月に帰れ。

呪術高専の東京校と京都校とで交流会という名の仁義なきドンパチが行われた翌日。
かやの・家入・ゆき・歌姫という、教職員関係者の女性4人で、東京校の一室を使って女子会をすることとなった。

かやの先生の呼びかけで決まったことであり、「女子会しましょう」と言われて誰よりも一番喜んでいたのは歌姫だった。

「はい、これ着て下さい」

それぞれかやの先生から、何か服が入っているビニール袋(中身が見えない)を手渡され、「お互いを見ないように」と言われるので全員壁を向いて着替える。

「……何これ」
「セーラーマーズです!」

にこやかに言うかやのは、セーラーネプチューンの格好をしている。
歌姫は短いスカートの裾を必死に下に伸ばし、顔を真っ赤にさせて抗議した。

「私もう31なのに、この格好はきつくない!? 言ってて悲しくなるけど……!」
「歌姫美人だからいけるよ」
「えっ……!」

そう言う家入硝子は、セーラーサターンの格好だ。

「髪長いけど大丈夫? 切る?」
「いえいえ、なり切ろうとする姿勢は素晴らしいですけど、ショーコねえはそのままで大丈夫です!」
「そ?」

くるりとその場で回ってみせる《硝子サターン》は、元のサターンとは違った意味で魅入らせる雰囲気があった。

「ゆきねえはセーラープルートなんですよね〜。どれどれ……」

3人が、まだ確認していない最後の一人へ視線を向ける。
そこには、後ろに両手を突いて脚を開き、だらしなく座っているセーラープルートがいた。

「股を閉じなさい!!」

すぐに動いたのは《歌姫マーズ》で、《ゆきプルート》の両脚を掴んで強引に閉じにかかる。
何が面白いのかうっすら笑みを浮かべながら、脚を閉じれないよう踏ん張るゆきにキレた歌姫は、剥き出しの太ももを結構キツめに引っ叩いた。

「は〜……時間移動して、子供時代のみんなを愛でてぇ〜」
「ちょっとぉ、それ禁忌じゃないですか。やだぁ〜」
「このプルートに《時空の扉》の番人させるの、危険じゃないか?」

《ゆきプルート》はニヤァ……と下衆な笑みを浮かべており、禁忌を破る気満々だ。

「真面目腐って保守に回るだけが番人の使命じゃないわ。スモール・レディ」
「セリフの改悪やめてもらっていいですか」
「プルートにあるまじき姿勢だな」
「とんだクソプルート!」

このセーラープルート、完全に敵側だろうと思われる。




「せっかくだし男共にも見てもらおう」と家入が悪ノリしたため、かやのもゆきも「いーね!」と便乗した。
「嫌よ!!」「ふざけんじゃないわよ!!」と一人だけ抵抗した歌姫だが、呆気なく3人に抑え込まれてズルズル連行された。



◇◇◇虎杖の場合◇◇◇

「うわっ、すっげー! セーラー戦士だ!」

テレビっ子の虎杖は食いつきが良く、瞳をキラキラ輝かせながら喜んだ。
「写真撮っていい!?」とスマホを構える可愛い生徒の頼みを断れず、《かやのネプチューン》や《硝子サターン》、《ゆきプルート》は寧ろノリノリでポーズを決め、《歌姫マーズ》は最初は渋ったものの、結局は応じた。

「あんがと! すっげー嬉しい!」

純粋に喜ばれてお礼も言われ、セーラー戦士4人は心がほっこりした。



◇◇◇七海の場合◇◇◇

イェーイ!とハイテンションで現れた3人と、渋々な感じの1人が現れて、七海建人は瞬時に「帰りたい」と考えた。
しかしそんな思考は予測済みとでも言いたいのか、七海が簡単に逃げられないよう取り囲まれる。

「……私は今日、仕事の報告で来ている訳で、先程報告を済ませました。つまり、今は勤務時間外に当たります」
「つまり、我々の戯れに付き合う時間を割いて下さる、と」
「違います」

背後にぴったりつけているミニスカセーラー姿の 正蔵寺祐季変態の片割れ

「正蔵寺さん。アナタ五条さんとは別のベクトルでタチが悪いですよね」
「ありがとうございます!」
「褒めていません」

第一印象で抱いていた「まともそう」「真面目そう」といった彼女へのイメージは、とうの昔に崩壊している。
自分への接し方がわからず、どこかオドオドと遠慮気味に話しかけていたあの頃の彼女が懐かしい。

