授業風景〜かやの先生〜

【数学】


「もーやだ!!」
「コラコラ野薔薇〜? 諦めたら試合終了だってすごい先生が言ってるよ〜?」
「その先生はフィクションだから知らねー!!」

教科書もノートもシャーペンも四肢も何もかも投げ出してギブアップする野薔薇を、かやの先生は「ほっほっ……」と顎をポヨポヨタプタプ揺らしてやりたくなるような、あの特徴的な笑い方をしながら宥めたが、効果はいまひとつだ。

「野薔薇は答えが出る前の段階で諦めるクセがあるなぁ……」
「だってわかんないんですぅ〜!」
「そんな野薔薇も可愛いけど、それじゃ駄目なんですぅ〜!」

タコのような唇を見せ合う女子二人を、伏黒が冷ややかな視線で睨ん……ではいなかった。

「わかんねぇよ〜……。数学なんてゴチャゴチャしてる小難しいジャンルは、伏黒とかァ、ナナミンとかァ、五条先生とかァ、そーゆー考えるのが得意というか趣味みてーな……その辺の人にお任せすりゃあいい分野じゃ〜〜〜ん……」
「虎杖。"ゴチャゴチャ考えること"は別に俺の趣味じゃない」

伏黒は、虎杖を睨んでいた。

「それに五条先生は、そこまで物事を考えられる人じゃない」
「酷いね恵。賛同はするけど」

気配もなくすぐ隣に立たれ、バッ!と顔を向けた伏黒に、かやのはニッコリ微笑む。
その後ろをチラリと盗み見ると、あれだけだらけて伸び切っていた野薔薇が、真面目に机に向かって真剣に問題を解いていた。

「あ〜〜〜、この前のテスト、数学は60点くらいしか取れなかったし……。ほんっっっと俺、惨め〜〜〜」

そう言いながら、机に突っ伏した姿勢で教科書をバラララとめくっては閉じ、再びバラララとめくっては閉じ、をひたすら繰り返す虎杖。
かやの先生は言った。

「そのテスト、ゆき先生は8点でした」
「へ!?」
「は、はち……え?」
「…………」

言葉を失う一年トリオ。
かやの先生によれば、「僕ら教職員もおんなじ問題解いてみよーぜ!」ってノリノリなGTGの発案で、夜蛾学長・家入・五条・かやの・ゆき、そしてたまたまその場にいた七海とで、生徒に解かせたテストをやってみたらしく。

結果と順位は以下の通り。

【数学】
@五条 98点
A家入 92点
B七海 88点
Cかやの 82点
D夜蛾 76点
Eゆき 8点



「それは教師としてどうなんですか」
「ゆきねぇは国語と芸術に全振りしてる"完全フィーリング型"の人だから、二桁以上の暗算が出来ないの」
「いや、それにしても……」
「七海先生に絶句され、ショーコねぇに無言で憐れまれ、五条先生に『ヒィwwwwはちッ…8点てwwwww死んじゃうwwwwwwwwwww』ってゲラゲラ腹抱えて笑われたゆきねぇを、あまり悪く言わないであげて、恵」

勉強、とりあえずやれるだけでも頑張ろう。
虎杖は拳を握りしめた。







※伊地知さんと交際中。
【英語】


「Repeat after me. "I love you."」
「ア、アイ、ラ……」
「ラビンユー!!」
「…………」

詰まりながら赤面する虎杖。
叫んでごまかす野薔薇。
一言も発しない伏黒。

それぞれの性格がよく表れている反応だ。
かやの先生はニマニマ顔を隠せない。

「おー? どーしたどーしたー? 一丁前に恥ずかしいのかなー?」
「はっ、恥ずかしくなんかないわよ!!」
「めっちゃくちゃ恥ずかしい!!」

否定する野薔薇も肯定する虎杖も、可愛い。
ウンウンと頷き、狙いはそのまま伏黒へと向けられる。

「先生、聞きたいな。伏黒恵からの"I love you."」

バサバサッ。

紙の束が散らばる音がしたのでそちらを見れば、青ざめた顔の伊地知が立ち尽くしていた。

「ふ……」
「ふ?」
「伏黒くんとお幸せに、かやのちゃんーーーッ!!」
「えええええーーーーーッ!?」

ダッシュで立ち去る伊地知の目元からは大粒の涙が舞い散り、キラキラ輝く。

「ちょ、えと……残りの時間は自習にします!!」
「「「はい」」」
「きよくーーーーん!! 恵とはそういうんじゃないの、きよくーーーーん!!!!」

この時の伊地知潔高は、いつになく俊敏な脚力を発揮したそう。







【体術】


「今日は鬼ごっこするよー!」
「鬼ごっこォ?」
「鬼は悠仁と野薔薇と恵の3人ね。少しでも私に触れることが出来たら、なんでもお願いきいたげる!」
「「「なんでも?」」」

なんでも、という魅力的なワードに目の色を変える3人。
炎の勢いは違えど燃えている目を見て、かやのは期待で身震いする。

「言っとくけど、あくまで触ることが出来たら、だからね?」

自分たち一年では難しい、とでも言われているようで。
好戦的なアピールに虎杖たちは益々瞳の炎を燃え滾らせた。






「クッソーーーー!!!!」

重力に抗う気力もなく、地面から立ち上る土の匂いを感じながら悔しさを露わにする虎杖。
野薔薇も仰向けになりたいほど疲れているが、髪や制服が土で汚れることを無意識に避け、ゼェゼェ息を切らしながらも、なんとか片膝立てて踏ん張っている。
伏黒もゼェゼェ言いながら、頭の中では今の立ち回りでどこがまずかったか、どこが有効に思えたかなどをあれこれ考えている。

一方のかやのは、全く息が切れていない。汗もかいていない。
余裕のある表情で3人を見つめ、「今日はとりあえずここまでにしよっか」と言って微笑んだ。

「ところで……もし私に触れたとして、3人は何をしてもらいたかったの?」

なんでも、と聞いた瞬間彼らが期待を見せたのは、把握済み。
気になるのは、その中身。

「一緒に映画鑑賞!! ポテチとコーラ付き!!」
「東京観光からのシースー!!」
「……話を少々」

虎杖は、たまには誰かと一緒に映画を見たいと思っていて、けどそれに付き合う人がなかなかいない。かといって五条を誘うとネタバレだのちょっかいだので、映画に集中させてもらえない。
気遣いの出来るかやの先生なら色んな意味で安心、というわけで。

野薔薇は戦闘においても女性としても憧れて尊敬しているかやの先生と、東京でショッピングしたりオシャレなカフェに行ったりしたい。
そしてあわよくば、夜ご飯にシースーをゴチになりたい。(可能ならザギン)

「恵はなんで話なの? いつも話してるでしょう」
「いや、その……」
「んー?」
「………………五条先生絡みのストレスがヤバくて」

要するに伏黒は、愚痴を聞いてもらいたいのだ。
「こんな話、かやの先生相手でないと安心して出来ませんから」と続けた不憫で健気な生徒を、かやのはヒシッと抱き締めた。

「……3人の願い事、全部今から叶える」
「「「えっ」」」
「待ってて。午後休、なんとしてももぎ取ってみせるから。体洗って待ってなさい!」

そのまま猛ダッシュで土煙と共に消えた先生を、3人は敬礼で見送った。
勝利を確信しながら。
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