不機嫌の帰宅、ご機嫌の食卓

「あの、五条さん……」
「何」
「大丈夫ですか……」
「今の僕って、伊地知から見て大丈夫な状態なんだ?」
「ヒィッ! すみません……!」

(かなり高級な)椅子にどかっと座り、テーブルに長い脚を行儀悪く乗せて踏ん反り返るその様は、どう見ても悪役だ。

五条はつい先程まで、上層部との会食の場に出ており、ただ今絶賛不機嫌中である。

「あの腐れミカン共……いつでも殺せる状態なのを僕に見逃してもらってることを、少しは自覚して欲しいよねぇ……」

「はい」とも「いいえ」とも言えない立場の伊地知は、ただただ冷や汗で顔面を濡らすしかない。

「あ、あの五条さん、会食を途中で抜け出すのはいくらなんでも……」
「あ"ん?」
「ヒィッ!! なんでもありませんッ!!」

そんな伊地知の隣に立つかやのは、特別動じることなく涼しい顔をしている。

「今日は珍しくこのあとの予定がないことですし、もう帰ったらいいんじゃないですか?」

手帳を見ながらかやのが提案すると、五条は「帰る!!」と荒っぽい声で一言残して文字通り消えた。

「ワープとか、帰り方が贅沢なんだよなぁ……」
「あの、かやちゃん、ありがとうございます。助かりました……」
「ああ、いーのいーの。あーなった五条さんはゆきさんに任せた方がいいから。そうだきよ君、今日の仕事終わったらうどん食べに行こ!」
「え、あ、はい!」

元クラスメイトからのお誘いに、伊地知潔高のモチベーションが爆上がりだ。
(この日の彼の仕事ぶりはいつも以上にハイスピードだったと、同じく補助監督の新田明が証言している。)






ヌッと空間から現れた悪友に、特別驚くでもなく「お帰り〜」と普通に挨拶しながら、料理の手は止めないゆき。

「甘いもの!!」
「冷蔵庫」
「全部食べる!!」
「はいはい。ていうか、今夜は確か上層部との会食があるって予定表にありまし」
「あんなのと食べるメシより、ゆきが作ったメシのが美味い」

強引に上から言葉を重ねると、冷蔵庫から取り出した手作りスイーツを両腕いっぱいに抱えて、五条はあえてガタガタと音を立てながら席に着く。
一緒に住み始めて半年が経ち、「食事前にスイーツをどか食いする五条はすこぶる機嫌が悪い」と、ゆきはすっかり学んでいた。

「夜ご飯、一人分しか作ってないです」
「ふいはれはりはふふっへ(訳 : 追加で何か作って)」
「はいはい」

ハムスターの如く頬をパンパンに膨らませながら喋る姿は、とてもじゃないが育ちの良いおぼっちゃまには見えない。

「太るぞ〜」
「任務でクソほど運動するからへーきへーき! すぐ終わらせるから大したことないけど、人体に必要な運動量は超えてるし」
「そーですね」

適当に会話しながら、冷蔵庫からこれまた適当に食材を選ぶと、ゆきは慣れた手つきで調理していく。
学生時代までの五条が実家で食べてきた食事の方が、栄養バランスだの彩りだの、それはそれはハイレベルだろう。
"腐ったミカン"との会食でテーブルに並べられる食事の方が、贅の限りを尽くしたって感じでそれはそれはハイコストだろう。

人手不足のこの世界だ。特級とまではいかずとも、ゆきの収入は東京のその辺のサラリーマンよりも、遥かに稼ぎがいい。
それでもついつい割引シールが貼ってある食材を買ってしまう。(ゆきとの生活で初めて割引シールを見た五条は「すげーっ! 本物だー!」と大袈裟にはしゃいでスマホを構えたし、今でもよく「貧乏性だねぇ!」と笑う。)

「会食に最後まで付き合わんとは、全く今時の若もんは」
「逆らうとわかってる若もんをわざわざ会食に付き合わせるとは、全く今時の年寄りは」
「それな〜」
「ねーゆきメシまだー?」

食べる前から賑わってる食卓に、思わず口角が上がるのを感じた。
TOP