全ては計画通り


仕事が終わり、珍しく尾形から飲みに誘われたので、月島は不思議に思いつつも素直に誘いに乗ってみた。
2人で電車に乗り込み、何も会話をすることなくお互い黙ったまま並んで座る。
LINEで嫁に「今夜は尾形と飲んで帰る」と伝え、やり取りはものの1〜2分で済んでしまったのでまた暇になるが特に尾形と話すようなネタがなく、途中、いつも自宅に帰るのに利用する駅が通り過ぎるのを、月島はぼーっと眺めていた。
しばらくして、尾形が一言「ここです」と言うので一緒に降りる。

電車を降りてから少し歩き、2人は住宅街に出た。
こんなところに飲み屋があるんだろうかと月島はまたも不思議に思ったが、知らない場所だし尾形が迷うことなくどんどん前に進むため、取り敢えずついて行く。

「おい、尾形……。」

アパートの階段を上る段階で流石に不審に思った月島が、前を歩く尾形を呼ぶ。

「何すか。」
「飲み屋に向かってるんじゃないのか?」
「店に行くとは誰も言ってませんよ。」
「は!? なら、どこなんだここは!」

月島が目を見開いて戸惑っていると、尾形はドア横の表札を指でトントンと叩く。
木製の表札には、「おがた」とひらがなで木の文字が接着されており、その下に「ひゃくのすけ」と続き、その下にはハートマークがひとつ。さらにその下に、「かやの」の文字。
尾形の考えていることがわからない月島。いや、今迄この人物の考えが読めた試しが果たしてあっただろうか、と月島はどこか遠い目をしながら表札を見つめる。

「ただいま〜。」

鍵を開けて尾形が玄関に上がると、奥の部屋から彼の妻である夏也乃が顔を覗かせて勢い良く、ロケットのような速さで夫に抱き着いた。

「お帰りなさぁい!! 百之助さん今日もかっこいい!」
「フン……。」

そのままキスを交わす2人。そして、それを見つめる月島基は無表情だ。
俺は一体何を見せられているんだと月島は思いつつ、月島夫婦にはないこの習慣をどこか羨ましいとも思う自分がいることに気づくと、慌てて頭の中の妄想を振り払うようにかぶりを振る。
キスが終わると、夏也乃は旦那の後ろに控える月島に目をやった。

「あら、お客さんって月島常務のことでしたのね!」
「お邪魔します……。」
「どーぞどーぞ!」

賑やかな雰囲気だなと少し面を食らうも、せっかく招かれたのだからご厚意に甘えようと月島は開き直った。
リビングに進むと、テーブルの上には唐揚げに天ぷら、ポテトサラダに野菜スティックにお刺身と、豪華な食事が並べられていた。

「常務のお口に合うかしら。」
「うちの嫁が作る飯はどれも美味いんで、口に合わない奴は味覚がどうかしてる。」
「…………。」

ニコニコと笑顔をこちらに向ける尾形夏也乃と、猫のように大きな目でこちらを凝視する尾形百之助。
双方から視線を浴び、タラーッと嫌な汗が流れているのを感じたが、月島は「いただきます」と小さく言ってから、かぼちゃの天ぷらに箸を伸ばす。

「ん! 美味い……!」
「良かった〜!」

衣はいい感じにサクサクしており、中のかぼちゃはしっとりしている。
夏也乃が喜ぶと、尾形は「俺の嫁が作ったんだから当然だろ」とでも言いたげな、得意げな顔で月島を見た。








時間はあれから1時間近くは経っているだろう。
酒が入っているのもあって、尾形も月島も顔が赤らんでいる。
最初は食事の感想などの他愛ない話をしていた2人だが、段々と話題は嫁の惚気話に移ってきていた。

「うちの嫁はもう、見ておわかりの通り美人ですよ……。
細身でシルエットも綺麗でね……。化粧しててもすっぴんでも文句なしの美人でね……。」

眠いのかうつらうつらしながら尾形がそう言えば、夏也乃は照れる素ぶりを見せつつも、嬉しそうに「大好き!!!!」と言って尾形に抱き着いた。
それを見た月島はもぐもぐと咀嚼しているものを飲み込むと、口を開く。

