飲みニュケーションA

正蔵寺さんの歓迎会を兼ねている、と聞かされなければ気が進まなかったであろう、今回の飲み会。
(誘ってきた人間が五条さんなので、そこがなんとも言えませんが……。)

「酔えばキャラ変わるかもしれないし、飲ませといて〜」とあの人に言われ、私は正蔵寺さんの隣に座ってお酌をしている次第だ。

「あの」
「は、はい」
「お酒は自分で注げるので、伊地知さんもどうぞお好きに飲まれて下さい」
「い、いいいえいえ、五条さんから頼まれていますので、そんな……お気になさらず」
「そうですか」

相変わらず、なんだかAIロボットと話しているかのよう。七海さんとはまた違ったかたさがある。
今は日本酒をお酌しているけれど、甘いお酒を好むとのことなので、先ほどまではカクテルを何杯か飲んでいました。

(キャラ、全く変わりませんよ五条さん……!)

家入さんに負けず劣らずの、イケる口というやつでは。顔色ひとつ変わりません!
五条さんの方を見ると、すっかり酔っている庵さんとかやちゃんに、乱暴に絡まれているのが見える。
ああ、頬を赤くさせながら大きく口を開けて笑うかやちゃんも、可愛いなぁ……。
かやちゃんのところに行きたいけど、五条さんがいるし、庵さんは酒乱だし、どうしたものか。

「死にたくなければ行くなよ、伊地知」
「家入さん……!」

ワインボトルとグラスを手にやって来た家入さん。
あなたさっき飲んでいたの、違うボトルでしたよね……? 流石です。

「あー、きよくんだー! きよくんもー、私とー、歌姫ちゃんとー、こっちで一緒に飲もぉー?」
「え? あ、かやちゃ…ああ〜……」

すみません家入さん、あとは頼みます……。
ズルズルと引きずられながらも、「今日こそは想いを伝えられるかもしれない」と淡い期待が頭をよぎったため、私の顔は恐らく緩み切っていたと思う。





…気づけば私はかやちゃんの膝枕で寝てしまっており、慌てて体を起こして正蔵寺さんの方を確認すれば、

「ねーねーゆきチャンてさぁー、彼氏いるぅー?」
「いません」
「かっわいそぉ〜! 僕付き合ったげよっかぁー?」
「いりません」

……すっかり酔っている五条さんに絡まれ、淡々と受け答えをしている正蔵寺さんがいました。
女性の肩に腕を回して恋人の有無を尋ねるだなんて、世間じゃセクハラと嫌がられる行為ですよ。
相手が感情に乏しい正蔵寺さんだから、事が大きくならずに済んでいるものの。

(家入さんは何をしているんですかァ……!)

目線で探すと、五条さんからかなり離れた位置で夜蛾学長とお酒を飲み続ける、素知らぬ顔の彼女が。
あとは頼みますって約束したじゃないですか! 脳内で!

ああ、正蔵寺さんを助けてあげたい。感情が小さくても少なくても、迷惑であることには変わりないでしょう。
でも私が入ったところで五条さんに勝ち目なんかない。
見ていることしか出来ません……! 申し訳ありません!

「すみません正蔵寺さん……。五条さん、下戸なんですよ」

せめてもの罪滅ぼしと、私はそっと正蔵寺さんに近づき、五条さんが全くと言っていいほど飲めないことを伝えました。

「はぁー? 違うし! まだまだ飲めるもんねー!」

五条さん、なぜ今日に限ってお酒飲んじゃってるんだろう。下戸って自覚あるから普段はメロンソーダとか甘いソフトドリンク飲んでるのになぁ。

「僕なんだか酔っちゃったからぁー、ゆきに送ってもらおっかなぁー!」
「ええ!? 五条さん!?」
「たまには伊地知じゃないヤツに送ってもらいたいんだよねぇー。だからゆきお願ーい」