「……庵さんまで、なんて格好をしているんですか」
「べっ別に好きでこんな格好してる訳じゃないわよ!!」

その言い方と表情だとまるでツンデレだ、という感想は、言葉には出さず心の中に留めておく。
庵歌姫を揶揄って怒らせるのは、五条悟問題児が嬉々としてやってることであって、七海はそんな面倒なことをわざわざしたいと思わない。

4対1(気乗りしない様子の歌姫を除けば3対1)という図なので分が悪く、そもそもわざわざ術式を発動させてまで戦うのも無駄な気がする。だからと言ってこのまま悪ふざけに付き合わされるのもそれはそれで時間の無駄だ。
どうしたものかと考えを巡らせていると、丁度通りがかった伊地知スケープゴートにかやのとゆきの興味が移ったため、解放された七海はそのまま帰宅した。

「今日は少しいいワインを飲もう」と思った。なんとなく。



◇◇◇伊地知の場合◇◇◇

目の前に颯爽と姿を見せた凶悪セーラー戦士に、伊地知の脳内は考えることを拒絶した。
手にしていた書類をバサバサと落としたところでハッと我に返り、今度は顔を青くさせて萎縮する。

「ええっ…と……あの、これは一体どういう……」
「セーラー戦士です!」
「つ、つまり、私は今から月に代わってお仕置きされて、消し炭になる運命だと……」

はわわわ……と怯える伊地知は小動物のようで可愛らしく、《かやのネプチューン》と《ゆきプルート》の加虐心を刺激する。

「いじっちゃーん、どう? この格好。可愛い?」
「えっ」
「普段は見えないかやの先生の貴重な生脚でっせ〜」
「!!」

ポーズを決めた《かやのネプチューン》を見て、伊地知はさっきまで青かった顔を赤くさせ、ぱくぱくと金魚か鯉のように口を開閉し、書類を拾うのも忘れて猛ダッシュで逃げてしまった。

「コラコラ、あまり伊地知を揶揄うなよ〜」

書類を拾い集めながら硝子が注意すると、かやのはペロッと舌を出した。

「は〜い! それにしても今のいじっちゃん、どちゃくそ可愛いー!」
「五条さんの気持ちがわかるぅ〜!」

ゆきと一緒に可愛い可愛いとテンション上げるかやのを一瞥し、歌姫は一言

「苦労するわね、伊地知……」

と静かに呟いた。



◇◇◇五条の場合◇◇◇

「歌姫何その格好! ギャハハハ!!」
「先輩指差して笑ってんじゃないわよ五条悟!!」

秒で笑われ、歌姫は青筋立ててキレた。しかし五条は全く気にしておらず、笑い転げながら追い討ちをかけるように言葉を続ける。

「30過ぎの女がする格好じゃないってプクククッ!」
「なんですって五じょ」

歌姫が向かう前に横を何かが通り過ぎる。
え、と目で追うと、《ゆきプルート》がいい笑顔で五条悟の体を跨いで胸倉を掴んでいるのが見えた。

「私は、30歳です」
「う、うん知ってる。それよりパンツ見えかけてるよ」
「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」
「それ別作品のネタだよ」

歌姫が「ね、ねえ、止めなくていいの?」と困惑する中、かやのと家入は慣れた様子で静観していた。
かやのに至っては、スマホで動画撮影をしている始末だ。撮ってどうするつもりなのかとは思ったが、聞くべきではないかもしれないと、歌姫はなんとなく察した。

「その格好、セーラープルートだっけ? 元のキャラはもっと大人の女って感じなはずなんだけどな〜……」
「歯ァ食いしばれぇ」
「もうキャラブレブレじゃん!! セーラープルートはナイスガイに跨って胸倉掴みながら拳を振りかざしたりしないよね!?」
「プルートはしなくても、私はします」
「プルートの皮を被ったゴリラ!!」

五条悟が泣きそうになりながら狼狽えている姿を見て、歌姫はプッと吹き出すと、そのまま大口開けて高らかに笑い始めた。
周りが色んな気持ちで見つめる中、ひとしきり笑うと、歌姫は目尻の涙を指で拭いつつ言う。

「五条悟の間抜けで無様なところを見れただけでも、こんな格好をさせられた意味はあったわ。ありがとう、セーラープルート」
「若さと野郎の評価だけがコスプレの価値じゃないわ。スモール・レディ」
「誰の胸がスモールですって?」
「えっ、いや、そんなこと言ってな」
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