末永く幸せになろう。


「どうでした? 月島常務。」

昼休みにいつものようにベンチに並び、いつものように昼食を食べ、いつものように談笑し、いつものように時間になるまで過ごすのだろうと思ったら、そうは問屋がおろさなかった。
夏也乃から単刀直入に問われ、ピシッとあからさまにかたまる祐季。

「ナニガデショウ?」
「やったんですよね? 月島常務と。」
「エ? シゴトノハナシ?」
「金曜の夜から音信不通で、土曜の夜になるまでLINEが既読にならなかったし、今日見ましたよ?」
「ン?」
「通路で月島常務に声をかけられた時、祐季さん明らかにビクついて挙動不審になって全然目線合わせなかったし、顔なんかもう真っ赤でしたよ!
あれを見たら誰だって、何かあったなって考えますよ!」

ボンッ!!という爆発音がしそうな程に顔を赤くして勢い良く起立した祐季を、その細い腕のどこにそんな力があるんだと聞きたくなるくらいの力強さで、夏也乃は両腕を使って無理やり着席させた。

「どこへ行く気です?」
「オ、オソマ……。」
「大事な話の途中ですよ? 祐季さん。」

逃げられない。
どうあがいても逃げられない。
諦めの早い祐季は早々に諦めた。
流石は「人事部のスナイパー(又はアサインするアサシン)」と呼ばれる尾形人事部長の妻・尾形夏也乃といったところか。

「まだお昼だし……。」
「この辺は人があまり通らないんだから大丈夫ですって!」
「…………言わんと駄目なん……?」
「そんな九州訛りでお願いされても駄目です。」

駄目だ。言うしかない。
諦めの早さに定評のある祐季は、折れた。

「……どうって言われても…………月島さんが初めてだから比較はできないし……。」
「比較しなくていいんで感想テルミー。」
「か、感想……。」

感想、と言われて思い出すのは、金曜のあの夜の熱気と羞恥と互いの荒い息遣いと、訳がわからないまま与えられる、自分が自分じゃなくなるような強烈な快楽と、僅かに残った理性のせめぎ合いの後の激痛。
そして土曜の朝に目覚めてまず視界いっぱいに映った月島の寝顔と、肌と肌が直に触れ合っている感覚と、自分の腰にしっかり回されている、太くがっしりした月島の、腕。

「ッ……。」
「あらあら、お顔が真っ赤っ赤ですわよ?」
「……その、実は次の日、月島さんが起きてからしばらく抱き締められていたんですけど、なぜか月島さんのスイッチが入ってしまって昼くらいまで、その……。」
「2回目をやったんですね?」

俯いて目を泳がせながら手元をもじもじさせる友人を見て、夏也乃は満足げだ。

「で、2回目はどうでした? 気持ち良かったです?」
「気っ…!? …はその、まぁ……。」

実際、2回で月島は止まらず、続けて3度目までした2人。
鶴見社長の右腕なだけあって覚えがいいのだろう。月島は短時間で複数ある祐季の"好きなところ"を大体把握して、それらを中心に攻め立てた。
気持ちが良すぎて羞恥と快感で頭が壊れてしまうのではないかと思う程だったものの、決して嫌ではなく、終わってからのちょっとした会話も、何だか気恥ずかしくはあれどとても幸せな時間だった。
……が、そんなことは恥ずかしすぎて言えず、祐季はただ、月島との情事を思い出しては顔を赤くしていた。







祐季が夏也乃からこれでもかという程いじられた昼休みもとうに終わり、時刻は現在夕方6時。
いつものように月島が帰宅の準備をしていたその時。
同じように支度を整えていた鶴見社長が、「そういえば」と口を開く。

「正蔵寺くんとの交際は順調なのか? 月島常務。」
「!? は、はい……まぁ。」

意外な話題を振られて思わず、どうして社長がそのことをご存じなのだろうかと戸惑う月島を見つめる鶴見は、実に愉快そうだ。
ニコニコと微笑みながら、鶴見は言葉を続ける。

「月島。少し前までは若かったお前も、もう30代半ばだ。そろそろ結婚を視野に入れてもいい年齢だろう。
正蔵寺くんはまだ20代だが、年の割に落ち着いている。
私は似合いの2人だと思うぞ?」
「…………。」

結婚。
月島は祐季と出会う前に、女性と交際したことはある。しかしどれも長続きはしなかった。
どの女性とも真面目に誠実に付き合っていたつもりだが、相手に比べて結婚願望がそれ程なかったのが、長続きしなかった原因の一つだと月島は分析していた。
結局別れるなら最初から関係を持たないようにしようと考えた月島は、10年近く恋人不在の期間を過ごした。

そんな月島が祐季と出会ったのは2年前。
商品に貼るラベルや宣伝用のポスターなど、そういうデザインを話し合う会議にいつも出席していた広報部の担当者が辞めてしまい、後任を任されたのが正蔵寺祐季だ。
仕事への姿勢、また真面目で穏やかな性格に触れていくうちに、段々と月島は惹かれるようになったのだ。

「いつだったか、酒の席で酔っ払った男性社員……営業部の白石だったか。彼が正蔵寺くんにしつこく絡んでいるのを月島が助けたことがあったな。」
「…ありましたね。」
「あの時の月島、殺気立っていたぞ。」
「え!?」

