楽しいホラー映画会


「今週土曜、一緒に映画見ません?」

と誘ったのは、尾形。

「だったら月島常務のご自宅で見ません!?」

と提案したのは、白石。

「月島の家より私の家の方が、設備も規模も優れてるぞ」

と口を挟んだ鯉登を、

「俺たちは月島常務の家がいいって言ってんでモスよ、超大金持ちの鯉登専務」

と言って挑発したのは、尾形。

そして、何ひとつ反論することなく、受け入れてしまったのは、月島だ。


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「相変わらず狭いな。片付いてはいるが」
「上司に対して失礼だとわかった上で言わせてもらいますが、人の家に来ておいて吐く言葉じゃないですよ。鯉登専務」
「キエッ」

月島と鯉登が話している間、尾形は冷蔵庫から出したパックの烏龍茶をコップふたつに注ぐと、片方を自分の妻・夏也乃に手渡した。

「尾形……人ん家の冷蔵庫から勝手に取り出した飲み物を平然と飲むな」

家主が睨みつけても、尾形はニヤニヤ顔をチラリと向けただけで、ものともしない。
月島がはぁーとため息をつく一方で、嫁の祐季はとても楽しそうである。

「大集合ですごく楽しいんですけど、こんなに集まって何をするんです? ゲーム?」

祐季の問いかけに、尾形は待ってましたと言わんばかりの悪い顔をした。

「なんだ、旦那から聞いてないのか。みんなで映画を見ようと思ってな」
「へぇー、映画かぁ……」
「ああ。今日はそれぞれホラー映画を持って来てるんだが……」
「……へぇー」

祐季は笑顔だ。
笑顔のまま、動かない。
首だけ動かして、笑顔を旦那に向けると、旦那は気まずそうに反対方向の斜め上を見た。

「じゃあ、私は部屋でひと眠りしてくるんで、みんなだけで楽しんで下さい」
「まあまあそんなこと言わず、一緒に見ましょうよ〜」

そのまま逃げ腰で退散しようとするのを、よりによって友人の夏也乃が引き止める。ニコニコ顔で。

「ええ〜、デカいクモとホラーが駄目なことを知ってるはずのやのちゃんが、なんでそっち側につくんだろ〜……」
「怖がる祐季さんを見たいからです〜」
「悪魔だ〜エクソシスト呼ばないと〜」
「『エクソシスト』なら、持って来てるぜ」

鞄から取り出したそれをどこか楽しげに掲げる尾形に、祐季は口元だけの微笑みを送る。

「祐季ちゃん、そんなにホラー駄目なんだ……」
「ホラーなんか見たら、布団から手足を出して寝られず、風呂とトイレも終始ビビるという生活が数週間続きます」
「俺よりやべぇ」

予想を遥かに超えるホラー耐性のなさに、杉元がオロオロし始める。

「ね、ねぇ、そんなに怖いの無理なら俺の隣座る? 一緒に叫んであげるからさ……」
「一緒に叫ぶよりも、私の目と耳を終始ふさいでくれると助かります」
「それじゃ楽しみがなくなっちゃうじゃないですか!!」
「なんのために今日こうしてホラー映画上映会を開いたと思ってる」
「ドS夫婦……!」

さっきの反応を思い出してみても、自分の夫も味方にはなってくれないのだろう。
完全に逃げ場を失った。

「……見るしかないみたいですね。最初は誰のから見るんですか。ディスク渡して下さい」
「あ、うん。じゃあまずはこれ見ようぜ。『呪怨』」

白石が手渡したディスクを持って、祐季はテレビ下で準備をする。
再生ボタンを押してから、祐季は月島と鯉登の間に座る。

少しして、テレビ画面に「東宝」の文字が映り、白石が「あれ?」と首を傾げて数秒後、帽子を被った元気いっぱいな少年と、耳が長くてほっぺが赤くて体が黄色い電気タイプのねずみが映った。

「ポケ○ンだー!!!!」
「おいお前、『呪怨』入れるフリして、テレビ下の棚からポケ○ン出して入れたろ」
「ズルは駄目ですよ祐季さん!!」
「もうポケ○ン見ましょうよ!! ポケ○ン見た方がみんな平和!!」

ドS夫婦から責められた祐季が珍しくデカい声を出して抵抗したが、結局尾形の手で「呪怨」のディスクが入れられて、しかも振り払えないとわかっていて夏也乃が腕にしがみついていたため、祐季はただ

「わぁーーーッ!!!!」

と叫ぶことしか出来なかった。

こうして「呪怨」が再生されたわけだが、内容など誰の頭にも入ってこなかった。
みんなの記憶に残っているのは、部屋中、いや家中に数分置きに響き渡った、この世の終わりかとも思うレベルの、断末魔のような金切り声だ。
その後の「エクソシスト」でも「シャイニング」でも「アナベル」でも「リング」でも金切り声の"断末魔"は止まらず、

「ボンボン専務の奇声よりやばかった」

と杉元は話し、

「隣にいたせいで鼓膜をやられた」

と鯉登は両耳を押さえながら、止まらない耳鳴りに困惑し、

「映画の役者よりビビってたぜ……」

と白石は苦笑し、

「普段落ち着いてる祐季さんがいっぱい怖がってて可愛かったですっ!」

と夏也乃は満面の笑みを浮かべ、

「夏はこのメンツで遊園地(の、お化け屋敷)に行こうぜ」

と楽しそうに話す尾形は、すっかり味を占めたようだ。

みんなが帰ると、祐季は死んだ目で月島を見つめ、

「裏切り者……」

と言い放った。
別にそのままシカトされ続けたとか、塩対応が続いたとか、好物の白米ではなく雑穀米が続いたとか、そんなことは起こらなかった。
ただ、その日から一ヶ月と数日、祐季は風呂やトイレに入る際は必ず月島をそばに待機させるようになり、夜は布団から手足を出さず、月島にぴったりくっつかないと眠れなかったらしい。


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