「俺の嫁もな、色が白くて脚なんかもう……普段出さないものだからもっと白くてな。
胸は大きめでやわらかくていつまでも触れていたい。
…普段でもベッドでも少し照れ屋で素直じゃないところがあるが、そこがまた可愛いしそそられる。
それから、俺が家に帰るとはにかみながらお帰りなさいと言うところもたまらん。いつも今すぐ抱き締めたい衝動に駆られるが、その場で抱き締めてしまうと抑えが効かんから、夕飯が済むまでグッと耐えている。」
「…………。」
「……あらぁ〜。」

普段はあまり多くを語らない人物なだけに、彼の珍しい部分を見て尾形は酔いが覚めたのか、目を大きくして月島を見る。夏也乃は、口元に手をやって微笑んでいる。

それからしばらく尾形と月島による嫁の自慢話が繰り広げられたが、2人共いい加減眠くなってしまい、尾形は椅子の背もたれに体を預けて口を開けて眠ってしまった。
月島もこっくりこっくりと舟を漕いでおり、今にもテーブルに突っ伏しそうな状態なため、夏也乃はLINEを開いて彼の新妻を呼んだ。

少しして到着した、月島の新妻・祐季。
夏也乃と軽く言葉を交わすと、祐季はテーブルに突っ伏して寝ている夫のそばに両膝をついて、肩を軽く揺さぶる。

「基さん、そろそろ帰りますよ。」
「んー……。」

優しい口調で名前を呼び、何度か軽く揺らすと、ようやく月島は目を開けた。開けたが、起きたばかりでまだ眠いのだろう。その目はとろんとしている。
あまりにもぼーっと見つめてくるので、祐季は思わず笑みをこぼす。

「……祐季?」
「ふふっ。そうですよ。」

「お家に帰りましょうね〜」と言って月島を立ち上がらせ、肩を貸そうとしたその時。
ガバッ!と突然、月島が祐季を抱き締めた。突然のことに思わず「うわっ」と驚いた祐季だが、抵抗しても力で敵わないのはわかっているので自分も月島の背中に腕を回してしばらくの間、背中で両の手の熱を、首筋で呼吸を感じた。





「……そろそろ一緒に帰りましょう。基さん。」

10分近く経って祐季が声をかけると、ようやく月島は体を離した。
様子を観察して、肩を貸せば何とか歩けそうだなと判断した祐季は、月島のスーツの上着と鞄を忘れずに持ってから肩を貸し、夏也乃に御礼を言って部屋を出た。

何とか自宅に戻り、玄関で靴を脱がせてから寝室のベッドに月島を寝かせる。
カッターシャツと靴下、シワになると困るズボンを脱がせ、スーツの上着とズボンをハンガーにかけて消臭・殺菌スプレーをふり、祐季は洗濯機のある玄関と寝室とを行き来する。
それらが済んだら化粧を落として保湿を手早く済ませる。
それからようやく普段着から部屋着に着替えると、月島を寝かせてる寝室に向かった。

ベッドに入って、側の机に置いてある眼鏡ケースに眼鏡をしまっていると、突然背後から突然引っ張られる。

「うぉっ!」

倒れた体の向きを流れるように変えられて、祐季の正面には月島の顔。

「……遅い。」
「す、すみません……。」

酔っているからなのか、月島は普段と違ってだいぶわがままになっている。
月島は瞬きを繰り返している祐季をそのまま抱き寄せると、軽く唇を合わせた。
いきなりのことで、祐季は目を白黒させる。

「!?」
「……ただいま。」
「お、…お帰りなさい……。」

戸惑いつつも返事をする妻に、夫は満足そうに笑顔を見せた。

「月曜から、行って来ますとただいまの2回、するからな。」
「………………え?」











「百之助さん聞きました? 月島さんご夫婦、行って来ますのチューとただいまのチューを最近始めたそうですよ!」
「ははァ。やはり羨ましかったのか、月島常務。
ところで……この間月島常務をうちに呼んだ時の音声データはどうした?」
「あ、やっぱり録音してるのわかってたんですね!
…勿論、あの後月島常務の惚気部分だけ切り取ったものをついさっき、祐季さんに送りました!」
「月島常務……しばらくは観察のしがいがありそうだな。」

昼休憩前に人事部で不敵な笑みを浮かべる尾形夫婦を見た社員たちは、誰か飛ばされるんだろうか、と内心ヒヤヒヤしたとかしなかったとか。

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