「白石はもちろん、それを見た他の社員も怯えていたぞ?」と社長に言われ、月島は気まずさから下を向く。

「無意識だろうが、鯉登専務が同じ九州出身なこともあって正蔵寺くんと談笑していると、お前はいつも口をへの字にしていた。」
「…………。」
「私や月島に叱られてひどく落ち込む鯉登専務を見かけるといつも、正蔵寺くんは元気づけようと彼に飴をあげていたな。
それを見てしまった時の月島も、口がへの字になっていたぞ。」
「…………。」
「他にも暇な男性社員が数人で集まって、鬼頭くん……今は尾形くんだな。元鬼頭くんと正蔵寺くんのどちらが好みかで盛り上がっていると、月島はいつも……。」
「あの、もう、勘弁してもらえませんか……。」

バツが悪そうに赤くなった顔を背ける月島常務を見て、鶴見社長はとても嬉しそうに声を出して笑うと、「式には呼んでくれよ?」と言い残して部屋を出た。






月島がエレベーターを待っていると、すぐ近くのフロアから、何やら楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
笑い声の中には、聞き覚えのある声が混ざっている。
確かここは営業部だったな、と月島は声のする方へ向かった。

「だけどびっくりしたなぁー。正蔵寺さんがあの月島常務とねぇー。」
「そうそう、あの"仕事がスーツ着てる"とか言われてるカタブツ・月島常務と出来るなんてねぇ。」

こっそり物陰から中の様子を伺うと、杉元と白石が月島のことで盛り上がっていた。
しかも2人のそばには祐季がいる。

「人事の冷血人間・尾形ちゃんが、美人でとにかく色っぽいことで男女問わず大人気の夏也乃ちゃんゲットした時もびっくりしたけどよ、俺ァ祐季ちゃんは鯉登ちゃんだと思ったよ。」
「色白色黒カップルだな。確か2人共、九州出身だろ?」
「はい。鯉登さんは鹿児島で、私は宮崎です。」
「はっきり聞き取れるのに何て言ってるのか全然わかんねぇあの奇天烈言語を理解出来るってやべぇな……。」
「鹿児島と宮崎は、言葉が近いんですよね〜。『暑い』を『ぬきぃ』と言ったり。」
「鶴見社長と鯉登専務の話し合いの場に正蔵寺さんが薩摩弁の通訳として呼び出されることがもう、当たり前になってるよな。」

その気がないとわかっていても、鯉登と祐季の郷里が近いということに、月島は胸の中がもやもやする。
自分がこんなに嫉妬するタイプだとは思っていなかったな、と思いつつ、引き続き様子を見る月島。

「月島常務ってさー、何かこう……軍曹って感じがするよな。鬼軍曹って感じ!
こないだ鯉登専務が月島常務に塩対応されて半ベソかいてたぞ。」
「なぁ〜祐季ちゃん。もし月島常務と別れたら、そん時は俺なんかどう?」

さっきから好き勝手に言いたい放題しやがって、と流石にカチンときたため、そろそろ姿を現そうかと月島が一歩前に出たその時。

「絶対別れません。…月島さんは、仕事の時は厳しいところもありますけど、優しいところもありますし、さり気ない気遣いも出来て、落ち着いていて冷静に思えても、部下の人たちが理不尽な目に遭えば身を呈して守ってくれますし、私はそんな月島さんのことが大好きなんです。」

「だから、仕事で頑張る月島さんを絶対幸せにします!」と言う祐季に、「それ普通は男が言うんだよ〜?」と白石がツッコミを入れる。

ピコピコッ!

恋人の口から普段は言われない言葉を聞くことが出来て、嬉しさのあまり全身が熱を持ち始めた月島の胸ポケットから振動と共に鳴り響いた、LINEのメッセージ音。
慌ててポケットからiPh◯neを取り出すと、画面には「月島!!」の文字。鯉登専務からだ。
そういえばもう帰るからとマナーモードをオフにしていたな、と月島は頭を抱える。

「月島さん!?」

今の音で月島がいることがバレてしまい、様子を見に来た祐季の顔は狼狽していた。

「今の、聴いてたんですか……?」
「……うん。」

まさか相手が聴いていたなんて夢にも思わず硬直する祐季の手を取ると、月島はそのままフロアを出た。
出る直前に「カタブツの鬼軍曹で悪かったな」と口元だけで笑って言い残したため、杉元と白石は明日が怖くなった。






月島と祐季の2人は会社を出てからしばらく黙ったままで、しかし並んでゆっくりと駅へ向かっていた。

「……あの、月島さん。」
「何だ。」
「手……。」

沈黙を破り、さっきからずっと手を繋いだままであることを控えめに指摘して、隣を歩く月島の顔を見ると、いつもの無表情ではあるがどこか穏やかな顔でこちらを見ていた。

「嫌か?」
「……嫌じゃないです。」

祐季は、月島の手が好きだ。
女性の手とは全く違う、ゴツゴツした大きな手。「武骨な手」とはこういう手のことを指すのだろうと思わずにはいられない、働き者の手だ。

「祐季の手はやわらかいな。やわらかくてあたたかい。」
「月島さんの手も、あったかいです。」
「名前で呼んでくれないのか?」
「! …………は、基さん……。」
「この間は何度も俺の名前を夢中で呼んでくれたのにな。」
「ッ!? 基さん!」
「はは、悪い悪い。」

照れから繋いでいる手を離そうとするのを、笑顔のまま楽しそうに阻止する月島。

彼女なら。
自分をこんなに想ってくれて、ただ一緒にいるだけでこんなに嬉しくなれる、彼女なら。
そう思った月島はこの夜から2ヶ月後、挙式した。
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