危ないけど危なくなかった。


【少年尾形】



「…………」
「…………」

お互い何も話すことなくじっとしている、百之助(10歳)と祐季(6歳)。
2人の距離は5mは空いているだろうか。

「百之助くーん、なんでそんな微妙に離れるのかな〜?」

少年は、夏也乃にしがみついている祐季を、距離を取って凝視している。

今日の昼頃、なぜか尾形と祐季の2人が子供化してしまい、誰も彼も子供の扱いには慣れてないし、2人共無口で大人しいということで扱いにくく、「とりあえず、女の夏也乃さんに任せておこう」的なノリで、夏也乃が2人の面倒を見る流れとなった。

祐季はすぐに夏也乃に懐き、べったりくっついて離れない。
そして百之助は5m以上離れた位置から、じっと見つめている。

「…………」
「あ、もしかして羨ましいのかな? ホラホラ、百之助くんもおいで〜」

呼びかけるも、フルフルと首を横に振って動かない。
どうしたものかと考えていると、祐季が百之助の元へ向かい、手を取った。

「お姉ちゃんあったかいよ。百くんもやろう」
「……いい」
「やろう」
「俺はいい」
「やる」
「いい」
「やるの」

夏也乃に一緒に抱き着こう、と熱心に誘う祐季と、頑なに拒否する百之助。

(やっべ、可愛い)

子供のやり取りにニタニタ笑って萌えていると、そこに鯉登少尉と月島軍曹がやって来た。

「なんだ、2人はもう打ち解けたのか?」

押し問答を続けている子供を見て、鯉登は笑う。
そして近くまで寄ると、両手を広げて言った。

「ほら祐季、抱っこしてやろう」
「…………」

祐季はサッと百之助の後ろに隠れ、様子を伺う。
あっさり来てくれると思っていた鯉登は、狼狽える。

「え、なぜ来ないのだ?」
「……私がやってみます」

今度は月島が両手を広げ、祐季を見る。

「来い」
「…………」

来ない。しかも、鯉登よりも強い警戒をされている、気がする。
背中に隠れている祐季を、百之助は振り向いて見つめる。

「……俺の方がいいのか」
「このおじちゃんたち、怖い。百くんがいい」
「そうか」

確認し、ひとつ頷くと、百之助は前を向き、鯉登と月島を見る。

「祐季はおじさんたちより俺がいいと言ってます」
「なっ」
「あ?」

ショックを受ける鯉登と、顔に影を作ってキレる月島。

「私はまだおじさんと呼ばれる年齢ではないぞ!!」

抗議の声を上げると、鯉登は懐から手鏡を取り出して顔を確認し、百之助に「私はまだ若い!!」と再抗議した。
"おじさんじゃないアピール"をする鯉登は可愛いが、その隣の月島が、怖い。

「祐季」
「!」

一歩、また一歩と踏み出し、名前を呼ぶ月島。
その光景はサイコホラー映画のようであり、祐季は怯えた表情で百之助の腹に腕を回し、しっかり抱き締める。

「お、おい月島軍曹! 祐季が怖がっているではないか!」
「軍曹殿? 無表情で少しずつ近寄るの、とんでもなく恐ろしいんですけど?」

鯉登と夏也乃から「怖い」と指摘された月島は、一瞬の間を空けると、ニコォ……と笑顔を浮かべて歩き出す。

「ヒッ!」
「祐季、いつのまに尾形とそんなに仲良くなったんだ?」
「嫌……」
「あんなに俺を好きだと言っていたのに」
「怖い怖い怖い怖い怖い!!!!」

夏也乃が駆け寄り、祐季と百之助の前に立ち塞がってガードし、鯉登は月島を羽交い締めしてストップをかける。

「どうしたのだ月島ァ!! 今の尾形は子どもではないかァ!! いい大人が嫉妬なんかするな見苦しい!!」
「そうですよ軍曹殿!! 普段祐季さんに接してる時の穏やかさはどこいったんですか!!」

大人2人から叱責され、月島はハッと我に返った。

「す、すみません」

シュン……と謝る姿にホッとすると、鯉登はポケットから飴玉を3つほど取り出し、祐季に手渡す。

「私の部下が怖がらせてしまったな。すまん」
「飴玉……! ありがとうおじちゃん!」
「キエエエエエッ!!!! だから私はおじさんではない!!」
「百くんに一個あげる!」

最初の警戒心はどこへやら。飴玉で機嫌を良くし、無邪気に笑う祐季を見た百之助は、

(俺がついていないとすぐ死ぬな)

と感じた。
あれだけ怖がっていたのに、月島が落ち込んでいるのを見た祐季は、彼にも飴をひとつ分け与える。
月島はキュッと泣きそうな顔を見せると、ぎゅうぎゅうと祐季を抱き締め、よしよしと坊主頭を撫でられる。
どっちが年上かわからない。



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【大人尾形】



百之助は、祐季より先に尾形に戻った。記憶は残っていないようで、夏也乃の膝上に座る祐季(6歳)を、物珍しそうに見つめる。

「随分と大人しいガキだな。口数は少ねぇし、ほとんど表情変わらねぇし」
「あら、話す時は話しますし、笑うと可愛いんですよ?」

「ね〜」と言って優しく笑いかける夏也乃を見て、「ガキ抱えたお前もいいな」と尾形は呟いたが、声が小さく、聞かれることはなかった。

昼過ぎになり、尾形夫婦の家に鯉登少尉がやって来た。祐季は鯉登の姿を見、パアッと笑顔になる。

「あにさー!」
「おお祐季! いい子にしておったか?」

駆け寄る幼女を抱き上げると、鯉登は頬を擦り寄せてデレンデレンだ。

「あら、今日のお迎えは軍曹殿じゃないんですね」
「月島はまだやることがあるそうでな、私が代わりに来た」

締まりのない顔をしている少尉に、好奇の目を向ける尾形。

「『兄さあ』と呼ばせているのですか? 鯉登少尉殿」
「ああ。それがどうした?」
「6歳児とはいえ元は大人で、月島軍曹の嫁ですよ。そんな彼女に『兄さあ』と呼ばせている、と……」

ニヤニヤとやらしい笑みを浮かべながら、チクチクとねっとりとからかう尾形に、鯉登は顔を赤らめる。

「べっ別に良いではないか!! こんな愛らしいおなごから兄と呼ばれて嬉しくないはずがない!!」
「呼ばれたのではなく、少尉殿が呼ばせたのでしょう? 月島軍曹は何も言わないのですか」
「『手を出さなければいい』とだけ言われたが……私はこんな幼子〈おさなご〉に手を出すような変態ではないわ! 全く月島め……」

プリプリ怒る鯉登を前に、尾形と夏也乃は何も言わなかった。
言えなかった。月島軍曹の独占欲の強さについてだとか、普通6歳の女の子を他人に任せる際に、手を出さないよう釘を刺すようなことはしない、だとか。

鯉登が祐季を抱えて去って行ってから、尾形は眉間にシワを寄せて言った。

「月島軍曹、頭大丈夫か?」
「まさか……まさか、ねぇ〜。ほほほ……」

……後日、夏也乃は色々入念に下準備した上で、かなり真面目な顔で軍曹に、

「まさか6歳の祐季さんに手を出してはいませんわよね?」

と確認した。そしたら、

「だっ…!? 出すわけないだろう!! 何を考えているんだ!!」

と真剣に怒られたので、夏也乃は安心した。

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