「どの道一緒に住むけどね」

フライパンで生米を炒めるゆきの手元を、虎杖悠仁は無言で見つめていた。
けれどもう、"無言タイム"は限界である。なんせかれこれ15分はその状態なのだから。

「食後のデザート買ってくるから、2人で仲良くお留守番しててね」と言って出てったきり、連絡もない五条悟を、悠仁は恋しく思い始めていたほどだ。

「……あのー」
「はい」

はい、とだけ短く返されて、「ペッパーくんのがまだ喋るわ!」と脳内でツッコミ入れたのは悠仁だけの秘密だ。

「ゆき先生、なんか話さねぇ?」
「何を話しますか」
「何、って……えーと、天気とか?」
「今日は一日雨です。けどここは室内なので、特に影響はありません」

「まるでアレクサみてぇ」と悠仁は思った。いずれにしても、ゆき先生はどこまでもロボット感が抜けない。

人の感情を肌で感じ取れる悠仁は、自分が彼女に嫌われているわけではないとわかっている。
わかってはいるのだが、こうもロボット感のある人物と接するのは初めてであり、どうこの場を盛り上げるかで悠仁の頭はいっぱいだ。

(何かこう、興味を引けて、かつ共通の話題……あ)

悠仁は閃いた。

「五条先生とよく一緒にいるけど、もしかして2人付き合ってる?」
「付き合ってる、というのが恋人であるかどうかの意味だとしたら、違います。彼と私は友人関係です」
「ふーん。五条先生とは付き合い長いの?」
「私はつい最近、五条さんと出会ったばかりです。虎杖くんと同じですよ」

それを聞いた悠仁は思わず「えっ」と疑問を口にした。

「"つい最近出会ったばかり"にしては、仲良すぎねぇ?」
「飲み会のあと、五条さんの家で無理やり友人になりました」
「マジで!? それっていわゆる"お持ち帰り"というやつでは〜……」
「一緒に寝ただけですよ」
「イッショニネタダケ!?」

「一緒に寝ただけ」。
なんてことない普通のトーンで、炒められて半透明になった生米に水を注ぎながらゆきは言うが、お年頃の虎杖悠仁には刺激の強すぎるワードだ。

「コラコラ、思春期真っ盛りな可愛い生徒を刺激しな〜い!」
「あ、お帰りセンセー」

相変わらずの猫背な姿勢でゆっくりと階段を降りてくる五条の表情は、目隠しの上からでも眉間にシワが寄っているとわかる。

「食後のデザートは」
「ちゃーんと買ったよ。その前にゆきも『お帰り』を言いなさい」
「お帰りなさい」
「ただいま」

2人が話しているのを、悠仁は気まずそうにしながら遠目に見守る。

「悠仁なんでそんな遠くにいるの」
「いや……だって、その…………俺、お邪魔じゃん……」
「虎杖くん、私たちはただ一緒に寝」
「だぁーーーからゆきコラァーッ!!」

ゆきは五条が口を塞ごうとしたのをひらりとかわすと、またもやなんてことなかったかのような顔で、フライパンにコンソメを混ぜる。

「火を扱ってるのに危ないですよ」
「……ゆきさぁ、なーんか面白がってない?」
「何がですか?」
(……あ。ホントだ)

悠仁にも感じ取れた。無表情は無表情でも、ゆきのまとう雰囲気が穏やかで、楽しそうなのを。

「五条センセーとゆきセンセー、なんかいい感じだね」
「まーね! なんせ一緒に寝た仲だから」
「んもー、五条センセー!?」

悠仁は感じ取った。あ、これは2人がかりで自分をからかっているぞ、と。

「まーぶっちゃけるとね、僕らホントにただ同じベッドで寝ただけで、男女の仲じゃないよ」
「あ、そーなの?」
「友人関係ですと、さっき言ったじゃないですか」
「友人関係ねー……」

悠仁の中での「友人あるある」「友人とやれること」に、【同じ布団で一緒に寝る】は入っていない。
世間一般的にも、恐らく入らないだろう。

「…俺、いくら友達でも伏黒や釘崎と同じ布団では寝られねぇーんだけど」
「冬はあったかくていいだろうね。ゆきとなら同居してもいいよ、僕」
「センセー……『湯たんぽにしたいから一緒に住もう』って、流石に誘い方としてはどうかと……」
「そう? 僕があったまる。ゆきもあったまる。WIN-WINじゃん」
「どんなWIN-WIN!?」

そんなどうかしている話をしている中で出来上がった、ゆきお手製のチーズリゾットは、とても美味しかったという。
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