たまには私から。


夫に何か贈りたい、と祐季は思い立った。
この時代に来てから、何も知らない自分と夫婦になってくれて、軍事機密事項であり、一人では自由に街を出歩くことが許されていない自分を退屈させないよう色々とお世話になっている。大切に、愛してくれている。
御礼をしないわけにはいかない、と思ったのだ。

「鯉登少尉殿に御礼を?」

最初に声をかけたのは、月島であった。
夫の身近な立ち位置にいる存在であり、信頼出来ると考えたからだ。

「何を贈っても少尉殿なら喜ばれると思いますが……。」
「はい。昨日同じことを私も思いました。お陰で一睡も出来ていません。一昨日も同じことを考えて、眠れていませんけど。」
「…………。」

真面目か、とツッコミを入れたいのを耐え、月島はうーんと考える。

「鶴見さんと音之進さんが並んでいる絵を5枚程描いて贈った方がいいんですかね。」
「それはかなり喜ばれるとは思いますが、もっと別のものを考えられた方がよろしいかと。」
「うーん…………音之進さんはボンボンなので、買えるものは駄目ですし、あ、鶴見さんの毛髪を数本頂けたらそれを包んで……。」
「別のものを考えられた方がよろしいかと。それと、仮眠を取られてはいかがでしょう。」
「いえ、もう少し考えてみます。お忙しいところ、ありがとうございました。」

ぺこりとお辞儀して立ち去る祐季の後ろ姿を見て、あそこまで妻に想われている夫・鯉登少尉は果報者だと月島は思った。

それから色々な関係者たちに相談し、祐季は杉元に声をかけられた。
壁伝いにフラフラと歩く祐季を見かけ、心配してくれたのだ。
重いから、と遠慮したのだが、そんな状態で放って置けないからと、杉元は祐季を抱き抱えて医務室へ運び、家永に事情を説明してベッドに寝かせた。

「へー……。クソボン、祐季ちゃんにここまで大事に思われて幸せな野郎だな。」

ベッドの隣に椅子を置いて座り、杉元は話を聞いてうんうんと頷いた。
クソボン、という呼び方に笑い、祐季は天井を見つめる。

「私も、幸せです。この時代のことは殆ど知らないんで、ものの値段の相場もよく知らないし、法律のこともよく知らないし、世間の事情や常識も知らないんです。
けど音之進さんは、そんな私を妻にしてくれたんです。将来があるのだからもっと若い人と結婚すればいいのに、年上の私を選んでくれたんです。」
「祐季ちゃん全然老けてないよ? 言われないとあいつより年上ってわかんねぇな。」
「またまた……。」







「祐季!!!!」

バタッ!!
と、激しい音と同時に医務室へ飛び込んで来たのは、鯉登少尉であった。
祐季が倒れて運び込まれたと聞いて飛んで来たのだ。
目を閉じている妻を見て、鯉登は血の気が引くのを感じた。青ざめている、ように見える鯉登に、杉元は安心させるように言う。

「家永に診てもらったら、ただの寝不足だってよ。」
「そ、そうか……。」

安堵した顔を見せた鯉登だが、すぐに真剣な顔になる。

「話は聞いている。祐季が、私に御礼をしたいが何を贈れば良いのかと悩んでいると。
…私は何もいらない。妻が笑顔でいてくれれば、それで……。」

寝ている妻の元へ静かに寄ると、そのまま唇に口付けた。
「おお〜……」と杉元は顔を赤らめる。
唇を離して見つめていると、祐季が薄く目を開いた。

「……音之進さん…?」
「祐季!!」
「いつもお世話になってるから、何か御礼がしたくて……。」
「礼などいらん! 祐季がそばにおってくれたらそいで良か!」
「色々考えて、相談もして、鶴見さんと音之進さんを隣同士で並べた絵を贈るのがいいかなと……。」
「じゃっで礼などいらんちゆう……つ、鶴見中尉どんとおいを並べた絵!?
くいやい!! そん絵、くいやい!!」
「けれど御礼よりも、私がそばにいるのがいいと言うなら、そうします……。」
「ゆ、祐季!? 絵は…絵はくれんのか!?」
「ずっと、そばに…………。」

そこまで言って再び目を閉じた妻を見て、鯉登は絵を貰い損ねたとショックを受けた。しかし彼女は、「ずっとそばにいる」と約束してくれた。
それで十分だな、と、鯉登は微笑んだ。
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