「興奮するなぁ」「間違いない」


「なんだ、尾形の嫁か。」

若い女性が来ている、と耳にしたため、もしかして自分の嫁だろうかと小走りで客室にやって来た鯉登であったが、そこにいたのは尾形の妻であった。
あからさまにがっかりする鯉登に苦笑する尾形の妻・夏也乃。

「勝手に期待させておいてなんだかがっかりさせてしまったようで、すみませ〜ん。」
「……尾形上等兵は今日と明日は非番だが。」
「家におりますもの。存じておりますわ。今日は鯉登少尉に用がありまして。」
「私に……?」

何を企んでいるのだ、とでも言いたげな鯉登。構わず夏也乃は懐から封筒をひとつ取り出した。

「なんだ? それは。」
「祐季さんのお写真ですわ。」
「!! 祐季……!?」

嫁の写真をくれるのだと思うと嬉しくなり、夏也乃が持っている封筒を掴みそのまま奪い取り、クリスマスプレゼントを受け取った子供のように封を切る。
それをニコニコと見る尾形夏也乃。

「む? 特別変わった写真ではないが…キエエエエエッ!!!!」

1枚目を見たあとで2枚目3枚目を見た瞬間、鯉登は猿叫を上げた。
そこに写っていたのは、鯉登の嫁・祐季が自ら着物を脱いで裸になる一連の流れであった。

「苦労しましたのよ? 写真館の方に無理を言って機材一式お借りしたものの、祐季さんったら恥ずかしがって中々脱がないんですもの。」
「貴様が撮ったのか!?」
「勿論。だって女性、それも人妻である友人の裸ですのよ? 他の男には見せられませんわ。」
「そ、それはそうだが……。」
「『脱がなきゃ駄目ですか……?』と頬を赤らめて涙目になりながらこちらを見る祐季さん……。思い出すだけで興奮します。」

そう言いながらうっとりする尾形夫人は最早変態の域だが、写真の内容はとても良く、鯉登は目をかっ開き、食い入るように写真を見ている。まるで変態だ。変態なのだろう。
着物を着た状態でこちらを見る妻、帯を緩めていく妻、襦袢だけになった妻、そして、襦袢姿のまま四つん這いになり、たわわな胸をこちらに向ける妻。

「あ、襦袢姿で四つん這いになってるこの格好、鯉登少尉もお好きだと思いまして、私が指定しましたの。嫌がる祐季さんを押さえつけて無理やり脱がせるのも興奮しますけど、恥ずかしがりながら自分で脱ぐ、というのがいいんですのよね〜!」
「なんて破廉恥な……!」

そう言いつつも、鯉登の脳内は「その通り!!」と賞賛の嵐が騒がしい。

「失礼します。」
「!」

そんなところへ月島軍曹が入って来たものだから、鯉登少尉は慌てて写真の山を胸ポケット(鶴見中尉の写真が入っているのとは違う方。)に無理やり押し込むが、入らない。

「な、なんの用だ!」
「鯉登少尉殿、夫人の祐季殿がいらっしゃってます。」
「キエエエエエッ!!!!」

猿叫を上げながら、必死に胸ポケットに妻のあられもない姿が収められている写真の山を押し込む鯉登少尉であるが、彼女は来てしまった。
月島軍曹に案内されて、部屋に入ってしまった。
そして、それを愉快そうに微笑みながら見つめる尾形夫人。

鯉登の妻・祐季は、遠慮がちに一礼して口を開いた。

「あの、すみません、お仕事中に……。? あれ、やのちゃん……?」
「私のことはお気になさらず〜。」
「別に! 別に何も問題はないが、何かあったか!?」
「音之進さんがお弁当を忘れてしまったので、届けに来たのですが…………あの、大丈夫ですか?」
「何がだ!?」
「…………。」

鯉登が何やら汗だくになりながら尚も胸ポケットに写真の山をねじ込もうとしているため、不審に思った祐季が苦笑しながらススッと近寄る。

「そんなにたくさん入りませんよ。一体何をねじ込もうと……………………何これ。」

一瞬で表情を変えた妻に、声のトーンも一気に下がった妻に、鯉登の脳内では警報が鳴り響いている。
なんなら「オトノシン キトク スグニゲロ」と電報も打ってる。

妻は、鯉登祐季は、みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていき、

「ウ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッ!!!!」
「うごァあン…ッ!!!!」
「!?」

月島が目を見開いて、あんぐりと口も開けて驚いている間に、鯉登は妻の頭突きを受け、妻の声もそうなのだが、この世のものとは思えない、例えようのない断末魔を部屋中に響かせて吹っ飛び、向こうの壁に激しく全身を打ち付けられた。

「燃やして消し炭にするのでその写真の山をこちらに寄越しなさい。」

満身創痍な夫に跨ってその胸ぐらを掴む妻と、全身ボロボロになりながらも写真から手を離さない夫。

(俺は無力だ……。)

月島はもう、ただその光景をただ、本当に、ただ見ていることしか出来ない。
今、自分の上官である鯉登少尉は危機に瀕しているが、今彼を助けようとしても、彼、鯉登少尉に跨って胸ぐらをがっしりと掴んでいるこのご婦人、明治の、大日本帝国陸軍の軍人であり将校である夫の妻と聞いてイメージされるご婦人とは明らかにかけ離れているこのご婦人に、間違いなく自分は負ける。
長年の経験から、月島軍曹はそう判断した。

結局、鯉登は「その写真を決して人前では出さない」という誓いを立てさせられて、事件はようやく終わりを迎えたのであった。
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