結婚記念日〜鯉登夫婦の場合〜


尾形夫婦の自宅と少し離れた場所に位置する、鯉登夫妻の自宅。

「祐季!!」

夕食を済ませ、食器を洗っている妻の名を大声で呼ぶ、鯉登音之進。

「何ですか?」

返事はするが手を止めずに洗い続ける祐季に、不満げな様子の鯉登。
立ち上がって背後から近付くと、そのまま抱き締めた。

「うおっ!?」
「男のような声を出すな!」
「はぁ、すみません。ってちょ!? どこ触って……!」
「胸だが?」
「食器が洗えませんて!」
「……おいんこつより大事なんか。」

薩摩弁で落ち込まれ、仕方なく作業を一旦止めて、祐季は鯉登の手に自分の手を重ねる。

「……音之進さんの方が大事ですよ。」
「!? 祐季……。」
「ちょっと!」

熱っぽい視線を向けながら顔を近付けてくる夫に、慌てて待ったをかけると、何故止めるのかとでも言いたげなぶすくれ顔を返された。

「話。が、あるんですよね?」
「あ、ああ! そうやった……。」

鯉登は祐季の手を引いて居間へ連れて行き、向かい合う形で座らせると、ソワソワと落ち着きのない浮かれた表情を浮かべながら見つめてきた。

「明日がなんの日かわかっか?」
「明日……………………ああ、結婚記念日ですね。」
「お、おお! 当たりだ!」

間が空いたことに一抹の不安を覚えた鯉登だが、思い出してくれたことを喜ぶことにした。

「鶴見中尉どんに頼み込んで、明日は休みをいただいた!
それから、夫婦で飲めちうめか酒もいただいた!
明日は盛大に祝いもんそ!」
「は、はい。」
「…わっぜ落ち着いちょっど、嬉しゅうなかとな?」
「え、いえ。嬉しいです。その…………音之進さんが嬉しそうで、夫婦になって良かったなーって。」

照れたように下を向いてそう言う祐季を見て、鯉登は目を見開いてそのまま動かない。
目の前にいる筈の鯉登が何も話さないし動かないことを不思議に思った祐季が顔を上げて首を傾げると、鯉登は頬を染めてこちらを見ていた。

「むぜかぁ……。」
「え?」

小さく何か呟いたと思ったら、視界がぐらっと揺れ、祐季の目の前には天井と、熱の込もった視線をこちらにしっかり向ける夫の顔が。

「えっ、あああの音之進さん?」

手で鯉登の胸を押すが、厚い胸板はびくともせず迫って来る。
首筋に顔を埋められ、彼のサラサラした髪が肌にかかってくすぐったい。

「音之進さ、んんッ……!」
「…明日の祝い事は昼過ぎからで良か。今はただ、おはんを抱きたか。」

段々体に力が入らなくなり、代わりに興奮や期待、快感が入り混じった妙な気持ちが体全体からじわじわと溢れて来るのを感じる。

荒い息遣いと衣服の擦れ合う音を聞きながら、祐季は静かに目を閉じた。
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