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酒造メーカーの大手企業・鶴見酒造。
その本社、それも鶴見社長の側で常務として勤めているのが、月島基である。

真面目で努力家。常に冷静で、淡々と仕事をこなすその姿は、まさに仕事一筋といった感じだ。
少し前までは若い若いと言われていた彼も30代後半になり、すっかりベテランの顔立ちになった。
あの調子なら一生独身だろうと周りの社員は噂していたのだが、何とその月島が入籍した。

相手は10歳近く年下で、同じ本社の広報で働いている女性・小森祐季である。
商品の宣伝広告用ポスターやら、商品のラベルやら、そういったデザイン全般を手がけている社員だ。

商品に関する会議の際に、月島を含む役員たちと、小森を含む広報とが顔を合わせるため、両部署は近い位置にある。
何度か話して月島が小森に抱いた印象は、とにかく彼女が一生懸命で穏やかであるということ。
いい加減な人を好まない月島が小森と親しくなるのに、そう時間はかからなかった。
笑顔で無茶振りしてくる社長や、何かトラブルが起こると奇声を上げて頼ってくる若い専務など、癖のある人物に囲まれて日々ストレスを感じながらも働いている月島。
その疲れた心を癒してくれる存在が、小森祐季であった。
彼女の穏やかな笑顔を見ていると、疲れがどこかに消え去ってしまうのだ。

昼休憩の時にランチに誘ってみたり、思い切って仕事終わりに居酒屋に誘ったり。
小森がいつも誘いに乗ってくれるため、こんなに誘われて迷惑ではないだろうか、自分が常務だからと気を遣ってくれているのではないだろうか、と不安になる日はあったが、本当に楽しそうに食事をしたりお酒を飲んだりする彼女を見るといつも、そんな不安は吹き飛んでしまう。
まるで妹が出来たみたいだと、月島は嬉しかった。
しかしその考えが間違っていたことを、段々と気づかされることとなった。

穏やかで、裏表のない性格なので同性は勿論のこと、男性社員からも好感を持たれており、加えて色が白くて尻と胸が大きめで形が良く、本人は気づいていないのだろうが、廊下ですれ違いざまにチラ見している男性社員が数人いる。

以前の月島なら、仕事に影響がなければ誰が誰に好意を持とうが構わなかった。
しかし小森がそういう目で見られるのだけは耐えられなかった。
もういい年した大人だ。その感情が何なのか、月島はすぐに理解した。

食事に誘う度に毎回応じてくれているのだから、少なくとも彼女に嫌われてはいないだろうと、ある日月島は、勇気を出してプロポーズした。
いつもの居酒屋やカフェとは違う、小洒落たレストランで「俺と結婚して欲しい」と伝えると祐季が泣いたので、失敗したと思って焦る月島。
しかし彼女は涙をハンカチで拭きながら、「月島さんから好意を持たれているなんて、嬉しいです」と微笑んだ。
晴れて、2人は夫婦となったのである。