ヤツが出た!!


その日は連休中で、月島家に尾形夫婦が遊びに来ていた。
連休に入る数日前から毎日、「やのちゃんが来る! やのちゃんが来る!」と、まるで遠足前日の子供のようにはしゃいでいた祐季は、張り切って早めに買い込んでいた食材を使って、予め考えていた手料理の数々を尾形夫婦…いや、夏也乃に振る舞った。
「普段の料理よりも手が込んでないか?」と苦笑いする月島だったが、幸せそうな表情だった。

昼ご飯が済み、尾形が持って来たSwitchで遊ぼうぜという流れになり、祐季がいそいそとSwitchのコードをテレビに繋ごうとしたその時、それは現れた。

「あ"ッ!!!!!!」
「!?」

「このゲームやりましょうよ」と尾形が見せたゲームソフトのパッケージを見ていたところで突然妻からの強烈な頭突きを喰らい、月島は後ろに倒れかけた。

「なんだ今の奇声は……。」
「動きが素早すぎて何がなんだか……。」

尾形夫婦が呆気にとられている間、祐季はコアラのように旦那にがっしりと全身でしがみついていた。(もしくは【トト○にしがみつくサツキとメイ】に例えてもいいが、しがみつき方が似ているだけで、体がかなり強張っている。)

子供をあやすような優しい声音で「どうしたんだ?」と旦那に聞かれた祐季は、

「クモ!! でかい!! クモ!!」

と怯えたように単語だけを叫び、頑として月島の胸から顔を上げる気はなさそうだ。

「もしかして、テレビのそばに大きいクモがいるんじゃ?」

夏也乃の言う通り、さっき祐季がいた位置に尾形が寄ると、そこには大きく脚の長いクモが身を潜めていた。

「このクモに毒はねえし、噛みつくこともねえから心配しなくていいですよ。」
「毒グモじゃないそうだ。良かったな。」

尾形の言葉を受けて月島が妻を励ますが、しがみつく力は更に強くなり、

「毒があるかないかじゃなくてデカい時点でいたらアカンのや!!!!」

と、悲鳴混じりの文句を早口&大声で必死にまくしたてられた。

「大きいクモが苦手とは聞いてましたけど、まさかここまでとは思いませんでした。ぶふひっ、可愛い……。」
「おい、笑ってやるなよ……。しかし、こんなに怯え切った祐季は初めて見たな。」

夏也乃と月島がこれは珍しいものを見たと目を丸くしている中、尾形は悪戯を思いついた時の子供のような顔をする。
クモを捕まえると、ベランダの窓を開けて外に放るモーションをし、月島にぎゅうぎゅうと力一杯しがみつく祐季に近づく。

「ほら、お前の嫌いなクモは外に逃したぞ。」
「ほんとに!? ほんとに出したんですか!? 出してなかったらアレしますよアレ!!」
「出した出した。」

尾形の言葉にホッとして、祐季はようやく月島のムキムキな胸板から顔を上げる。
安堵の表情で、尾形の声がした方向を見たその瞬間、祐季の視界にヤツが映った。
……尾形はクモを逃してはいなかった。握った手の中に隠していたのだ。

「ヤ"ーーーーーーーッ!!!!」
「いッ…! おい尾形! 人の嫁で遊ぶな!」
「ははァ、すみませんつい。」

好反応を得た尾形はかなり満足そうだ。だが妻の抱きつく力が最大まで強くなったために、月島はやや苦しそうである。

「てめふざけんなよクソこら尾形ァ!! やのちゃんに捨てられろ馬鹿!! クソ!! アホ!! 孤独死!! ケツ割れろあほんだら!!」
「落ち着け! ケツは元々割れてる!」
「月島さんズレてます!」

かなり口が悪くなっている上に悪態の内容が小学生レベルの月島嫁と、冷静なようで天然な一面が垣間見えている月島旦那。
月島夫妻のカオスっぷりを眺め、尾形はとても愉快そうだ。

「ははッ。」
「百之助さん! 笑ってないで早くそれ外に出して!」
「なんでだよ。もう少しいじろうぜ。」
「百之助さん?」
「…………チッ。」

流石に自分の嫁には逆らえず、渋々尾形はクモを外に放った。
それをきちんと確認して、月島は尚も力を込め続ける祐季に、クモがいないことを伝えた。

「ほんとですか?」
「ああ。もうあれはいない。」
「もう目を開けて大丈夫ですか?」
「ああ。」
「100パー安全ですか?」
「ああ。」

かなり念入りに確認している辺り、さっきの悪戯のせいで尾形の信用はガタ落ちだ。

「これでまたあれがいたら、尾形さんの顔面殴りますよ。」
「ああ、殴っていいぞ。」
「ちょっ、」
「祐季さん、大丈夫です。私が保証します。」

友の言葉に、祐季は力を緩め、恐る恐る顔をこちらに向けた。…うっすら涙目になっている。

「……ほら百之助さん、何か言うことありますよね?」
「………………悪かった。」

バツが悪そうに目線は合わせず、尾形は謝罪した。
事態が収まっても祐季はまだ抱きついたままで、よっぽど怖かったのだろうと月島はあえてそのままにしておいた。

「さ、仲直りしたところでゲームやりましょう! 何します?」
「これにしよう。」

夏也乃が仕切り直したところで尾形が見せたのは、女の子が夜、懐中電灯を頼りに恐ろしいオバケがたくさん出て来る町を探索して回るという、ホラー探索ゲームだった。

月島を抱き締める力が強まった。

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