痛いの痛いの飛んで行け


「祐季が触らせてくれない……。」

そう言いながら両肘を机につき、両手の甲を額につけてため息をつく。
月島常務の憂いに満ちた有様を見て、尾形は店員を呼び、「生ひとつ」と注文する。

「…まぁ、月島常務。取り敢えず今日は飲みましょう。」
「すまん……。」

ひとまず顔を上げ、月島は枝豆の残りをちびちびとつまむ。
少しして店員が持って来た生ビールを尾形が受け取ると、そのままグイッと飲んだ。

「お前が飲むのか。」
「俺が頼んだので。」

どこまでもマイペースな尾形をジトリと見て、もう何度目かわからないため息をつく月島。

「んなもん、旦那の特権だと言って強引に口塞いでことに及べばいいでしょう。」
「それでは強姦だ。」
「ふっ……。」

何とも彼らしい真面目な返しをされて思わず笑ってしまい、そんな尾形を再びジトリと見つめる月島。
ジョッキが空になり、尾形は店員を呼んで生ビールと軟骨の唐揚げを頼んだ。

「大体、触らせてくれないってどういうことなんです。喧嘩でもしたんですか。」
「いや、仲は良好だ。
ただ……営みを始めようとすると逃げ回って拒まれる。」
「そりゃアレでしょう。月島常務のがデカすぎるとか月島常務ががっつきすぎるとか月島常務の回復が早すぎるとか……。」
「百之助さん。それ以上言っちゃうと、月島常務のMPがゼロになります。」
「もうゼロなんだからいいだろ。」

「何がいいんだ何が」と思いながら、尾形と、ちゃっかりついて来た尾形の嫁・夏也乃の2人を月島は睨んだ。
そんな彼を見て、夏也乃はスマホを取り出して少しいじると、ヘラッと笑った。

「まぁ……旦那に理由がわからないんなら、本人から聞き出すしかないですね!」
「え、まさか……。」








「やのちゃんごめんね、着替えとかで時間かかって遅れ…………え……。」

しばらくして店に来た祐季。
個室の扉を開いて月島の姿を確認するなり「シツレイシマシタ」と言ってそのままゆっくりと扉を閉じようとするので、笑顔の夏也乃が扉をガッと開いて祐季を部屋に引きずり込む。

「尾形さんと基さんも来てたんですね……。聞いてない……。」
「敢えて言わなかったんですよ〜。月島常務がいるって言ったら来なかったでしょ。」

月島の隣に座らせられて目を泳がせる祐季を見ながらカクテル(グラスホッパー)を傾ける夏也乃はご機嫌だ。
そんな彼女の隣に座る尾形は、無表情で軟骨の唐揚げをバリバリと食している。

「あー……何か頼むか?」
「そっ、そうですね……。」

気まずい空気に耐えかねて月島が声をかけた時に、祐季の肩がピクッと跳ねたのを尾形夫婦は見逃さなかった。
メニューを受け取ってパラパラとページをめくり、祐季はカルアミルクと軟骨の唐揚げを選んだ。
それに合わせて月島は冷やとゲソの唐揚げ、尾形は赤ワインと生ハム、夏也乃はカクテル(マタドール)を注文する。







祐季が合流してからしばらく経って、すっかり酔いが回っていて上機嫌な夏也乃。
尾形も顔が赤くなっており、うつらうつらしている。

「そろそろお開きにするか。尾形、立てるか?」

そう声をかけて尾形に肩を貸す月島も、顔がやや赤い。
祐季は夏也乃に声をかけると、「立てなァーい!」とへべれけな彼女が言うので何とか支えて立ち上がらせる。
月島が会計を済ませる間に店を出て、祐季は夏也乃をおんぶした。

少しして、月島が尾形に肩を貸したまま出て来て、お互いに苦笑すると、月島夫婦は夜道をゆっくり進む。

「祐季さんのおっぱいやわらかぁ〜い!」
「ひッ!?」

突然、眠っていると思ってた夏也乃から両胸を揉まれ、驚いた祐季は彼女を落としそうになるのを何とか堪えた。
月島に肩を貸してもらっている尾形は、少ししてとうとう自分で歩くのをやめて舟をこぎ始めたので、尾形もおんぶされることとなった。
…こんな状態の彼らが自力で帰宅するのは無理だろうと、月島夫婦は、今夜は自分たちの家に尾形夫婦を泊まらせることにした。