なんて無茶苦茶な、と絶句している私。当の正蔵寺さんはと言えば、スマホをいじって耳元に当てている。

「正蔵寺さん? 何をされているのですか?」
「タクシー呼んでいます。…あ、すみません。タクシーを一台お願いします。場所は……」

な、なんて、切り替えの早い……。

五条さんと正蔵寺さんは、やって来たタクシーにそのまま乗って先に帰ってしまいました……。





「…それで、用件はなんですか」
「用件? 酔っちゃったからゆきに介抱を頼みたかっただけだよ?」

おどけてみせた僕に2歩近寄ると、ゆきは手を伸ばして僕の目隠しをずり下ろす。

「お酒の匂いがしませんし、下戸のはずなのに酔いが顔に出ていません。五条さん、酔ってませんね」
「…………」
「酔ったフリをしてわざわざ私を指名したんですから、何かお話があるんですよね」
「ふふっ」

思わず笑ってしまうくらい、ゆきは面白いヤツだと思う。
普通、男が酔ったフリして女を家に連れ込んだら、えっちなことをするんだろうって考えになるはずなんだよね。
だけどこのゆきは、「何かお話があるんですよね」って。ブフッ!

「キミさー、変わってるって言われるでしょ」
「はい」
「面白いね」
「そうですか? つまらないとはよく言われますが」
「いいや、面白いよ」

やっぱこの世界に引き込んで良かった。
《拒絶》の術式が感情にまで影響してしまってるのが少し厄介だけど、そんなの可愛い生徒たちと触れ合えばなんとでもなるでしょ。

それに何より、僕自身が彼女を気に入った。
女という生き物は恐ろしい。男にすがり、同性を羨み、どこまでもまとわりつく。
けどゆきは根本から何かが異なっている。実に異質だ。

「もうこんな時間だし、泊まってっていいよ」
「わかりました」
「あー、でもベッドひとつしかないんだよねぇ」
「そこの大きいソファーで寝るのでお構いなく」
「やだイケメン……」

ソファーで寝るのは男側って相場は決まってるんだけどなぁ。…まあ、僕はソファーでなんて絶対に寝たくないんだけど。

「僕のベッド、めっちゃくちゃ広いから二人なら余裕で寝れちゃうよ?」
「そうですか。ならお邪魔します」
「…………」

なんか、心配になるレベルで恥じらいがないな。
普通さぁ、こーんなGLGと一緒に寝ちゃうかもってなったらさぁ、キャーってなるでしょ?
なんでこんな淡々としてんの、この子。

「何かされるかもって警戒しない? 普通」
「何かするんですか?」
「別に?」
「ならいいじゃないですか」
「ええ〜……」

…まあね。なんでかわからないけど、僕も全然ムラムラしないしね。

「今まで男の家に上がり込んだことあるの?」
「ありません」
「誘われたことは?」
「ありません」

ふーん。よくわかんないけど、世間一般の野郎にとって、彼女は対象外らしい。
けど"この世界"は違う。どんなに変わった女でも、ゆきは見た目が悪くない。何よりその術式だ。欲しがる野郎がこれから現れるだろうね。

「とりあえずさぁ、友人として警告するよ。僕以外の男の家にホイホイ上がり込まないでね」
「? いつ友人関係になったんですか」
「今だよ」
「そうですか」

……ほんと、大丈夫かなコイツ。

一緒に(文字通り)寝たけど、僕とゆきの間には何も起こらなかった。抱く目的以外で女とベッドに入るのは初めてで、自分でも戸惑う。

何もなかったんだしと堂々と一緒に高専行ったら、夜蛾学長と硝子が待ち構えてて、「入りたてのゆきに手を出した」と長めの説教を喰らってしまった。
完全に冤罪なんだけど。

ゆきが「手は出されていません。一緒に寝ただけです」と、フォローのようでフォローじゃないフォローをしてくれたお陰で、説教タイムは延長となってしまった。

僕とゆきが友人関係なのは決定事項だから、この長い説教が終わったら、余計なフォローをしてくれた友人にはお詫びとして、僕オススメのスイーツカフェで奢ってもらおう。
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