて言い出すから…!そしたら、練習中に突然バスケットゴールのネジが外れて…宏樹の上に落ちて…さっき病院に運ばれたんだ」
「それで、俺が急遽宏樹の代役ってことになったんだけど…どうも怖くて」
悠と圭太の話に誰もが口を噤み、短期間で二度起きた事象についてどう捉えるかを考えた。由美は、今の段階ではなんとも言えない、といった表情で二人を見る。
「…その石段が呪われている、とでも言うのか?」
「まだそう決めるのは早いよ真太郎。もしその石段で言ったことが本当に現実になるのなら、願い事はなんでも叶うってことだろう?なら、悠達もその石段に行って願い事をしてみたらどうだ?」
赤司は悠と圭太を見据えながら、落ち着き払って言った。確かに、こういうことは実際にやってみるのが一番だと思う。由美も赤司の意見に賛同した。これで悠達の願い事が叶わなければ、先の件は偶然だったということになる。少し強引な気もするが、霊が絡んでいる気配がない以上この結論を出すほかない。悠と圭太は赤司の言葉に大きく頷き、短く礼を言うと大急ぎで食堂を去っていった。
* * * *
学芸会まであと二日。由美は例の石段の前に来ていた。結局悠と圭太の願い事が叶うことはなく、全ては偶然だったということで落ち着いた。因みに悠の願い事とは、算数のテストでいい点を取れますようにとのことだったのだが、結果は言うまでもない。なら何故今由美はここにいるのか。悠達のクラスが何事もなく学芸会の練習が出来ているのはとても嬉しいことだ。けれど由美の心は、まだ何かに引っかかっているようで。気づいたときには、自宅とは反対の帝光小学校への道を歩いていたのだ。
「気にしすぎだとは思うんだけどなぁ…」
「…あれ、由美っち?」
石段前で考え込んでいると、背後から名前を呼ばれた。由美はハッと顔を上げて振り向けば、黄瀬がバスケ部のジャージ姿で立っていた。
「黄瀬くん、部活は?」
「いやぁ、カッコ悪い話なんスけど、なんか集中できなくて…赤司っちが頭冷やしてこいって。俺、圭太のことどうしてもまだ気になるんスよ」
「私も。…今のところ劇の練習は順調そうなのにね」
長い石段の先にある鳥居を見ながら呟いた。鳥居から神様が出てきて、頭の中に充満している霧を払ってくれないものかと、叶う筈もない無意味な願いをしてしまう。
「ねぇ由美っち、劇に関することだけ実現する呪いってのは考えられないっスか?」
「劇だけ?」
「俺、心配なんスよ。台本見せてもらったんスけど、“首が折れて死ぬ”ってセリフがあるし…」
「その通りになれば面白いのになぁ」
「あまのじゃく…!」
後ろからの気配に勢い良く振り向くが、そこに姿は見えない。刹那、嘲笑うかのようなあまのじゃくの声が由美と黄瀬の背後を取った。
「本番中に客が見てる前で首が折れちまって…そいつのセリフが全部実際に起きちゃったら面白いよな?途中で呪いに気づいても、そいつは劇のセリフしか言えない。劇が終わるまで舞台を降りられない」
「っ、やめろよ!もし本当に呪いの階段だったら…!」
次々にあまのじゃくから突き付けられる恐ろしい仮定に、黄瀬は語気を荒げた。
「キヒヒ…練習中にだってもっと不吉な事故が起こればいいんだ」
「どうしてそういうこと言うの!?」
「教えてほしいか?人間が怖がれば怖がるほど、それが俺の栄養になるからさ…!」
今この瞬間も、あまのじゃくにそれを与えてしまっているなんて。いっそのこと、そんな感情なんてなくなってしまえばいいのに。唇を噛み締める黄瀬を横目に、由美も己の恐怖心を閉じ込めようと懸命に蓋をした。
《後書きスペース》
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