episode 7
開演!呪いの学芸会くたべA
あれから不安も拭えないまま、学芸会当日の土曜日を迎えた。悠から聞いた話では、練習中に滑車を取り付けた柱が折れ圭太がマット上に落下したり、体育館脇に生えている木に落雷があったりと、何度か冷や汗をかいたらしい。そのときケラケラとこちらを笑うあまのじゃくもいた、という言葉に由美はある事を思いつき、今に至る。
「いい加減にしろよお前!このあまのじゃく様をこんなカゴの中に閉じ込めやがって!」
「あなたが悪さするからでしょ!」
「だから俺はなんにもしてねぇって!」
確証はないものの、最悪の事態を避ける為にもやれるだけのことはやっておくべきだ。一連の事件があまのじゃくの仕業かもしれないと考えた由美は、今朝隙を見て捕まえカゴに閉じ込めたのだ。由美は旧校舎と講堂を繋ぐ渡り廊下で、カゴの中で暴れまわるあまのじゃくを見下ろしていた。
「学芸会が終わったら出してあげるから、それまで大人しくしてて」
「さっきヤツが動き出したのを見たんだよ!だから早くここから出せ!」
「そ、そんな嘘には騙されないからね!」
なにやら危機迫る表情のあまのじゃくに若干の動揺を覚えたが、由美の意思は固い。
「由美っち、お待たせっス!」
「黄瀬くん、お疲れ様!」
バスケ部の練習を終えた黄瀬が駆け足でやってくる。悠達の劇は午後の二番目。由美は丁度午前中で部活が終わる黄瀬と待ち合わせをしていたのだ。由美の手にあるカゴに首を傾げた黄瀬だったが、中に入っているあまのじゃくを見るとどこか納得したような表情になった。
開始十分前というところで、由美はお手洗いに行くと黄瀬にカゴを預け、一旦その場をあとにする。残された黄瀬は、狭いカゴの中ですっかり不貞腐れたあまのじゃくをちらりと見た。視線に気づいたあまのじゃくは、くっと喉の奥で笑い口を開いた。
「おい、ここから出せよ。このままだとお前の弟は死ぬんだぞ」
「なんスかそれ…今までのは、全部あんたの悪戯なんだろ」
「けっ、お前も俺を犯人扱いすんのかよ。人間ってのはつくづく馬鹿な生き物だぜ。…せいぜい後悔するがいいさ。――死んだ弟の顔を見て、な」
大丈夫、このままあまのじゃくを出さなければ何も心配することはない。そう思いたいのに、この胸騒ぎはなんだろう。あまのじゃくの言葉に、弟の圭太がぐったりと横たわる姿を思い描いてしまう。心臓が早鐘を打ち、空気が薄くなったような息苦しさを覚えた。ドクドクという音が全身を駆け巡る。自然と伸びていた黄瀬の手は、いつの間にかカゴの鍵を外していた。
* * * *
「遅くなってごめ…って、黄瀬くん?黄瀬くんってば!」
「っ!あ…由美っち…俺、俺…」
「え?…あれ、あまのじゃく!もしかして黄瀬くん、逃しちゃったの?」
ほぼ無意識だった様子の黄瀬は、由美の呼びかけで自分のしてしまったことに気がついたようで。表情を歪ませ、前髪をぐしゃっと掻き上げた。
「大丈夫だよ!まだ劇は始まってない筈だから、あまのじゃくを捜しに…」
「姉ちゃん!」
ハッと振り向くと、息を切らした悠が逼迫した面持ちで立っていた。こちらが何があったか聞く間も惜しいと言うように由美に飛びかかる。――まさか。最悪の展開が頭をちらついた。由美の服を掴む悠の手に、更に力が入る。
「プログラム変更で俺らのクラスが早まったんだけど、さっきからおかしいんだ…圭太の手から本物の血が出たり、ロープも使ってないのに宙に浮いたり…舞台上で言ってるセリフが全部、現実になってるんだよ…!圭太、このままじゃ死んじまう!」
鈍器で頭を殴られたような感覚が走った。錯綜した頭の中を整理したいが、それを許さぬという衝撃。劇はもう中盤に差し掛かっている頃か。今からあまのじゃくを捜しに行っても、間に合うかどうか。けれど、これから先起こるかもしれない悲劇は、何が何でも防がなくてはいけない。焦りに追い立てられた由美は、何かヒントになることは書いてないかと持っていたお化け日記をひたすら捲った。今まで起こったことをよく思い出せ。きっと、何かが――
「…!由美っち、これ!」
黄瀬が咄嗟に由美の手を止める。そこに書かれていたのは「くたべ」という霊だった。
「十一月十ニ日、御札と呪文でお地蔵様にくたべを霊眠させた。階段の四段目を住処とし、そこで喋った言葉を現実にする…恐ろしいお化けだった。そっか…四段目しかダメなんだ!」
「俺と圭太がお願いしたのは階段の前だった…だから実現しなかったのか」
「由美っち、早くそいつを霊眠させないと…!」
大きく頷いた由美と悠は、全ての始まりであるあの石段へと急行した。
しかし、由美達の希望は脆くも崩れ去ることとなる。
「嘘だろ…」
「石段が、無くなってる…!」
目の前に広がる光景に目を疑った。昨日までは確かに存在していた石段が、全て削り取られてしまっていたのだ。石段が無くなったことで剥き出しになった土の隙間から、悠が何かを見つけた。
「これ、お地蔵様だ。小道具用のボンドがあるから直せる」
「これで霊眠から覚めたんだ…」
御札が身体に貼ってある頭部のない地蔵を起こす。傍に転がっていた頭も見つけ、悠はポケットからボンドを取り出し、修復の作業に入った。
「残念だったな。せっかくくたべを眠らせる方法が分かったのに」
「あまのじゃく!お願い、知ってるなら教えて!くたべは何処?このままだと圭太くんが死んじゃうの…!」
「フン!俺はお化けだ、人間がどうなろうと知ったこっちゃない」
「あなた達お化けには分からないでしょうけど、人間には命が一番大切なの!」
「なんと言われようが人間共に協力する気はないね」
情などない、突き飛ばすようなあまのじゃくの言葉。由美はその怒りを拳に込め、スカートの裾を握り潰すように掴んだ。圭太を救うための道が、どんどん音を立てて塞がれていく。自分がこうしている間にも、劇は終わりに向かって進んでいってしまう。こんなところで立ち止まるわけにはいかないのに。唇を噛み締める由美を、あまのじゃくは涼しい顔で眺める。
すると、そんな由美を隠すように、黄瀬があまのじゃくの前に静かに立った。挑発的な笑みを向け、口を開く。
「…あまのじゃく。そんなことを言っていいんスかね」
「なんだと?」
「お前、あの劇のセリフを全部知ってるんスか」
“雷と共に、僕は地面に激突して、首が折れて死んでしまうのだ!だったら僕も呪ってやる!ここにいる人間を全て、あの世に連れて行く!そしてここにいるお化けも全て、消滅だ!!”
