惚気万歳


「食べましたね?」

そう言って笑みを深める友を見て、祐季はいつか昔話か漫画で見た【悪魔の契約】を思い出した。

「……今すぐ吐く」
「やめて下さい! せっかく苦労して並んで手に入れた限定のケーキなんですよ!?」
「お手洗いはこっちだよね」
「やめてェー!!」

全力で嫌がられたので腹を括って席に戻ったものの、今から何が始まるのやら……と、祐季の心臓はバックバクだ。
夏也乃の旦那・尾形百之助は杉元&白石に誘われてカラオケに行っているらしく、祐季の旦那・月島基は休日出勤。
いざという時の頼れる存在も呼べない状況下にあり、益々不安だ。

「で、今から何をさせられるの……?」
「なんで酷い目に遭わせられる前提なんです? もぉ、誘う時にLINEで女子会って私言いましたよね!?」
「あ、うん。そうだよね、女子会だよね。良かった〜普通の女子会だ〜。紛らわしいこと言うからもぉ〜……」

ホッと胸を撫で下ろし、夏也乃が今ハマっているらしい紅茶を味わう。
お代わりのケーキをつつきながら、夏也乃は言った。

「今日はですね……お互いの旦那の惚気話を思いっ切り話したいんです!」
「惚気話?」
「私はいくらでも話せちゃいますけど、祐季さんは百之助さんや月島さんがその場にいると、恥ずかしがっちゃってすごく控えめなことしか言わないじゃないですか。今日は私しかいないんで、お互い惚気まくりましょー!」
(もしかして、いつもやのちゃんばかりが惚気て、私がほとんど惚気ないから……ずっと不満だったのかな?)

そう考えると、せっかくこういう機会を作ってくれたのだから、応えないと失礼な気になってくる。

「わかった。今日は遠慮なく惚気よう!」






最初のお題は【旦那のどこが好きか】。

「百之助さん、会社では強気な態度で上からなのに、私に対してはデレデレでそれがもーーー可愛くて……!」
「あー確かに。尾形さん、やのちゃんには甘いもんなぁー。他の人の誘いはきっぱり断るのに、やのちゃんが誘ったら即答で『わかった』だもんなぁー」
「独占欲強めなのもたまらない! 私が杉元さんや鯉登ちゃんと話してるのを見ると、すぐそばに来て、相手に圧力かけるんですよ? 可愛いなぁもう!」
「おっさんになってもおじいちゃんになっても独占欲強そう。年取っても手を繋ぎたがったりね〜」
「ああーなんですかそれ可愛すぎる……って祐季さん!?」

突然終わったデレ甘空間に、祐季は思わず「ハイ!!」とデカい返事をしてしまう。
今の今までヘラヘラと幸せそうに笑っていた友の顔が、恨めしげなものに変わっている。ジト目で見つめられ、冷や汗が出るのを感じた。

「なんで私にばかり惚気させるんですか? そこは『基さんも〜』って惚気返して下さいよぉ!」
「ご、ごめん……?」
「悪いと思うんなら、 今度は祐季さんの惚気話を聞かせて下さい? ささ! 月島さんのどこが好きなんです?」

逃げたい。
本能が白旗をあげる。けどここにいるのは友人一人だけだ。いつもニタニタしながら絡んでくる尾形や、こういう時に「言いなさい」とでも言いたげに無言の圧力をかける旦那はいない。

「……基さんは、その、Tシャツ着た時の大胸筋、が好きで。あ、Tシャツじゃなくてインナーでもいいんだけど、大胸筋の膨らみがすごく好き。抱きついて、顔を埋めたくなる」
「ほお〜」
「あと、背があまり高くないところも好き。鯉登さんみたいな高身長じゃないのに体格が良くて、どっしりしてる感じが好き。低い鼻も可愛くて、あの鼻ね、驚いた時や興奮している時に穴が開いたり閉じたり動くの。可愛い。仕事中は厳しい顔つきなのに、困ったり照れたりした時の表情が可愛い。時々見せる意地悪そうな表情も好き。ご飯食べる時の幸せそうな顔も好きだし、フッて感じの穏やかな笑顔も好き。仕事の時はしっかりしてるのに、プライベートでは忘れ物したりうっかりなところがあって、可愛くて好き」
(デレデレだ〜!! すごい!! ……予想以上に効果があったなぁ)

さっき祐季が飲んだ紅茶は、事務社員で谷垣の嫁であるインカラマッからもらったもので、「普段隠している本音をさらけ出すまじないがかけられている」と彼女から聞いている。

更に今回、尾形と月島は実は別の場所に二人でいて、この会話を隠しマイクを通して聴いている。カラオケも休日出勤も、嘘なのだ。
普段は照れからあまり露骨なデレが見られず、好かれているのはわかっていても少し寂しく感じていた月島は、「祐季さんのデレが堪能出来ますよ」という魅惑の誘いにあっさり乗った。

「大胸筋に顔を埋めたいそうですよ」
「うっ……!」
「どうですか月島常務。普段はほとんどそういうことを自分から言わない嫁さんから、連続で好き好き言われる気分は」
「ン"ン"ッ!!」
「低い鼻と困り顔とうっかりなところが可愛い、と」
「可愛いのはお前だ……!」

紅茶の効果が続いている間、祐季は夏也乃に誘導されるがまま、ずっと旦那への愛を語り続け、マイクの向こうでは嫁から「好き」「可愛い」「かっこいい」を言われ続ける月島が赤面し、喜びの奇声を漏らし、感動のあまり涙ぐむ。

尾形からすれば嫁から好き好き言われるのは当然のことで、なぜ月島の嫁が好き好き言わないのかが理解出来ない。
月島から「恥ずかしがる嫁もいいんだが、お前ら夫婦を見ていると羨ましく思うことがある」と、乾いた笑いと共に言われたことは何度もある。

そこで後日、

「月島常務はああ見えて寂しがり屋のむっつりなんだから、あまり愛情表現を怠ってやるな」

と祐季にLINEで伝えたところ、「基さんはウサギですかw」と返信がきた。
更に後日、月島がご機嫌な様子だったので「何か嬉しいことでもあったんですか」と尋ねた。

「最近祐季の方から『かっこいい』とか『好き』とか言われるようになって、しかも向こうから手を繋いできたり抱き締めてきたりと、スキンシップが増えたんだ」

……そう答えた月島は、それはいい笑顔だったという。

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