「心理学の勉強でギャルゲーっておかしくないすか」
伏黒恵の言うことはもっともである。
だが教師陣の五条・かやの・ゆきの3人が乗り気なので、生徒は従うしかない。
険しい顔つきの伏黒にコントローラーを手渡しながら、五条悟はウフフと満面の笑みを浮かべる。
「僕ら《呪術師》って基本イカれてるからさぁ〜、普通の人間の感情・心理ってのを理解しておくのは案外大事だったりするんだよね」
「それでなんでギャルゲーなんですか」
「感情のやり取り、選択の結果が可視化されててわかりやすいからだよ! ちなみに僕は全ヒロインを落としました!」
イェーイとダブルピースする得意げなナイスガイを、伏黒は遠慮なく睨みつける。(背後では野薔薇が舌打ちをかましていた。)
「まずは恵からね! ヒロインは好きな娘〈こ〉選んでいいよ」
好きな娘と言われても……と、伏黒は変わらず険しい表情で操作していく。
「どういう女の子が好きかが露呈する、性癖暴露大会ですね」
「ブッ」
不意打ちすぎて思わず吹き出し、声がした方向を向くと、そこには胡座をかいて真剣な顔で画面を食い入るように見つめる、ゆき先生がいた。
「……あの、言っておきますけど、これから俺がどの相手を攻略しても、それは別に俺の好みとかそんなんじゃないですから」
「伏黒くんはおっとり系の大人しくて優しい、おっぱいの大きい女の子が好みだろうなぁ」
「…全然違います。気が散るんで静かにしてもらえますか」
おっとり系の大人しくて優しい、というのは津美紀に近い特徴だ。(おっぱいについては恵のためにも考えてはいけない。)
『恵くん、あのね……良かったら今度の日曜、一緒に水族館に行かない?』
伏黒は順当にヒロイン《美奈子ちゃん》との仲を深め、ようやくデートのお誘いを受けるまでに好感度を上げた。
「結局ゆき先生の言った通り、おっとり系のおっぱいを選んだわね。ムッツリ」
「黙ってろ釘崎」
「へぇ〜、伏黒ってこういう女の子が好きなんだなー」
「……言っておくが、俺のあとはお前らがやるんだからな」
他人事でいられるのも今のうちだけだぞとイライラを抑えながらテキストを送る伏黒の後ろでは、教師陣がやんややんやと騒がしい。
「あー私も美奈子ちゃん可愛くて好きですけど、落とすの簡単すぎて手応えないんですよね〜」
「わっかるぅ〜。チョロいよねこの娘〜」
「私はさっき少し出て来た千早さんが好きだなぁ〜。ああいうサバサバ系の出来る女こそガチで落としたいって思えますよ」
「え〜意外〜! かやのんて、もう少し可愛い系が好きだと思ってた〜!」
「外野がうるせー……」
適当に選んだ女の子ではあれど、「落とすのが簡単」だの「チョロい」だのとこき下ろされると、正直あまりいい気はしない。
(まるで俺が妥協して、楽な相手を選んだみたいじゃねーか……!)
美奈子はそんな女じゃない。
美奈子はろくでなしな父親のせいで昔から苦労してて、それでも勉強を頑張ってるし、優しくて、家庭的な部分が多くて、
(…………津美紀……)
ホロリ。
自然と流れた涙。
「えっ!? 何アンタ、泣いてんの?」
ギョッとした顔で野薔薇が引いている。
「すみません……俺にはこの娘を落とす資格がありません」
「は?」
「んだこの女ァ!!」
「釘崎がキレた!!」
「虎杖、押さえろ!! ゲーム機が壊れる!!」
コントローラーを叩きつけ、野薔薇は虎杖に羽交い締めにされながら、画面に映る女の子《由美ちゃん》に中指立てて罵声を浴びせかける。
「私がいいっつってんのに急にうじうじし始めるのマジなんなんだよクソアマァ!! ここまでその気にさせておいて、今更自信がねぇとかふざけたこと抜かしてんじゃねーぞ根性なし!!」
花も恥じらうお年頃の女の子とは思えぬ、喧嘩慣れしたヤンキーな剣幕に虎杖も伏黒もタジタジだが、教師陣は余裕の佇まいだ。
「僕、ギャルゲーの女の子にあそこまでブチギレる子を見るの、初めてだよ」
「真剣に入り込むのはいいことですけどね」
「由美ちゃんは普段は自信満々の頼れる姐御肌なんですけど、本当は自分に自信がなくて、主人公のことが好きだからこそ臆病になっちゃうんですね〜」
「ゆきねぇはなんでそんなにキャラに詳しいんですか」
両肘ついて"ゲンドウポーズ"で真剣な表情を浮かべながら解説するゆきに、かやのは苦笑いしながら問う。
「大体の基本データは頭に入れてますし、私もこのゲームの女の子、全員落としてますんで」