タクシーを拾って月島宅に帰り着くと、リビングに来客用の布団を敷いて尾形夫婦を寝かせ、寝る支度を整えてから、月島基と祐季の2人は寝室へ。

(結局、触らせてくれない理由をあの場では聞けなかったな……。)

ダブルベッドに横になり、1人悶々とする月島。
面倒になった月島は意を決し、隣にいる妻に直接聞くことにした。

「……なぁ、祐季。」
「はい?」
「一緒に寝るのは拒まないのに、なぜ触るのは駄目なんだ。」
「…………。」
「ッ……!」

黙り込んでしまった祐季に苛立つ月島。
妻に手を伸ばすと、そのままぎゅうぎゅうと抱き締める。

「基さっ……!?」
「お前が俺を嫌ってても、俺はお前を心の底から愛している。お前の全てが愛おしい。俺は、一緒になれて良かったと思ってる。」
「え……えぇ…?」

強く抱き締められているために、その厚い胸板に顔を埋めた状態の祐季は、顔を中心として体中の熱が上がるのを感じながら、頭の中では疑問符が浮かびまくっていた。

「あの、基さん。」
「何だ。」
「私に嫌われているんです?」
「違うのか。先月式を挙げた日以来、全く触らせてくれないからそうなのだろうと……。」
「嫌いではないです。寧ろ、その…………大好きすぎると言いますか……。」
「!?」

あまりそういう素直な気持ちを伝えてこない嫁から「大好きすぎる」と言われ、月島は幸せのあまり、この感情をどう言葉で表せば良いのか上手く考えがまとまらない。
混乱しているため、少しずつ、慎重に質問をすることにした。

「嫌ってはいないんだな?」
「嫌いだったら視界に入ることすら拒みます。」
「なら、なぜ夫婦の営みを逃げ回って拒むんだ。」
「それはぁ…その…………察して下さい。」
「わからん。」

表情を見せたくないからなのか、夫の胸板に顔を埋めたまま答える嫁。
きっとその顔は赤くて、目は泳ぎまくっているのだろうと推測する月島は、推測通りなのか確かめたくなった。
抱き締める力を弱めると、彼女の両肩を持ち、胸板から引き剥がす。

「!」

……「無表情がデフォ」「鉄面皮」「チベットスナギツネ」「歩く土偶」などと社員たちに言われるような月島でも思わず口を開けて惚けるくらいには、祐季の表情は魅惑的と言うか性的と言うか、加虐心を煽るものだった。

顔を見られて恥ずかしいのか再び顔を埋めようとする祐季だが、月島の方が力が強いため、その願いは叶わない。

「理由を教えてくれたらいくらでも埋めていいぞ。」
「うぬぅ……。」
「ほら、言え。」

有無を言わせず促され、祐季は目を泳がせながら、恥ずかしいのを耐えながら、何とか理由を説明することにした。

「…………最初が痛かったので……。」
「ん? 最初?」
「しょしょ初夜が痛すぎて、怖くてそれで、その……痛いのやだなーと……。」
「あー……。」

成る程と、月島は納得した。
確かに、式を挙げた日の晩。月島が初めての経験だった祐季は、前戯の段階では始めこそ緊張していたものの、段々と受け入れる状態になっていっていた。
しかしいざ挿れる段階に入った時に、大体の女性はそうなのだが、かなりの痛みを感じた。
それで、その痛みが強すぎたため、怖くなって営みを避け続けた。
そういうことだった。

月島は、自分が嫌われていたわけではないとわかって安堵した。
不安な顔をする祐季を抱き寄せると、安心させるように微笑んでこう言った。

「大丈夫だ。2回目からは、痛みよりも気持ち良さの方が強いんだぞ。」
「絶対に…? 100パー……?」
「ああ。約束する。」

まだ少し不安そうな彼女の後頭部に片手を添えて、月島は唇を重ねた。











翌日の昼前に起きた尾形夫婦から、「夕べはお楽しみでしたね」とからかわれ、月島夫婦が揃って顔を赤らめたのは言うまでもない。

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