「なにぃ!?そ、そんなセリフがあるのか!!」
あまのじゃくは完全に意表を突かれた、といった様子で声をあげた。圭太に見せてもらったという台本のセリフを、黄瀬はしっかりと覚えていたのだ。黄瀬の口からスラスラ出てくるセリフに、 も思わず目を丸くする。
「お化けが全て消滅するってことは、アンタはどうなるんスかね」
「くっ…!」
「さぁ、知ってることがあるなら言え!」
黄瀬の感情と重なったかのように、薄暗い空から雷が鳴り響く。あまのじゃくは目を逸らし思い切り顔をしかめ、ギリリと鳴る歯ぎしりから悔しさを滲ませる。
「く、くそ…!階段なら、あいつの近くにもあんだろ!」
「…ひょっとして、ステージの階段!」
「悠、私達はステージに上がれない…だから、あんたが圭太くんを助けるの!」
「…ああ!」
悠の両肩を掴んだ由美が言えば、悠は頼もしい目つきで頷いた。黄瀬の大切な弟、そして悠の大切な友達。一刻も早く、くたべから圭太を解放する為、修復した地蔵を抱え三人は講堂へ戻っていった。
悠がステージ脇に入ったのを確認し、由美と黄瀬は客席から見守る。ステージには、くたべに囚われてゆらゆら揺れながら浮かぶ圭太と、その後ろの青白い影。客席からは「すごい照明効果だ」などという声が聞こえた。
「あれが、くたべ…!」
「二人共…頑張るんスよ…!」
由美は祈るように組み合わせた両手が汗ばむのを感じた。
そのとき、スッとステージ袖から布をかぶった人物が早足に出てくる。悠だ。悠は地蔵をステージ階段の四段目に置き、くたべを見据える。
「くたべ、くたばれ、あの世へ消えろ くたべ、くたばれ、あの世へ消えろ…!」
苦しみ出したくたべが、大きく反り返り悶える。青い影からは、狐のような姿をした霊が現れた。これがくたべの本来の姿なのだろう。悠はそれに怯むことなく立ち向かい、呪文を唱え続けた。みるみる地蔵に吸い込まれていくその影に、由美と黄瀬は息を呑んだ。
「くたべ、くたばれ、あの世へ消えろ!!」
「さぁ、雷よ、落ちろおおおお!!」
呪文と圭太のセリフが重なった瞬間、一際大きな雷が講堂を包んだ。そこにいた誰もが耳を覆い、ステージから目を離す。
静まり返った講堂。床に倒れピクリとも動かない圭太。悠の頭に失敗の二文字が過ぎる。観客達も圭太の様子を不審に思い、小さくざわめき始めた。そのとき、微かに圭太の指が動いたと思えば、彼は勢いよく身体を起こし、ぽかんとした顔で辺りを見回した。
「俺は一体何を…そうか、呪いが解けたのか!生きてて良かった…神様に、感謝!!」
演技ではない、素の状態の圭太から出た言葉だったが、観客はそれをすっかり劇の一部だと思い、盛大な拍手を送る。ナレーションが劇の終わりを告げ、暗幕が引いたあともそれは鳴り止まなかった。小学生の劇とは思えないクオリティだ、そんなことを思いながら拍手をしているのだろう。
「圭太…」
「悠!もしかして、お前が呪いを?」
「まぁな…あー、思った以上にしんどいぞコレ…」
「う、うわああああん悠ー!」
「あぁもう助かったんだから泣くなっつの!鼻水垂れてんぞ!」
袖から拍手をしながら出てきた先生に「良かったぞ」と言われても圭太は泣くことを止めず、悠に感謝の言葉を伝え続けた。整った顔をくしゃくしゃにし、鼻水を垂らすその姿に思わず笑ってしまった。暗幕の向こうで、兄も同じように由美に泣きついてることを、二人は知らない。
こうして、帝光小学校学芸会は幕を閉じたのである。
「ケッ、いい気になるなよ。俺はお前達に手を貸す気など全くない。この次は生き残れるとは限らないのさ…!」
ステージのカーテンレールの上からあまのじゃくが呟く。そこから飛び降り去っていく影には、まるで恨みの塊のようなどす黒いオーラが漂っていた。
《後書きスペース》
ALICE+