書類を失くしただけなのに

僕にとって、一級呪霊を祓うのは容易い。特級呪霊だって相手にならない。
ゲームのFF6で例えるなら、一級呪霊を祓うのは「たいちょう」や「じゅうそうへい」を倒すのと同じくらい。弱すぎて物足りない。ハイポーションどころかポーションすらいらないレベル。
特級呪霊は「オルトロス」や「ケフカ」。ちょっと色々試したり、遊べるクラス。すぐ祓っちゃってもいいんだけど、情報収集のために一応どんな技を使うかの見極めはする必要があるから、瞬殺は許されない。

特級呪霊を相手取ることよりも、腐った組織とシステムを改革することの方がよっぽど手間だから、本当の意味で大変なのは、呪霊よりも人間だなーと思う。

「いや……ホント、人間ってのは厄介で面倒な生き物だよ」

本棚から適当に選んだ図鑑をパラパラめくりながら呟くと、ゆきが紅茶を運んで来て、スティックシュガーの束と一緒にテーブルに置いた。
こうして砂糖をたくさん用意してくれる辺り、僕のことをよくわかってくれてるよね〜。
流石、周りに呆れられるくらいスイーツ食べまくる仲だけある。

「ありがと」
「五条さんもなかなか厄介で面倒な人間ですよ」
「そんな僕と友達になることを選んだキミも、なかなか厄介で面倒な人間じゃない?」
「いやぁ〜、それは認めますけど、早朝7時に突然女子の部屋に押し入って来る五条さんほどではないですね〜」

だって9時前には硝子がすぐそこの医務室で仕事を始めちゃうんだよ?
この部屋は医務室の中に作られたものだから、医務室に入らないと部屋には来れない。
つまり早朝から押しかけるのは仕方がないことなんだよ!!

「硝子は高専時代のクラスメイトだけど、だからってなんでも僕を庇ってくれる訳じゃない。今回はとにかくもう、ゆき以外に見つかる訳にはいかないんだよね。ヤバすぎる」
「大事な友達だから、たとえ早朝7時に押しかけるような人間でも、こうして部屋に匿うことを選びましたけど」
「朝早くにごめんね!! んもー、しつっこいよ!? アレだね。ゆきは根に持つタイプだね」
「何年でも何十年でも根に持ちますよ、私は」

友達相手に言うことじゃないけどさ、ゆきの恨み方は毒のように深い。
一度嫌ったら、絶対に相手を許すことはしない。
嫌いな相手、憎い相手が話しかけたら、徹底的にスーパードライな対応をする。いつも以上に堅苦しい敬語を使い、終始無表情で普段より声がひっっっっくい。
下手〈したで〉に出られたら許すどころかより惨めな思いをさせたいと思う、そういうヤバい人間。ドSかな?
味方だと嘘みたいに優しくてノリが良くてすーーーっごく面白いけど、敵に回すとすーーーっげぇ怖いタイプ。

「だけど今回は圧倒的に、かやのんが怖い……!」

そう! 今僕が恐れているのは、一級呪霊…じゃなかった、一級呪術師のかやのん。
チョー戦闘能力高くてチョー頼りになる呪術師で、呪霊相手に戦う時以外は

・基礎教科の数学と英語
・戦闘に必要な体術

を、生徒たちに教える教師をしている。
それ以外の時は主に、僕の秘書みたいなことをしてる!

ドラマや映画に登場する秘書って、みんな自分がついてる社長とかエラ〜い人に従順で、しかもスタイル良しの美人が多いじゃん?
かやのんもスタイル良しの美人だけど、どえれェ美人なんだけど、全然僕に従順じゃないんだなぁ〜。なんでだろう?

「怖いくせになんで、やのちゃん怒らせることをやらかしちゃうんですか」
「うん。僕もそこは不思議なんだけどね? もぉーこれは抗えそうにないよ。性〈さが〉ってヤツ?」
「成る程ぉ〜。ドMかぁ〜」

違うよ! 僕がもし本物のドMだったら、キミと桃鉄やって理不尽な負債抱えたりゴールから遠い僻地に飛ばされる羽目になったり、スマブラで小賢しい飛び道具なんかでチマチマ小さいダメージ負わされて最後に突然の蹴り技や殴り技でぶっ飛ばされても、コントローラー投げて泣き喚くんじゃなくて、「もっとやって!」と縋りつくよ。
なんだその僕。キモッ!

「もしかやのんから僕が無事に逃げ切ったら、またスマブラやろうぜ。次は負けん……!」
「なんでそこでスマブラが出てくるのかわかんないですけど、いいですよ」
「やった! 大好き!」
「はいはい。それよりあまり騒ぐと外のショーコさんとか、やのちゃんにバレるかもしれないんで、静かにしてて下さい。匿ってる意味がないんで」

心配性だな〜。
この部屋は僕の家よりかなり狭いけど2階構造で、僕らは今は地下にいるから、これくらいの会話なら外に漏れる心配はないでしょ。多分。

「ところで……私は今日は非番なんですよ」
「うん、知ってるよ!」
「最初から私を共犯にするつもりで押しかけましたね?」
「うん! 見つかったら一緒に謝って!」

最大限に可愛く見えるポーズを見せつけながらお願いしたら、ため息つかれちゃった!
よーしよーし、これは「しょうがないなぁ」って観念した反応だね!

