いい夫婦とは俺たちだ。


一年もすれば新婚特有の初々しさは消える、とどこかで聞いたことがある。
だが、果たしてそれは本当なのだろうか。祐季と結婚してもうすぐ一年だが、初々しすぎて未だに頬が緩むんだが。

朝、目が覚めると隣には妻がいて、しばらく観察していると向こうも目を覚まし、「おはよう」と声をかければふにゃりと笑って挨拶を返す。
少し気恥ずかしそうなのがなんとも可愛い。
本当に結婚したての頃は、「オハヨーゴザイマス……」とロボットのようなアクセントで返して顔を真っ赤にしていたのだから、だいぶ慣れたなぁと思う。

金神コーポレーション第七支部のデザイン課で働く祐季が、今までの担当と交代する形で、社長や俺を含めた役員も加わる会議に来たのが、出会ったきっかけだった。

一緒に参加していた江渡貝が、デザインにこだわるあまり熱が入りすぎて

「はぁ!?」
「どうしてこの良さがわからないんですか!?」
「ちょっと鯉登専務!! 鶴見さんに近すぎます!!」
「僕はこのデザイン案じゃなきゃ嫌ですからねッ!!」

…と、最早喧嘩腰とも言える状態になっても、祐季は動じることなく落ち着いてその場を取り成し、江渡貝を上手くサポートして会議に貢献していた。
興奮してお国言葉で暴走する鯉登専務の相手をする時の俺を見ているようで、今思えば最初からシンパシーを感じていたのかもしれない。

彼女の説明はとてもわかりやすく、頭に入れやすい。江渡貝の説明も詳しくていいのだが、いかんせんこだわりが強すぎて熱が入りやすく、時々置いてけぼりにされることがあった。
(二、三度ほど、江渡貝一人での会議があったのだが、ヒートアップする江渡貝に置いていかれるわ、鯉登専務が途中で発狂するわ、鶴見社長は寝るわで、ここが地獄かと思った。)

気づいた時には次の会議を心待ちにしている自分がいて、普段仲の良い前山や江渡貝にそれとなくそんな感じのことを話したところ、

「会議以外でも話しかければいいのに」
「そんな受け身な姿勢だと気づいてもらえませんよ!? 祐季さんって無駄にガードかたいんですから! 無駄に!!」

と返され、叱咤激励された。
二人の意見は正しい。もっともだ。
若い頃の方がもう少し積極的だったなと思う。そうじゃなくなったのは、これまで交際してきた相手と長続きした試しがなかったからだ。……加齢のせいもあるかもしれないが。

学生時代を含め、俺が交際したのは3人だ。
最初の一人は高校時代に付き合った人で、初めての彼女ということで少し浮かれはしたが、別々の大学を受けることになってから距離が離れ、電話ひとつで別れてしまった。

二人目は、就職したての頃に付き合った人で、同期だから最初は互いを励まし合い、二人三脚といった感じだったのだが、新人の俺たちは互いの仕事が忙しくてプライベートの時間がなかなかとれなくなり、別れた。
彼女は別の支社に異動したらしいが、それ以外はわからない。

三人目は、仕事にすっかり慣れた頃に付き合った相手だ。休憩のために公園のベンチでコンビニ弁当を食べていたところで出会った、とても優しい女性だった。何かと献身的に支えてもらい、感謝してもしきれないほどだ。
彼女は結婚を視野に入れていたようだが、俺は当時仕事にやり甲斐を感じていた時期で、結婚はもう少し後でもいいと考えていた。
……ビジョンの食い違いは、徐々に二人の距離を引き離していき、ある日彼女は家から姿を消した。

どうせ長続きしないのなら無駄に疲れるだけだろうと、俺は仕事一筋に生きることにした。
それなのに、誰とも付き合わなくなって10年たった頃になって、祐季と出会った。
前山と江渡貝のアドバイスを受け、会議以外の場で話しかけてみたら、思い切り怖がられた。
肩を跳ねさせ周囲を見回すので、

「正蔵寺に用があるんだ」

と言えば青ざめた顔をこちらに向けられ、苦笑するしかなかった。
たまたまその場を目撃していたらしい人事課の尾形から、

「月島常務は自分にも他人にも厳しいと評判ですからね。何かミスをやらかしたから声をかけられた、とでも勘違いしてるんじゃないですか」

と指摘された。
なるほどと思い、尾形のアドバイス通りに、次に会った時は自販機で買った飲み物を差し入れて、「おつかれ」と話しかけてみたところ、警戒心がやや弱まったので、流石人事課にいるだけあるなと感心したのを覚えている。
……人事課であることは関係のないスキルかもしれんが。

会って世間話したり飲みに誘ったりして会話を重ねるうち、祐季が纏う雰囲気は、【近所で怖いと噂の男に話しかけられて警戒する子供】から、【馴染みの客に接する店員】くらいには軟化した。
九州の南の生まれということで薩摩弁が理解出来るとわかり、鶴見社長と鯉登専務と俺が揃う会議の場に、鯉登専務の通訳として呼ぶようになり、会う機会がかなり増えた。
(祐季と鯉登専務が意気投合してしまい、何を話しているのかわからない会話で二人が盛り上がっている様子を見て、若干の寂しさを覚えていたことは、祐季には秘密だ。)

第七支部で行われた部署対抗の体育祭にて、障害物競走と棒引きで気迫あるプレーを見せる祐季に、大人しい印象を受けていた俺は圧倒された。
「力強さ」と「勝利に対する執着心の強さ」という、新たな一面を知ることが出来て嬉しかったのを覚えている。

呼び方も「月島常務」から「月島さん」に昇格し、初めて俺の家に上がらせた夜、恋人同士ではなかったのだがいい雰囲気となり、そこから交際が始まった。
夫婦になった今でもほとんど恋人みたいな関係で、祐季から「基さん」と呼ばれる度に頬がだらしなく緩んでしまう。

妙に落ち着いてて反応が薄いから、一緒にいてつまらなくないか……みたいなことを、彼女から言われたことがある。
全然そんなことはない。俺は騒がしいのが苦手だから、祐季の落ち着いた雰囲気は心が休まる。色々可愛い様子を見てるから反応が薄いなんてことはないだろう……みたいなことを伝えたら、石のようにガチガチにかたまって緊張していたから、笑ってしまった。
寧ろ俺の方が一緒にいてつまらないだろうと言ったら、

「一緒にいてつまらない人とは夫婦になりません」

という、凄まじい威力の一言を返された。
しかも何かのスイッチが入ったのか、その流れで【どれだけ自分が月島基に惚れているか】をつらつらとほとんど噛まずに並び立てられ、年甲斐もなく羞恥と歓喜で、顔を中心とした全身の体感温度が上がった。
(恥ずかしさのあまり「も、もういいから……」と顔を手で覆う俺に、彼女から「可愛い」という言葉をかけられ、こちらもスイッチが入ったのは言うまでもない。)


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