うさみんツアー

暇だなー、と頭の中で呟く。
ここのところずっと、こんな感じだ。

鶴見中尉がようやく、兵士同伴で部屋の外に出ることを許可した日から早3日。
しかしユキは一度も部屋から出ていない。

「引きこもってばかりだと体に障りますよ?」

今も、両頬に絵が描かれてあるというかなり特徴的な顔をした若い兵士・宇佐美上等兵が、ニコニコしながら外へ誘っている真っ最中だ。
さっきからめげずに誘ってくれている宇佐美だが、ユキは只々、絵を描いている。

「せっかくだから、僕が色々案内しますよ〜?」
「この部屋は結構広くて日当たり良好ですし、鶴見さんが本とお菓子を持って来て下さるので絵が捗るんですよ。」

月島軍曹なら、この言葉を聞けば「そうですか……。」と言ってそのまま黙ってしまうだろう。
しかしこの宇佐美上等兵は、こんなところで引き下がったりはしない。

「外に出たら、本の挿絵じゃなくて本物の軍服とか装備なんかを見ることが出来るのになぁ。」
「…………軍服は鯉登さんや月島さんが見せてくれたので、もう大体写してあります。」
「今一瞬、"本物見られるなら外に出るのもいいな〜"って思ったでしょ。」
「……まぁ。」

段々と流されているのがわかる。
宇佐美はニッコリと笑みを深くすると、膝歩きでスススと近寄って、ユキの腕を掴んで強引に立ち上がらせた。

「軍服じゃなくても他にも色々、気に入りそうなものはたくさんあると思いますよ〜。」
「え、あの……。」
「僕がついていますから大丈夫です!」

何が大丈夫なんだと訝しげな表情を浮かべたままの彼女だが、立ち上がったのをいいことに、宇佐美は嬉しそうにグイグイと引っ張って行く。







「…………あの。」
「はい?」
「さっきから、すれ違う方たちの視線が突き刺さりまくりなんですけど。」
「ああ、ユキさんが珍しいんじゃないですか?
着物じゃなくて洋服だから、体の線が丸わかりですしね。割と胸が大きいんだな〜とか。」
「うーわ……。」

ドン引きしたかのような返答をしたユキだが、実際そこまで引いてはいない。
宇佐美というキャラクターがそう思わせるのか、「胸が大きい」などとストレートに言われても嫌悪感はそんなに強くなかった。

…話が逸れたが、すれ違う人たちが視線を突き刺してくる理由は別のところにあるんじゃなかろうか、とユキは、宇佐美にしっかり握られている自分の手を見ながら考えていた。

「宇佐美上等兵!!」
「あ、鯉登少尉殿。お勤めご苦労様です。」
「今は挨拶などどうでも良い! なぜ貴様がユキの手を取って案内しておるのだ!!」
「ヤキモチですね?」
「ちっちちちちちち違うッ!!!」

赤くなってる鯉登さんも可愛いな、とほっこりしながら2人のやり取りを眺めているユキ。
鯉登はユキの手をそっと持つと、空いている方の手で宇佐美の手を、今にも砕きそうなくらいのものすごい力で掴んで強引に引き剥がそうと、歯を食いしばって頑張っている。

「痛いです鯉登少尉! 痛い痛い!」
「痛いならさっさと手を離さんか宇佐美ィ!!
どうせ貴様は厠に行っても手を洗わんのだろう! ユキの白く美しい手が穢れてしまう!」
(知りたくなかったその情報。)

こちらのためを思ってくれているつもりなのだろうが、厠に行った後に手を洗わないという生物兵器レベルの情報が余計だ。
そういうところなんだろうな、と、頭の中で無表情の月島を思い浮かべながらユキは何とも言えない目で若い将校を見つめる。

「大体ユキさんを呼び捨てにするなんて、図々しくないですか?」
「何?」
「夫婦でも恋仲でもないのにユキユキって、まるでもう自分のものにしたかのような呼び方ですよね〜。」
「そんうちといえすっかい良かろ!?」
「薩摩弁じゃわかりません。」

鯉登少尉と宇佐美上等兵という目立つ2人が騒いでくれているお陰で、自分たちに突き刺さる視線の量が一気に増してしまった。

結局騒ぎを聞きつけた月島が仲裁に入るまでずっと、鯉登と宇佐美は言葉の応戦を繰り返していた。
恥ずかしいからかユキはずっと俯いていたので表情はわからなかったが、その耳はとても赤くなっており、たまたま通りがかって現場に出くわした数人は口を揃えて「中々くるものがあった」と発言したという。