「なんやかんや僕に甘いところ、ほーんと好きだよ〜!」
「へーへー。今更ですけど、今回は何をやらかしたんですか?」
「うーんとねー…………かやのんが提出した、業務報告書(一週間分)の紛失」
「へー」

あれ? なーんか思ってた反応と違うなぁ……。表情も話し方もそのまんま!
もう少しこう、フリーズするとか声を荒らげるとか、そんな反応を予想してたのに。
ゆきったら相変わらず、ドライだなぁ。

「チクる?」
「ぶっちゃけ迷ってます。友達の五条さんが困ってるなら助けたいです。けどこのまま匿えば、連帯責任とか隠避罪とかで、私もやのちゃんに怒られちゃいますからね。どーしよう」

どーしようって、えぇー……。この期に及んで「僕を売る」という選択肢はまだ捨ててないんだ……。
悟、悲しくて泣いちゃう! だって……グッドルッキングガイだもんっ!

「怒られない道はないかな?」
「無理です〜」
「無理か〜」
「業務報告書確認出来てませんよーって連絡は、そのうちやのちゃんにいくんで、まあ……時間の問題ですね」

長引かせるよりも、早いうちに投降しろ。
そう言いたいんだね?
だが断るッ!!
どうせ怒られるんなら長引かせられるだけ長引かせて、限界ギリギリまで粘ってやる!!

「そんな簡単に諦めたら試合終了ですよね!! 安西先生!!」
「試合はとっくに終わってますよ? 五条悟」
「えっ!?」

顔を上げると、そこにはゴリ…じゃねーや。かやのんがいて、いつのまにか僕の友達を人質に取っていた。
ゆきは背後のかやのんからがっちりホールドされてしまってて、身動きが取れない。かやのんが規格外すぎて《拒絶》が通用しないから、いまのゆきはただの人間だ。

「や、やのちゃんが、近い……」

あれ? なんか嬉しそうなのは気のせい? 気のせいだって言ってよ!

「貴様が業務報告書を紛失してくれたお陰で、私が先週働いた分……つまり5日分の労働がパーだ。報告書が確認出来なければ給与に響く」
「ごめーん」

謝った瞬間、かやのんから発せられている負のオーラが強まる。
えぇー……マジ? 謝ったのになんでそんなさー、特級呪霊みたいな雰囲気出すかなー……。
ご機嫌斜めな七海のが、まだ可愛げあるよ?

「友を返して欲しければ、5日分すなわち5回、その綺麗なご尊顔を殴らせろ。勿論《無限》は解除した状態でだ」
「その馬鹿力で5回も殴られたら、僕のハイレベルフェイスがぐちゃぐちゃになっちゃう!!」
「チッ。うるっせーなぁ。顔が嫌だってんなら、腹や胸でもいいですよ。寧ろそっちの方が服の下だからわかりにくくて好都合」
「ヤンキーみたいなこと言ってるよこの子!!」

ヒエエエと僕が縮み上がっていたら、舌打ちされた。こーーーわっ。

「コイツを匿った時点で、ゆきねぇも共犯です」
「ハヒィッ……!」

ウハハッ! 「ハヒィ」だってー! いっつもクールぶってるあのゆきが「ハヒィ」って!
ウケるね。

「だけどゆきを人質にしてどうするつもり? 確かにゆきは大事な友達だよ。でも5回も殴られるのはぶっちゃけ、割りに合わないよね。それにかやのんのことだから、要求に応じなかったからって、ゆきを殺すようなことはしないでしょ? 交渉方法、間違ってるよ」

勝った。
「割りに合わないってどういう意味ですかエリンギ野郎」って友達がすげー顔でガンつけてるけど、かやのんの蹴り技に比べれば可愛いものだよ。
生憎、僕は脅され慣れてる。だからたとえ友達を人質に取られても、狼狽えたりはしない。
かやのんは呪詛師じゃないから、ゆきを痛めつけたり殺したりして僕をゆすることはしない。

つまり、この勝負で僕が負けることはないってことだよ!
かやのんだけが悔しい思いをして、僕は無事に解放されて、友達も取り返せる。いいことづくめだ!

「今すぐ床に額をつけて土下座して謝らないと、今後ゆきねぇと接触することを禁止します」
「ごめんなさい。この度は業務報告書を紛失してしまい、本当に申し訳ありませんでした。今後このようなことがないよう、改善に努めます」

僕はプライドよりも、友を取った。
一緒にスイーツ食べたりゲームしたりする相手がいなくなるのは、死活問題だから。

結局このあと、僕は蹴り技5回を受けることとなった。(「殴る」って言ってなかったっけ?)
《無限》は許されたからそこは良かった。けど当たらないとわかってても、蹴り技は大迫力だった。
何よりも、はっきりこちらに向けられた殺気の強さにビビったよ僕は。

今回のことを受けて、歌姫のヒスは可愛いなぁと思ったから、仕事で東京に来ていた歌姫の頭を撫でてやった。

なんかよくわかんないけど、

「ギャアアアアーーーーーッ!!!!」

って、女子らしからぬ悲鳴を上げながら、全速力で逃げられちゃった。
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