五条さんよりマシ(希望)

面白いの拾った、と愉快そうにニタニタする五条さんから肩に腕を回されている彼女の黒目勝ちな目を見て、何を考えているか読み取りにくいな、という印象を私は抱いた。

彼女…正蔵寺さんは高専出身者ではなく、音楽教室で楽器を教える講師だと資料にあった。
一般人として生きてきたが、《視える人》であり、不快に思った対象を《拒絶》することで影響を与えるという、少々変わった術式を持っている。
聞き取り内容の記録によれば、

・自宅の鍵をうっかり忘れてしまって中に入れず、困っていたらなぜか解錠されて帰宅出来た。
・転んで膝を擦りむき、血が流れて痛かったが、なぜか傷が丸々消えた。
・駅員に怒鳴り散らすサラリーマンを見つめた瞬間、そのサラリーマンが消えてしまった。

などの現象を経験したとのこと。
それらはどれも、五条さんの見立て通り、《拒絶》によって起こった結果と思われる。
怪我が消えた件に関して言えば、怪我が治った訳ではなく、存在ごと《拒絶》され、"最初からなかったものとして処理された"という表現が相応しい。
その辺りが、主に家入さんが得意とする《反転術式》とは異なっている。

上手く使いこなせるようになれば、自分の身も守れるタイプのヒーラーとして活躍出来るというのが、五条さんの意見だった。






確かに正蔵寺さんの術式はなかなか例を見ないが、私はあの五条さんが「面白いの」と評価しているのが気にかかった。
何せ"あの"五条悟だ。術式だけで「面白いの」とは考えないでしょう、あの人。

仕事で出入りしながら、高専で何回か正蔵寺さんを見かけたものの、《大人しい人》という印象しか受けなかった。
家入さん指導の下、しっかり知識やノウハウを学んでいらっしゃるとのことで、五条さんと違って真面目な人だとも感じた。
大人しくて真面目な人間を、五条さんが「面白いの」と言うだろうか。寧ろその手の相手のことは「クソつまらねー」と鼻で笑うのでは?

私がその辺りを理解し始めたのは、「実地訓練だよ」と言って、五条さんが正蔵寺さんを2級呪霊が確認されている廃ビルに連れて行った時で。

「……あの、五条さん」
「何」
「正蔵寺さんはあくまで後方支援を担当する、いわば《衛生兵》です。呪術師として前線で戦う訳ではありません。なのに2級呪霊と戦わせるなんて……」

怖いけど、五条さんものすっっっっごく怖いけど、どうしても気が進まなかった私は自分の意見を伝えた。
当の正蔵寺さんは、相変わらず考えの読めない表情で廃ビルを見つめてて、怖がっている様子は見られないものの、それでも私は納得出来なかった。

「肝試しのつもりで行っておいでよ」

と、軽い感じで送り出す五条さん。
姿が見えなくなると、五条さんは笑みを浮かべて言った。「彼女、ちゃーんとイカれてるよ」と。

ものの数分で、正蔵寺さんは傷どころか汚れひとつなく、なんてことないように戻って来た。
怪我も汚れも術式で消したのかもしれないが、それでも私の目には、異質に映った。
「やぁ〜お帰り!」と両手を広げて出迎えて、五条さんは感想を尋ねた。
正蔵寺さんは、うーんと視線を上にやって少し考えると、言った。

「いきなり床下から出て来たんでびっくりしましたけど、叩いたらすぐ消えたんで、なんとも……」

……事前に聞かされた五条さんの話によれば、彼女の呪力は強い。
術式の特徴から考えれば、視線での《拒絶》でも2級呪霊なら充分祓えるだろう。それなのに直接触れられたのだから、2級呪霊へのダメージはかなりのもので、まあ、所謂《オーバーキル》ってやつですね……。

「随分早く終わったね〜。怖くなかった? 祓うのに躊躇いがなかったのかな?」

ヘラヘラ笑う五条さんから超至近距離で尋ねられても、彼女は顔色ひとつ変えず。

「向こうが殺す気満々なのにいちいち躊躇ってたら、死ぬじゃないですか」

アナタ本当にこの前まで一般人だったんですか、と前のめりで聞きたくなるくらい、正蔵寺さんは勇ましかった。

「ちゃーんとイカれてるよ」という五条さんの言葉は、正しかった。
彼女は自分に敵対する相手には一切躊躇しないし、容赦もしない。そういう人間なんだ。
怒らせないようにしよう、と思わず防衛本能が高まるのは、五条さんが悪いと思います。

人見知りしていただけで全然大人しい性格じゃないこと。
仕事は真面目にするけれど、普段は悪ノリも悪戯も大好きなこと。
五条さんに負けず劣らず甘いものが好きで、お菓子作りが得意なこと。
それから、初対面の五条さんを変態呼ばわりして警戒したことも、このあとで知った。(全身黒服で、目隠ししてることが原因と聞き、「ああ……」と納得したら五条さんから「お前マジビンタな」と言われて震えた。)

裏表がないところだとか、悪ふざけが好きなところだとか、変じ…個性的な部分は五条さんにすっかり気に入られた様子。(というより、懐かれてる感じですかね。)

「この前、桃鉄一緒にやったんだけどさー、彼女マジで嫌がらせのプロ。マジで躊躇いない。泣き叫ぶ僕を見て悪魔みたいな笑い方すんの。マジドS。ゆきとは二度と桃鉄やんない」

テーブルに両肘ついて深刻な顔で語る五条さんに付き合わされたことがある。
……「二度と桃鉄やんない」って、確か先々週も同じこと聞かされましたよ、私。

高専時代には既にえげつないレベルでモテモテだった五条さんを"そういう目"で見ないのは驚きましたけど、まあ、「正蔵寺さんだしなぁ……」と納得してしまった。
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