「すげぇー!!」
「ギャルゲーなんて接待ゲーですよ。忖度忖度」
そう微笑むゆきの顔は、ゲスい。
「尊敬が一瞬で無駄になった!」
「トキメキって言葉知らないの?」
「……この前、五条さんが美味しいドルチェ奢ってくれたじゃないですか。あれ、かなりときめきました」
「「それは正しいトキメキじゃない(です)」」
結局、一年3人の中で女の子を攻略したのは、虎杖一人だった。
テレビっ子だから恋愛ドラマも見慣れており、"王道"となる流れは把握出来ていることが大きかった。
「じゃー次はかやのんね」
「私もやるんかい! まーいいですけど!」
コントローラーのバトンを渡されたかやのは、ふふんと口の端を引き伸ばして笑ってみせた。
「私は攻略が一番難しい《瑠璃子先生》を落とします!!」
「おっ、瑠璃子先生いっちゃう〜?」
「忖度の難易度が女優並みに高すぎる、あの……!?」
色めき立つ教師トリオを見つめる伏黒と野薔薇の視線は、冷たい。(虎杖は「なんかよくわかんねーけどすげぇ緊張感!」と興奮している。)
《瑠璃子先生》は口元のほくろが色っぽいスレンダー美女で、主人公たちを教える立場にある、大人の女性。
ちょっぴりアダルティーな恋愛を希望するプレイヤー向けの相手で、「生徒」と「教師」という立場の違いによる、ちょっぴりイケナイ関係を楽しめる!
たまらない、この背徳感!
「…………教師として、そんなことを10代の生徒に力説することについて、ぶっちゃけどう思ってます?」
「どうも思いません。強いて言えば、ぶっちゃけ興奮ですか?」
「知りませんよ。聞かないで下さい」
もう何も言うまい。
伏黒は、正蔵寺祐季という人間について深く考えることをやめた。
(そもそも五条先生と友達やれてる時点で、異常なんだよ……)
性癖かは不明だが、暴露を終えた"五条の異常な友人"は、かやのの隣に陣取ってスタンバイしている。
「
「ねーこれセクハラってやつじゃね?」
ガンつける野薔薇。
「セクハラじゃないです。教育です」
「そうだよ野薔薇ちゃ〜ん。義務教育でもやるでしょ? 性教育」
「心理学っつってたろ!! いつ保健体育になったんだよ!!」
ボイコットしそうな勢いでキレる野薔薇を、背後からしっかり抱き込んでいる笑顔のゆき先生。
※抱き込んだまま、かやのの隣に座り直したため、恐らく「逃さねーぞ」って意味が込められている。タチ悪い。
「三輪ちゃんみたいな純粋でいい子な可愛い子も好きですけど、野薔薇ちゃんみたいなお転婆で強気な子も割と好きですよ〜、私」
「ギャーッ!! イケナイ関係!!」
ギャラリーが騒いでる間にゲームは進められており、画面では主人公と瑠璃子先生が、自転車二人乗りデートを楽しんでいる。
「順調すぎてやべぇ」
「これさー、瑠璃子先生のガードかたすぎて、デートまでこぎつけること自体が難しかったよ」
感心する虎杖と五条。
「私に落とせぬ相手などいない!」
「かっけー!!」
「プロ!! 攻略の達人!!」
「恋の伝道師!!」
「ラブ・スナイパー!!」
カチカチとテキストを送りながら力強く発せられた名言に、虎杖・野薔薇・五条・ゆきからは惜しみない拍手と称賛の言葉が贈られる。
(伏黒だけは興味なさげに外を眺めていた。一応授業中だしと、スマホはいじらなかったところが偉い。)
「やのちゃんなら五条悟も落とせる!」
「それは無理だし嫌!!」
手を動かしながら笑顔で即拒否するかやの。
「まー、この人とは恋愛するくらいなら、二次元に走った方が健康的ですわな」
「でーす」
「勝手に巻き込まれて勝手にフラれる僕の気持ち、考えて」
かやのもゆきもギャルゲーの画面から目を逸らさない。
ゆきは肩を揉んで謎の機嫌取りを図る
かやのは画面に集中し、浴衣姿の瑠璃子先生と夏祭りを過ごしている。
「《最強》がここまでポンコツになってる姿、この2人といる時じゃないと見れねぇな……」
「聞こえてんぞ恵〜」
『も〜……。さとるくんってホント、世話が焼けるんだから』
「え」
肩揉みの手が止まる。
「ね、ねえかやのん。もしかしなくても主人公の名前……」
「私の恋愛テクと五条先生の名前が合わされば、瑠璃子先生クラスの相手でも落とせるかと思いまして」
「…………成る程ね!」
20分後、さとるくんは高校卒業と同時に、瑠璃子先生と無事にゴールインしました。