授業風景〜ゆき先生〜

【美術】


「はーい、今日は身近な人物や物を簡潔に描いてみましょ〜」

"ね? 簡単でしょ?"と書かれたシャツを纏った教師による、ゆる〜い挨拶で始まった美術の授業。

「絵なんか習ってなんか役に立つのかしら……」
「はーい、い〜質問ですね〜」
「質問してないけど、一応聞いたげるわ」

尖らせた唇に鉛筆を乗せた野薔薇の呟きを拾い上げ、ゆきは黒板にチョークを走らせる。

「言葉では伝えにくい見た目の呪霊とか、なんか不思議な現象に遭遇した場合でも、連携取ってる相手にはなんとか情報を伝えないといけないことってありますよね」
「うん」
「伝えたいのに適切な言葉が浮かばない! そんな時に便利なのが、《絵》です。イメージをそのまま視覚的に相手に伝えられるメリットは、デカい!」
「成る程ー!!」

野薔薇が上手いこと納得したところで、最初のお題が発表された。

「五条先生かー」
「私、キョーミない男はよく覚えてないのよね。伏黒はアイツと付き合い長いから描けそうだけど」
「…………」

虎杖はとりあえず鉛筆を動かしているものの、野薔薇と伏黒は眉間にシワを寄せてしまっている。

「スーパーの、エリンギ」
「「!!」」

先生のヒントにハッと反応した2人は、鉛筆構えて勢い良く描き始めた。

3人が描いたそれぞれの《五条先生》を見たゆき先生は、優しく微笑んだ。

「とてもよく描けてます」

後日その似顔絵3枚を友人から見せられた五条は、「僕はもう少しイケメンなんだけど〜?」と文句を言いつつも、ちゃっかりそのまま貰って大事にファイリングしている。






【音楽】


「はーい、今日は三拍子の曲を教えまーす」

"魔王"と書かれたシャツを纏った教師は、教室に入るなり一年トリオに楽譜を配る。

「おっ、山崎まさよしだ」
「その曲で、三拍子を楽しく覚えましょうね〜」

楽器のみならず音響機器や自動車部品、スポーツ用品も製造していることで有名な某メーカー製の電子オルガンの鍵盤に、ゆき先生は指を乗せる。

「じゃあ、まず演奏します」

言葉のすぐあとに奏でられた三拍子の曲。
覚えたての音楽知識を思い出しながら、生徒3人は演奏を聴きながら譜面を目で追った。

演奏が終わると、先生は視線を生徒に向ける。

「これが三拍子です。まあ、昔の貴族が着飾って男女で優雅に踊ってた《ワルツ》はモロ、三拍子ですね」
「オクラホマミキサーとか?」
「それは四拍子」

うーん、と腕を組んで首を傾げて難しそうにする虎杖が可愛くて、ゆきは思わずその頭を撫でた。

「こういうのは頭で考えるよりも、感覚で身につけちゃうのが手っ取り早いから、実践が得意な虎杖くんには向いてると思いますよ」
「『考えるな。感じろ!』ってヤツか!」
「そーそー。ドントスィンク、フィール!」

虎杖とのやり取りを見ていた野薔薇と伏黒が何か言いたげなので、ゆき先生が発言を促すと、2人は顔を見合わせ言った。

「こういう、先生一人で教える時はなんというか……普通、って感じね」
「普通?」

野薔薇の言葉に首を傾げる姿に、不覚にも「可愛いな」と感じた。

「五条先生といる時はもっとこう、変態ですよね」
「ふーん……。つまりみんなは、普通の私じゃご不満ってことです? 今すぐ変態になりましょうか?」
「「「普通でお願いします!!」」」

目覚めさせてはいけないという共通の意志が、3人を結託させた。

(「変態になりましょうか」って一体どんな提案!?)
(伏黒、アンタ余計なこと言ってんじゃないわよ!!)
(本気と冗談の区別がつかねーんだよこの人……!)






【保健体育】


「"安全日"なんてもんは存在しないんで、子供望んでないなら性交する時は、必ず避妊すること〜」
「はーい……」

手を挙げながら返事する虎杖の顔は、やや赤い。

「男の中には無責任な野郎もいて、女側が『出来たみたい』と申告すると、『それほんとに俺の子かよ』と否認する場合がありま〜す」
「マジかよ。私らの担任、最低だな」
「いや、五条先生のことだとは一言も言ってないだろ……」

クズを見るような目つきの野薔薇に、伏黒は冷静にツッコミを入れた。

「認知を拒まれた場合は、相手の目の前でどこか適当な建物に立てこもって火をつけ、炎の中で出産しましょう。そして、生まれた赤ん坊を抱きながら『炎の中でもこうして無事に生まれたわ。間違いなくあなたの子供よ』と伝えて下さい。そしたらあまりのガチ度に、流石に認知してくれま〜す」
「それどこの日本神話ですか」
「……まー、そんなことになる前に、子供欲しくないうちはしっかり避妊。責任取れる自信がないうちも避妊。子作りは計画的にってことですね〜」

"エンゲル係数"と書かれたシャツを着ている先生がクルッと背を向け、黒板に何かの図を描き入れるので、生徒3人がそれを見やる。
そこには、《お母さん》と《お父さん》が描かれてあった。

「《専業主婦》は昨今数が減っているらしいし、呪術界においても夫婦揃って呪術師ってパターンが多そうなんで、この夫婦は共働きの設定です。……身近な知り合いは全員独身だから、参考事例が乏しくてやんなるわ〜」

確かに五条も独身、家入も独身、かやのも伊地知も独身、歌姫も七海もみんな独身だ。ゆき自身も独身。
この業界が命懸けすぎること、《愛》や《遺言》の厄介さも強さも理解しているから、遺される者の気持ちがわかるから、自然と恋愛を避けてしまうのだろうか。

「どれだけ仲間がいようと、死ぬ時は一人だ」と五条は伏黒に言った。
仲間のありがたみや、どれほど頼りになるか。それは身にしみて理解していても、呪術師は数が少なくて常に人手不足。
仲間も自分も、ずっと生きていられる保証はないし、約束も出来ない。

「ゆき先生は誰かと付き合うとか結婚とか、考えてねーの?」

なんの邪念もない、無邪気な問いかけ。子供はこういうところが残酷だ。
けれど虎杖からのそれは不思議なことに、気分を害することがない。

「自分が誰かとイチャイチャしてる姿、全っ然想像出来ないし、独り身は独り身で、自由で気楽だから悪くないですよ」
「うっわ、枯れてんなー。じゃあ好みのタイプは?」

独り身がいいと言いつつも、野薔薇の問いにうーんと一応考えてくれる先生。

「おっぱいとケツのデカい美じ」
「真面目なヤツで!!」
「おっぱいとケツも真面目だし、大事なんだけどなぁ〜。でもまあ、強いて挙げるなら……」
「挙げるなら!?」

爛々と瞳を輝かせ、鼻息荒く身を乗り出す、一年トリオの紅一点。
こういう恋バナ系への食いつきがものすっごい辺り、野薔薇は年頃の女の子って感じがする。
虎杖も野薔薇ほどではないにしろ、興味津々な様子だ。
伏黒は片肘をついて無関心を装っているが、聞き耳はしっかり立てていた。

「うーーーーん…………あ」
「何何!?」
「一緒にいて楽しくて、私の言動に引かない人がいい!」
「それっ、て……」

一年トリオの脳裏には、共通の人物が浮かんだ。

「「「五条先生じゃん」」」
「おっぱいとケツがデカくないから駄目です」

TOP