月島軍曹は嫉妬させたい


「…えーっと、要するに……祐季さんから嫉妬されたいってことでいいです?」
「そうだ。」
(可愛いかよ。)

迷わず頷いた月島軍曹に、夏也乃はニマニマ顔が止まらない。

珍しく弁当を忘れて仕事に行ってしまった夫・尾形百之助に夏也乃が弁当を届けに来たところ、月島に出くわして相談をされた。
月島は先月、上官である鶴見中尉の勧めもあって夏也乃の友人である祐季と夫婦になったのだが、その祐季が、鯉登少尉や宇佐美上等兵、三島一等卒と仲が良くてよく談笑していること、そして、どちらももう人妻なのだが女っ気がない男所帯だからか夏也乃と祐季に魅力を感じている兵士が複数おり、寧ろ人妻だからこそ燃えるという人間もいると小耳に挟んだこともあり、特別自分に自信があるわけではない月島は、少々不安を抱いていた。
それで彼は自分の妻が本当に、間違いなく夫一筋であるという証を得たいという結論に至ったのだ。

「そんなに心配しなくても、祐季さんは月島軍曹にぞっこんなんで大丈夫でしょう!
それに祐季さんは腕っ節あるんで隙あらば相手の顔面に拳入れるなり急所に蹴り入れるなり目潰しするなりしそうですし、敵と認識した相手には容赦がないところあるから全力の体当たりで吹き飛ばしてから馬乗りになって、相手が立てなくなるまでボコボコにして、締め上げて相手に精神的な傷を負わせてから無事に帰還しますよ!」
「……お前たちがいた時代の日本は、戦争がない平和な国だったんだよな?」
「ええ、まぁ。けど平和って言っても犯罪が全くないわけではなかったんで。」
「な、なるほど。」
「祐季さんの強さは、月島さんも見たでしょ? 食堂で。」
「ああ……何度嫌がってもしつこく尻を触る岡本一等卒の顔面を間髪入れずに殴り、更に至近距離で体当たりを食らわせて胸ぐら掴んで壁に押しつけ、股間に膝蹴り食らわせたあの案件だな。
普段の姿からは想像出来ない俊敏な動きと殺気を見せ、終始無言だったこともあってか、祐季を見る度に岡本一等卒は怯えている。
自業自得とは言え哀れだ……。」

あの後笑顔で「仏の顔も三度までとは言いますが、私は仏ではなくただの人間なんで、三度も許せません」と祐季が話していたのを思い出しながら、月島は遠い目をする。

「…思ったんですけど、嫉妬させるにしてもよくある《夫の浮気現場を見てヤキモチ妬かせるやつ》はよした方が良くないです?」
「そうだな。殺される。」




「はぁ〜カノさん……はぁ〜〜〜……カノさん……。」

月島と夏也乃の両名が《どうしたら安全に祐季を嫉妬させることが出来るか》について真剣に話し合いを重ね続けて早数日。
祐季は医務室に来ていた。
網走監獄の囚人で医師でもある家永の腰に抱き着き、幸せそうだ。

「……ここのところ足しげくここに通っていますけど、月島さんのところに行かなくていいのですか?」
「…いいんです。またやのちゃんと2人でコソコソ話してるだろうからいいんです。」
「あらまぁ。」

家永が月島の話題を振ると、途端に祐季は何となく不機嫌そうな、ムスッとした表情を浮かべる。

「やのちゃんはそりゃあ、美人だし細いし色気の権化だし、お喋りも上手だし魅力しかないから、基さんがやのちゃんに気が逸れるのもわからんでもないです。」
「…………。」
「だけどあーも毎日毎日2人でコソコソされると、やのちゃんのことも基さんのことも好きだから、そらぁー何かこう、モヤモヤした気持ちになりますよ。」
「祐季さん。」
「基さんは真面目な性格だし、『あの強面だから別に女性にモテてはいないし、酒が入るとよく惚気て嫁自慢を始める』って三島さんも笑って言ってたから、女遊びする人じゃないとはわかってますけど……基さんは仕事人だから、私と結婚したのも鶴見さんに命じられたから仕方なく……。」
「祐季さん。」
「?」

家永の白い人差し指でチョイチョイ、と腕をつつかれるので顔を上げると、真っ赤な唇が「う」「し」「ろ」と言葉を紡ぐ。
え、と振り向くと、そこには月島の姿があった。

「……いつからいました?」
「……尾形の嫁が美人だから俺の気が逸れるとかどうとか言っている辺りからいた。」
「…………。」

ムゥーッと眉間にシワを寄せながら睨みつける嫁を前にしても、一切表情を変えない月島基。
ツカツカとやや早足で近づくと、祐季を家永から引き離して抱き上げる。

「え、あの、これ恥ずかしいんですけど……。」
「だから敢えてこうしているんだ。…帰るぞ。」
「もう仕事終わったんですか。」
「鶴見中尉が『夫婦の時間を過ごせ』と早めに上がらせて下さった。」
「へ、へぇ。」

医務室を出て行く月島と連れて行かれる妻を物陰から見届けた尾形夏也乃は、入れ替わるように医務室に入る。

「いやー、月島さんもまだまだ若いですわねー。」
「そうですね。…私からすれば、まだまだ青い若者ですよ。」





自宅に戻ると、月島はむぎゅっと妻を強く抱き締めた。

「家永はあんななりでも男だ。連日あいつのところに通うのは今後控えろ。」
「カノさんは見た目が美人で女性にしか見えないからいいんですー。
…基さんだって、毎日毎日やのちゃんのところに通ってるじゃないですか。」
「……俺にはちゃんとした理由があるからいいんだ。
安心しろ。もう目的は達成されたから、尾形の嫁とコソコソ会うことはもうない。」
「?」

何がどう安心なのかわからず、勝手に話が完結されてしまっているため、祐季の脳内では疑問符が次々と発生している。
そんな彼女を見て、優しそうな笑顔を見せていた月島だが、少ししてからいきなり真面目な顔に変わる。

「……確かにお前と一緒になったのは、鶴見中尉の命令があったからというのもある。」
「…………。」
「だが俺は、その命令が例えば鯉登少尉に下っていたらと思うと胸が張り裂けそうになる。命じられたのが俺で良かったと思う。」
「!」

夫の本音を直接聞いて、妻はすっかり照れてしまって下を向いたため、面白がった月島が覗き込もうとすると今度は顔を背け。
それを繰り返すうちに後ろに倒れ込んだので、すかさず妻に覆い被さって愛を囁けば、だいぶ遅れて「はい」とか細い声が返ってきた。











月島の休み明け辺りから、三島一等卒は「最近月島軍曹から睨まれることが増えた気がする」と仲間内で時々話していたと言う。

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